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    <title>天野祐吉のあんころじい</title>  
    <link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/</link>  
    <language>ja</language>  
    <pubDate>Wed, 16 Feb 2011 11:26:04 +0900</pubDate>  
    <description><![CDATA[方言放言]]></description>  
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      <title>外側と中身</title>  
      <link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2011-02-16</link>  
      <category>ことばの元気学</category>  
      <pubDate>Wed, 16 Feb 2011 11:26:04 +0900</pubDate>  
      <guid isPermaLink="false">http://amano.blog.so-net.ne.jp/2011-02-16</guid>  
      <description><![CDATA[<p align="center"><a href="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/020ipad.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_c06/amano/m_020ipad.jpg" width="640" height="452" border="0" align="" alt="0 ipad.jpg" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_020ipad.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p>「外見はいちばん外側の中身だ」と、昔からぼくはいってきました。<br />
「大切なのは中身だ、外見じゃない」という常識へのアンチテーゼとしてです。<br />
で、ぼくはぼくなりに、おしゃれでありたいとつとめてきたつもりです。（成果は別として）<br />
<br />
たとえば、ですね。ぼくがイッセイとかヨージとかを着る。<br />
すると、すごく似合わない。外側と中身がズレている。<br />
そのときぼくは、中身をなんとか外側に合わせて変えてやろう、と思うんですね。<br />
イッセイさんやヨージさんに負けてたまるか、このくらいなんとか着こなしてやるぞ、という気持ちです。<br />
で、悪戦苦闘している内に、なんとなく、違和感がなくなってくる。そのときぼくの中身は、イッセーさんやヨージさんのセンスをちゃんと理解できる中身に変わった、というわけです。ざまあみろ。<br />
<br />
でもね、世の中には、中身と外見が、どうやっても仲良くなれそうもないものがある。<br />
その代表的なものの一つが、これですね。（写真上）<br />
近く発売されるらしいシャネルの iPad ケース。<br />
なんと、縦長のデザインものが１６万４８５０円、横長が１８万１６５０円だって。<br />
ちなみに、 iPad は５万円くらいだから、外側が中身の３倍以上の値段ってわけですね。<br />
<br />
ま、 iPad の中身は、フルに活用すれば何千万円もの働きをするから、１８万のケースだって決して身分不相応じゃない。でもなあ、ぼくには iPad をそんなに使いこなす力はないし、そんな努力もしたくないんです。<br />
というわけで、ぼくがこれを買ったら物笑いのタネ。どうがんばっても持ちこなせない。でも、 iPad をばりばり使って仕事をこなすカッコいい人たちには、これが似合うのかもしれない、と思いました。<br />
<br />
ところで、この２７日の「クリエイターズ・トーク」では、箭内道彦さんと対談をすることになっていて、先日もその打ち合わせに箭内さんの仕事場に行ってきたのですが、あの破天荒におしゃれな箭内さんの迫力に負けないようにするには、ぼくはどうすればいいか。いまからそれが悩みのタネです。<br />
<br />
<p align="center"><a href="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/020ipad2.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_c06/amano/m_020ipad2.jpg" width="277" height="430" border="0" align="" alt="0 ipad2.jpg" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_020ipad2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p><br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<a name="more"></a>]]></description>  
      <author>あまの</author> 
    </item>  
    <item> 
      <title>ピタゴラスは古い？</title>  
      <link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2011-01-31</link>  
      <category>ことばの元気学</category>  
      <pubDate>Mon, 31 Jan 2011 10:18:51 +0900</pubDate>  
      <guid isPermaLink="false">http://amano.blog.so-net.ne.jp/2011-01-31</guid>  
      <description><![CDATA[<p align="center"><a href="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0-p.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_c06/amano/m_0-p.jpg" width="450" height="350" border="0" align="" alt="0-p.jpg" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_0-p.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p><br />
朝日新聞に連載している「ＣＭ天気図」が１０００回になって、あちこちから「よくもまあ飽きずに」とか「いいかげんにしたら」とか、うれしい声をもらいましたが、「天気図」の前に「私のＣＭウオッチング」というタイトルで、同じようなことを同じようなスペースで書いていたので、それを足すと、1321回になります。<br />
<br />
で、その中には、読者の方からの反応のすごく面白いものがあって、そういうのがいちばん記憶に残ってますね。そのひとつをご紹介すると――、<br />
<br />
1987年のセブンイレブンのＣＭに、こういうのがありました。<br />
「駅からまっすぐ帰ると200メートル、セブンイレブンに寄って帰ると300メートル。でも、毎日ついセブンイレブンに寄ってしまう」<br />
といったようなコピーで、画面に上の図のようなイラストが出ていたんです。<br />
上の図がＣＭの絵と違うところは、店（セブンイレブン）のところに「直角」をあらわす記号は入っていなかったのですが、ま、直角という感じだったと思ってください。<br />
<br />
別にぼくはどうってこともなく見過ごしていたＣＭなんですが、これを見た読者から、何通も「おかしい！」という手紙がきたんです。<br />
「直角3角形の斜辺が200メートルで他の２辺の和が300メートルなんていう3角形はありえない」<br />
「Ｘ²＋（300－Ｘ）²＝200² という数式に挑んだ結果、答えが虛数になってしまい、このＣＭに出てくるセブンイレブンは世の中に存在しないことになる。どうしてくれるんですか」<br />
といった具合です。<br />
<br />
で、こういう意見を紙面で紹介し、「セブンイレブンを回って帰る道は坂やデコボコが多いんでしょう」なんてテキトーなことを書いていたんですが、こんどは数学専攻の大学院生の方から、こういう投書がきたんですね。<br />
<br />
「あれは平面上の3角形ばかり考えるからいけないのであって、宇宙のどこかの小惑星上の話だと思えばいいのであります」<br />
<br />
で、以下むずかしい計算式が延々とつづくのですが、それを飛ばして結論を紹介すると――<br />
<br />
「半径191メートルの球状をした小惑星の、北緯45度東経0度に駅が、北緯45度東経90度に家が、そして北極点にセブンイレブンがあればよろしい」<br />
というわけです。<br />
<br />
いいですねえ。非ユークリッド幾何学ですかねえ（よくわかんないけど）。でも、常識にしばられないこういう発想って、ほんと、だいじだと思います。つねに常識を疑ってみること。物事をいつも相対的に見ること……。なんてったってぼくらは、ニュートンの時代にいるんじゃない、アインシュタインの空間の中で生きてるんだから。<br />
<br />
てなことを、きのうの佐藤可士和さんとの対談の中でもしゃべったんですが、聞いてくれた人たちにわかってもらえたかどうか。ま、それはともかく、可士和さんとけっこう中身の濃い、それでいてくだけた話ができたように思います。(くわしいことは、<a href="http://amanoisako.exblog.jp/" target="_blank">天野祐吉の作業室から</a>をどうぞ。）<br />
<br />
というわけで、「クリエイターズ・トーク」の第2回は、今月の27日（日）の午後2時から東大の福武ホールで、箭内道彦さんのお話をたっぷり聞く予定です。ぜひどうぞ。<br />
<p align="center"><a href="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0-y.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_c06/amano/m_0-y.jpg" width="250" height="327" border="0" align="" alt="0-y.jpg" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_0-y.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p>ご予約は前回と違って、以下のメールでどうぞ。<br />
クリエイターズ・トーク事務局（メール：<span style="color:#3265FF;">maejima@penlight.jp</span>）<br />
お名前・電話番号・年齢・性別・郵便番号をどうぞ。<br />
<a name="more"></a>]]></description>  
      <author>あまの</author> 
    </item>  
    <item> 
      <title>ことしも面白いこと。</title>  
      <link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2011-01-16</link>  
      <category>ことばの元気学</category>  
      <pubDate>Sun, 16 Jan 2011 10:07:51 +0900</pubDate>  
      <guid isPermaLink="false">http://amano.blog.so-net.ne.jp/2011-01-16</guid>  
      <description><![CDATA[<p align="center"><a href="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/1-dec1a.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_c06/amano/m_1-dec1a.jpg" width="566" height="800" border="0" align="" alt="1.jpg" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_1-dec1a.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p><br />
ことしは広告の大きな変わり目になりそうです。<br />
と言っても、ウエブ広告の台頭とかマスメディア広告の退潮とか、そんな話じゃありません。<br />
そういう話はもう飽きたというか、もっと根っこのところで、広告の役割そのものが大きく変わろうとしている、いや、変わらなきゃいけないときに来ている、いや、もう来た、と思うんです。<br />
<br />
その背景には、成長第一主義で突っ走ってきたいまの経済システムが、破たん寸前になっていること。<br />
８千万とか９千万人くらいの人口で、生活の質を第一に尊重する新しい社会づくりと、そのための新しい経済システムが、真剣に模索される段階に入ったこと。<br />
そこでは広告も、やたらに欲望を喚起するタイプものは排除され、生活の質を問い直す先導的な役割をになうことになっていくこと。<br />
そういう転換ができなければ、未来がまったく開けないところまできてしまったわけですね、いまはもう。<br />
<br />
というわけで、そんな新しい生活像のイメージを、げんにさまざまなカタチで追い求めている12人のトップクリエーターの人たちに、具体的な制作物に即しながら、その考え方とつくり方のヒミツをしつこく訊いてみようと思い立ちました。<br />
アメリカの人気テレビ番組「アクターズスタジオ・インタビュー」みたいな公開形式で、毎月お一人ずつ、ぼくが話をお聞きしていこうという趣向です。<br />
<br />
面白い、そして中身の濃いトーク・イベントにしていくつもりです。<br />
ぜひ来てください。そして、会場でのＱ＆Ａにも参加してください。<br />
（下の写真は東大の会場。福武ホールです）<br />
<br />
<p align="center"><a href="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/ho-ru.png" target="_blank"><img src="/_images/blog/_c06/amano/m_ho-ru.png" width="400" height="280" border="0" align="" alt="ho-ru.png" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_ho-ru.png.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p><br />
<a name="more"></a>]]></description>  
      <author>あまの</author> 
    </item>  
    <item> 
      <title>お年賀</title>  
      <link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2011-01-01</link>  
      <category>ことばの元気学</category>  
      <pubDate>Sat, 01 Jan 2011 00:19:08 +0900</pubDate>  
      <guid isPermaLink="false">http://amano.blog.so-net.ne.jp/2011-01-01</guid>  
      <description><![CDATA[<p align="center"><a href="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/isinotuki.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_c06/amano/m_isinotuki.jpg" width="300" height="441" border="0" align="" alt="isinotuki.jpg" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_isinotuki.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p><a name="more"></a>]]></description>  
      <author>あまの</author> 
    </item>  
    <item> 
      <title>ことばの距離</title>  
      <link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-12-26</link>  
      <category>ことばの元気学</category>  
      <pubDate>Sun, 26 Dec 2010 11:23:27 +0900</pubDate>  
      <guid isPermaLink="false">http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-12-26</guid>  
      <description><![CDATA[<p align="center"><a href="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/E383AAE383AAE383B3E382B0.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_c06/amano/m_E383AAE383AAE383B3E382B0.jpg" width="268" height="188" border="0" align="" alt="リリング.jpg" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_E383AAE383AAE383B3E382B0.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p>Ｎ響の「第９」を聴いてきた。国立音楽大学合唱団が圧倒的だった。うまいなあ。すごいなあ。<br />
指揮のヘルムート・リリングは、バッハのスペシャリストだと思っていたが、ベートーヴェンやシューベルトも振るらしい。端正な音づくりで、これもなかなか聴きごたえがあった。<br />
<br />
でもなあ、やっぱり「第９」は長いよなあ。繰り返しが多いしなあ。もうちょっと刈りこめないのかなあ。<br />
あの延々と続く音の連なりに身をゆだねる快感、というのもわからないではないけれど、それにしてもなあ、人間の時間感覚も変わってきてるし、年末だしなあ。<br />
なんて思ったのだが、うかつにそんなこと言ったら、世の音楽好きの人に怒られるだろうなあ。<br />
なんてったてベトちゃんは、「楽聖」だからなあ。「不世出の天才」だからなあ。<br />
<br />
あ、「ベトちゃん」なんて言うのもいけないんだろうなあ。<br />
でも、これはぼくが言ったわけじゃない。中原中也さんの借り物。<br />
<br />
月の光のそのことを<br />
盲目少女に教へたは、<br />
ベートーヴェンか、シューバート？<br />
俺の記憶の錯覚が、<br />
今夜とちれてゐるけれど、<br />
ベトちゃんだとは思ふけど、<br />
シュバちゃんではなかったらうか<br />
<br />
おぼえているくらい好きだった「お道化うた」（「在りし日の歌」）の一節だが、中也さんのようにベートーヴェンのことをベトちゃん、シューベルトのことをシュバちゃんと言ったって、別にかまわない、それくらい好きだってことだと思うんだよな。<br />
そう、モーツアルトをモーちゃん、バッハをバーちゃんと呼んだって、べつにいいのだ。その言い方に愛情さえこもっていれば。ＭＪＱの「ブルース・オン・バッハ」なんてＣＤを聴けば、ジャズにされてもバッハは怒らない、むしろ面白がっているに違いないと思えるはずだよね。<br />
<br />
ことばは、対象との距離をつくる。<br />
｢楽聖」なんてことばで呼んだとたんに、ベトちゃんは雲の上にまで遠ざかってしまう。<br />
モーちゃんだって、モーツアルト様なんて呼ばれたら、くすぐったがって逃げていくに違いない。<br />
愛する人を、もっとだいじにしなきゃ。<br />
<a name="more"></a>]]></description>  
      <author>あまの</author> 
    </item>  
    <item> 
      <title>デコボコ頭の告白</title>  
      <link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-12-20</link>  
      <category>ことばの元気学</category>  
      <pubDate>Mon, 20 Dec 2010 13:01:02 +0900</pubDate>  
      <guid isPermaLink="false">http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-12-20</guid>  
      <description><![CDATA[iPadで、電子ブックを読んでみた。<br />
「坊ちゃん」はいいが、「学問のすすめ」はいけない。<br />
いけないというか、頭に入ってこない。<br />
ストーリーを追うのにはいいが、考えるのには向いていないみたいだ。<br />
<br />
若いころに読んだ「学問のすすめ」は、活版印刷だった。<br />
いまどきの人は「活版印刷」なんて知らないだろうが、鉛でつくった活字を組んで、それにインクをつけて、紙に押し付けて印刷する。ま、ハンコを押すみたいなもんだ。<br />
<br />
<p align="center"><a href="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0E6B4BBE5AD97.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_c06/amano/m_0E6B4BBE5AD97.jpg" width="200" height="145" border="0" align="" alt="0活字.jpg" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_0E6B4BBE5AD97.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p>こうすると、鉛の字を押しつけるから、紙が少しへこむ。ま、それほどひどくへこむわけじゃないが、とにかく、紙に字が刻み込まれるって感じだ。<br />
<br />
ぼくが出版の世界に入った１９５０年代は、出版物はたいてい活版印刷だった。<br />
が、６０年代になると平版印刷が現れ、７０年代にはそれが主流になり、８０年代になるとほとんどの印刷物が平版になった。<br />
平版（オフセット）印刷は、鉛の活字の代わりに印画紙に文字を印字し、感光液を塗った薄いアルミ板にそれを焼き付けて、焼き付けた部分だけにインクがつくという方式で印刷する。そう、活版印刷みたいなデコボコがまったくない印刷方式だ。<br />
<br />
ぼくなどは、どうも平版はのっぺりした色男みたいで好きになれず、７９年に創刊した「広告批評」も活版ではじめたのだが、時代の流れには逆らえず、数年後には平版に変えざるをえなくなった。<br />
<br />
ところが、である。<br />
なんとか色男とのつきあいにも慣れてきたと思ったら、こんどは電子ブックの登場だ。のっぺりした色男どころか、ドきざなイケメン野郎みたいで、ますます好きになれないやつが登場してきた。<br />
でもなあ、やっぱり時代の流れには逆らえないよなあ。<br />
レコードだって、ＳＰからＬＰへ、ＬＰからステレオへ、ステレオからＣＤへと、時代の流れに逆らえずに、泣く泣くぼくは買いかえてきたしなあ。<br />
というわけで、おそるおそる電子ブックを読み始めた結果が、最初に言った「ストーリーものにはいいが、考えるものには向いていない」という感想なのである。<br />
<br />
だが、そう思ったのは、なぜか。<br />
<br />
たぶんそれは、印刷（あるいは印字）形式の違いである。<br />
活版で印刷された文字は、紙をへこませるだけでなく、脳をもへこませる。文章の１字１字が、脳の表面に刻み込まれる。ぼくの頭がかつてデコボコだったのは、そのせいだ。<br />
<br />
ところが、だ。平版の文字は、脳の表面をツルッとなでるだけで、脳にデコボコの痕跡を残さない。だから、平版の登場以降「岩波文庫」は売れなくなり、ストーリーものが本の主流になってしまった。思えばぼくも、そのころから考える本をあまり読まなくなり、デコボコ頭がツルッとしてきて、毛がどんどん抜けてきたように思う。<br />
<br />
そこへ今度は、なんと光の文字である。こういう文字は、脳に「考える」ことなんか要求しない。光陰矢のごとし。へぼの考え休むに似たり。さっさと読んでさっさと寝ろ。<br />
<br />
これではいけない。「考える本」がこれではなくなってしまう。<br />
考える本とは、読むのに手間のかかる本だ。中身もそうだが、本のツクリからして、手間をかけなきゃいけない。<br />
たとえば、昔の本の中には、フランス装などといって、本の上部や横の部分が袋とじのように切れていないものもあった。それをペーパーナイフでざくざく切りながら読んでいく。そういう本の持つ本来の意味を、忘れてはいけないのだ。グーテンベルグさんに申し訳ないのだ。<br />
<br />
ここまで読んで、やっとぼくの言いたいことがわかってくれたと思う。<br />
そう、先日上梓した佐藤可士和さんとぼくの共著「可士和式」が、なぜ手間のかかるフランス装なのか。<br />
それを言いたかったために、さっきからとてもムリをしているのだ。<br />
「なんでこの本、上が切ってないの？」とか「これ、不良品じゃないの？」という若者の声に、なんとしても答えたかったのである。<br />
<br />
でもなあ、と、すでに「可士和式」を買ってくれた人は思うに違いない。<br />
「あの本、中身は平版印刷じゃないの？」<br />
そうなのだ。時代の流れには逆らえない。だって、いまどき活版印刷ができる印刷屋さんなんてほとんどないし、値段もうんと高くなってしまう。<br />
で、せめてもの抵抗で、表紙だけは活版印刷にして、損をしょいこむことにしたのだった。ああ。<br />
<br />
<p align="center"><a href="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0E58FAF1.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_c06/amano/m_0E58FAF1.jpg" width="250" height="327" border="0" align="" alt="0可1.jpg" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_0E58FAF1.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p><br />
<a name="more"></a>]]></description>  
      <author>あまの</author> 
    </item>  
    <item> 
      <title>即興画人</title>  
      <link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-12-12-1</link>  
      <category>ことばの元気学</category>  
      <pubDate>Sun, 12 Dec 2010 13:40:57 +0900</pubDate>  
      <guid isPermaLink="false">http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-12-12-1</guid>  
      <description><![CDATA[<p align="center"><a href="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0E58DB3.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_c06/amano/m_0E58DB3.jpg" width="250" height="341" border="0" align="" alt="0即.jpg" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_0E58DB3.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p>安野光雅さんがアンデルセンの｢即興詩人」の口語訳を上梓した。<br />
｢即興詩人」といえば、森鴎外の伝説的な名訳がある。文語体の日本語の美しさの、これ以上は考えられないお手本として、評価の高い訳文だ。<br />
が、残念なことに、いまの若い人に文語はなじまない。鴎外の名訳を、品位を損なわずに口語に置き換えようと、安野さんは五年がかりでこの大作の口語訳をやってのけた。たいへんな労作である。<br />
<br />
隠居大学の最終回は、その安野さんを客人に招いて、口語訳の苦労から、いまの日本語の問題、さらには安野さんの「旅」の話などなど、脱線に次ぐ脱線で、楽しい話をいっぱい聞くことができた。<br />
<p align="center"><a href="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0E5AE89.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_c06/amano/m_0E5AE89.jpg" width="300" height="225" border="0" align="" alt="0安.jpg" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_0E5AE89.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p><br />
｢即興詩人」は、安野さんにとって、かけがえのない｢青春の書」であるという。たしかに、｢即興詩人」とか｢若きヴェルテルの悩み」とか、昔の青年にとっては、自分の青春と切り離せない本があるものだ。ぼくも鴎外の「ヰタ・セクスアリス」なんて、夢中になって読んだもんな。<br />
が、それだけじゃない。安野さんのふるさとは津和野。鴎外は同郷の人だ。郷里の大先輩が遺した偉大な作品をこのまま埋もれさせたくないという強い思いがあったんだろう。<br />
<br />
それにしても、鴎外はなぜ、「即興詩人」の訳を文語体でしたのか。「ヰタ・セクアリス」だけじゃない、「山椒大夫」も「阿部一族」も「渋江抽斎」も、口語体で書いているのに、「即興詩人」（や「舞姫」）は、なぜ文語体なのか。当時は言文一致運動が行われていた時期だから、その進展具合と作品の執筆時期との関係があったのか、それとも、「即興詩人」や「舞姫」は、口語体ではなく文語体で訳されることを望んでいると作者が感じたのか……。<br />
<br />
鴎外と同時代を生きた正岡子規も、はじめは原文一致運動に反対していた。<br />
「言文一致はとかくくどくうるさく長々しきものなり。従って読みにくく解りにくく、あるいはあくびを生ずるところ多し。これを無暗に主張する人、主張者にそそのかされて尻馬に乗る人、実にも哀れな人々かな」と言っている。<br />
もっとも、子規は頭から言文一致を否定してるわけじゃない。げんに、談話や告示や手紙のようなものは言文一致でわかりやすくしたほうがいいと言っている。が、芸術的な表現のように虚構の世界をつくりだしていくものは、言文一致とはソリが合わない。つまり言文一致がいいかどうかは、「文章の目的と趣向」によってきまるはずのものだ」と主張しているのだ。<br />
<br />
簡単に言ってしまえば、実用的な文章は口語体という日常語で、芸術表現の文章は文語体という芸術語で――子規はそう言いたかったんじゃないかと思う。<br />
<br />
祇園精舎の鐘の声<br />
諸行無常の響きあり<br />
娑羅双樹の花の色<br />
盛者必衰の理をあらはす<br />
<br />
たとえば、これ、口語訳にしたら、これから始まる「平家物語」の壮麗なイメージが生まれてこない。ぶち壊しになってしまう。<br />
やっぱりここは、とうとうと、流れるように、文語体の持つ独特のリズムで読まれなかったらダメなんじゃないだろうか。<br />
だから安野さんも、自分の口語訳で｢即興詩人」を読んだら、ぜひ鴎外の文語訳も読んでほしい。で、日本語の美しさに感動してほしい、と言っていた。<br />
<br />
てなことを、ああだこうだと、楽しく１時間あまりしゃべったのだが、くわしいことは１月９日の深夜(１０日の午前１時台）のＮＨＫ第１放送かＦＭ放送でどうぞ。<br />
<br />
それにしても、安野さんはお元気だなあ。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<a name="more"></a>]]></description>  
      <author>あまの</author> 
    </item>  
    <item> 
      <title>隠居のうふふふふ</title>  
      <link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-12-09</link>  
      <category>ことばの元気学</category>  
      <pubDate>Thu, 09 Dec 2010 10:14:33 +0900</pubDate>  
      <guid isPermaLink="false">http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-12-09</guid>  
      <description><![CDATA[<p align="center"><a href="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0E59DAA.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_c06/amano/m_0E59DAA.jpg" width="300" height="200" border="0" align="" alt="0坪.jpg" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_0E59DAA.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p>隠居大学が無事終わった<br />
登場する客人もそうだけど、なにしろぼくもトシなんで、いつあの世に行くかわからない。<br />
「無事」に終わったというのはそういうイミで、とにかくこれでまた雑煮が食えるなとほっとしている。<br />
<br />
先月の坪内稔典さんも、最終回の安野光雅さんも、とても面白かった。<br />
<br />
「三月の甘納豆のうふふふふ」<br />
坪内さんといえばこれが代表句の一つだが、この句を作った当時、小学生だったお嬢さんが学校のお友だちと語らって、「このほうがいいんじゃないか」という改作をして、お父さんの稔典さんに見せたんだそうな。<br />
｢三月のひな人形のうふふふふ」<br />
いいじゃない、とぼくらは一瞬、思っちゃうよね。ひな壇のお姫様が「うふふふ」としのび笑いをしているなんて、かわいいじゃない。<br />
でも、これじゃだめなの。当たり前で、面白くないんだって。<br />
｢甘納豆」が笑うからおかしい。意表をつく、というか、そういう意外性がなくちゃ面白くないんだって。<br />
｢柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺」(子規）だって、柿と鐘の取り合わせという意外性が面白い。｢柿食えば腹が鳴るなり」じゃだめなんだよね。<br />
ま、この話は坪内さんの著書にも載っているけど、じかに話を聞くと、とてもよくわかる。<br />
<br />
それにしても、坪内さんのこの句、<br />
「たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ」<br />
これはまだわかんないなあ。<br />
ま、勝手に解釈すればいいし、むりに解釈しなくてもいいんだよね。<br />
<br />
というわけで、「究極の言葉遊び」ともいえる｢俳句」のシンズイを、敬愛する坪内宗匠は、面白おかしくしゃべってくれたのでした。<br />
それにしても宗匠の朝食はあんぱんときまっているそうですが、そのあんぱんが「つぶあん」とは。<br />
<br />
このつづき、安野光雅編は、また明日。（か、あさって）（か、しあさって）（か、やのあさって）。<br />
(注・ぼくの育った東京の下町では、あさっての翌々日をヤノアサッテと言いますが、おたくではどう？）<a name="more"></a>]]></description>  
      <author>あまの</author> 
    </item>  
    <item> 
      <title>可士和式</title>  
      <link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-11-26</link>  
      <category>ことばの元気学</category>  
      <pubDate>Fri, 26 Nov 2010 13:27:55 +0900</pubDate>  
      <guid isPermaLink="false">http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-11-26</guid>  
      <description><![CDATA[「可士和式」ができました。<br />
天野祐吉・佐藤可士和共著　装丁・佐藤可士和<br />
定価1500円＋税　11月25日発売。<br />
<br />
<p align="center"><a href="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0E58FAF1.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_c06/amano/m_0E58FAF1.jpg" width="250" height="327" border="0" align="" alt="0可1.jpg" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_0E58FAF1.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p><br />
なんのへんてつもなさそうな本ですが、実は古風なフランス装。本の上部がアンカットになっております。<br />
<br />
<p align="center"><a href="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0E58FAFEFBC92.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_c06/amano/m_0E58FAFEFBC92.jpg" width="300" height="224" border="0" align="" alt="0可２.jpg" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_0E58FAFEFBC92.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p>で、お手持ちのペーパーナイフ（なるべく上等のもの。なければ、カッターでもなんでもいい）で、写真のように上部のアンカットの部分を丁寧に切ります。<br />
<br />
<p align="center"><a href="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0E58FAFEFBC93.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_c06/amano/m_0E58FAFEFBC93.jpg" width="300" height="104" border="0" align="" alt="0可３.jpg" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_0E58FAFEFBC93.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p>と、いままで上部がこう見えていたものが――<br />
<br />
<p align="center"><a href="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0E58FAFEFBC94.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_c06/amano/m_0E58FAFEFBC94.jpg" width="300" height="105" border="0" align="" alt="0可４.jpg" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_0E58FAFEFBC94.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p>こうなります。きちんと切れてないボアボアのところがいいんですねえ。古風な奥ゆかしさにあふれているんですねえ。<br />
それにしても、だれもがいそがしいご時世に、なぜこんな手間のかかる本を出したか。版元はこう申しております。<br />
<br />
<p align="center"><a href="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/00E58FAFE5A3ABE5928C.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_c06/amano/m_00E58FAFE5A3ABE5928C.jpg" width="250" height="369" border="0" align="" alt="00可士和.jpg" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_00E58FAFE5A3ABE5928C.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p><br />
ま、本屋さんで現物を見てください。<br />
ただし、上が切れてないから立ち読みはできません。<br />
怒らずに、なるべく買ってくださるとうれしい。<br />
<br />
おっと、中身は、天野と佐藤が「新しい広告」について語り合った延べ8時間の記録です。面白いです。<br />
キャッチフレーズは、「ここから新しい広告が始まるかも。」<br />
「かも」とつけたところが、謙虚さのあらわれだそうです。<br />
<br />
<a name="more"></a>]]></description>  
      <author>あまの</author> 
    </item>  
    <item> 
      <title>DO THIS OR DIE.</title>  
      <link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-11-18</link>  
      <category>ことばの元気学</category>  
      <pubDate>Thu, 18 Nov 2010 13:27:47 +0900</pubDate>  
      <guid isPermaLink="false">http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-11-18</guid>  
      <description><![CDATA[昔、こんな広告がありました。<br />
<br />
<p align="center"><a href="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0E3839B0.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_c06/amano/m_0E3839B0.jpg" width="250" height="338" border="0" align="" alt="0ホ0.jpg" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_0E3839B0.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p>すぐれたクリエイティブで有名なDDBという広告会社が、1969年に『タイム』誌に出した企業広告です。<br />
<br />
DO THIS OR DIE.<br />
「これをするか、さもなくば死になさい」<br />
<br />
すごいキャッチフレーズでしょ？<br />
これをしないなら死んじまえって言うんですから。<br />
「これ（this)」って、なんだろう。誰だってつづきを読みたくなりますよね。<br />
その全訳は、西尾忠久さんの著書やブログで見ていただくとして、乱暴に要約するとこんなことが書かれているんです。<br />
<br />
私たち広告の作り手は、広告で人びとをひっかけることができると思いこんできた。が、それはとんでもない間違いだ。私たちはいついかなる時でも、いついかなる人をも騙すことなどできはしない。<br />
この国は知的水準の高い国だ。それなのに、ほとんどの広告は知的な人びとを無視してきた。その結果として、いまやほとんどの広告は、知的な人たちに無視されているのだ。<br />
広告だけじゃない、ほとんどの製品も、これといった特長を持たず、また、改良の努力も怠っている。<br />
こんなことを続けていたら、私たちは早晩、死ななければならないだろう。もしいま、広告づくりや製品づくりのあり方を思い切り改革しなければ、そのうちに消費者の無関心という大波が、私たちがつくりだしているタワゴトの山に襲いかかる。その日こそ、私たちの最後の日だ。<br />
その日、私たちは私たちの市場で死ぬ。私たちの商品棚の上で。空虚な約束を記した美しいメッセージの中で。物音もなく、すすり泣きもされず。<br />
しかしそれは私たち自身の汚い手が引き起こしたことなのだ。<br />
<br />
なんで、とつぜん、この広告のことを思い出したのか。<br />
そうなんですね。<br />
よくわかりませんが、ヒステリックなタイトルを並べた週刊誌の広告を見ていたら、急にＤＤＢのこの広告のことを思い出したんです。<br />
<br />
ところで、40年前にＤＤＢの広告が発したこの警告で、その後の広告は変わったでしょうか。<br />
どう考えても、あまり変わったとは思えない。<br />
かと言って、いまからではとてもじゃないが、改革に間に合いそうもない。<br />
ということで、どうやらマスコミで猛威をふるってきた広告は、いよいよ死期を迎えているのかも、と思ったりしたのでした。<br />
<br />
で、それは広告だけじゃない。<br />
すべてのマスコミに同じようなことが言えるのかも知れませんね。<br />
チーン。（と鐘の音）<br />
<br />
あ、そうそう。<br />
こんな話も含めて、23日（火）の午前１１時に、東大の駒場祭で「かけあし広告史」みたいな公開講義を、教え子たちの企画でさせられます。気が向いたらのぞいてください。詳しいことは<a href="http://iii-edu.org/" target="_blank">http://iii-edu.org/</a>へ。<br />
<br />
<a href="http://inkyo-ya.com/amano/" target="_blank">隠居のひとりごと</a>も、更新しました。<a name="more"></a>]]></description>  
      <author>あまの</author> 
    </item>  
    <item> 
      <title>灯</title>  
      <link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-11-13</link>  
      <category>ことばの元気学</category>  
      <pubDate>Sat, 13 Nov 2010 14:13:26 +0900</pubDate>  
      <guid isPermaLink="false">http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-11-13</guid>  
      <description><![CDATA[<p align="center"><a href="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0ro.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_c06/amano/m_0ro.jpg" width="300" height="286" border="0" align="" alt="0ro.jpg" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_0ro.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p>木蝋の灯です。<br />
いまどきのパラフィンのろうそくの灯とは、色が違う。ほんのり、赤みがかった灯です。<br />
ハゼの木の果皮からつくる木蝋は、世界でももう２，３か所でしか作っていないらしい。<br />
数年前、松山から1時間ほど行った内子の町でもらってきました。<br />
内子といえば、大江健三郎さんを生んだ土地ですが、もうひとつ、内子座というすばらしい芝居小屋を生んだことでも有名です。<br />
誕生は大正5年（1917年）ですから、ことしで93歳。吉右衛門さんも勘三郎さんも玉三郎さんも、みんな訪れたことのある芝居小屋です。<br />
ぼくも５，６回、桟敷にすわって文楽を楽しんできましたが、東京の歌舞伎座や国立劇場で見るよりも、ずっと気分がいい。贅沢な時間を過ごしました。<br />
そう、これが内子座。<br />
<p align="center"><a href="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0E58685.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_c06/amano/m_0E58685.jpg" width="275" height="183" border="0" align="" alt="0内.jpg" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_0E58685.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p>この小屋の楽屋に、人間国宝の七世・竹本住大夫さんをおたずねして、いろいろお話を聞かせてもらったこともあります。<br />
いまもお元気で活躍中ですが、ホント、この人の芸はすばらしい。文楽というのは《見る》というより《聴く》ものだということを、この人の浄瑠璃を聞いて知りました。<br />
そう、この人が、ぼくの大好きな住大夫さん。人間的にも、すごくチャーミングな人なんだよね。そうだ、そのうち隠居大学に来てもらおう。<br />
<br />
<p align="center"><a href="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0sumi.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_c06/amano/m_0sumi.jpg" width="150" height="200" border="0" align="" alt="0sumi.jpg" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_0sumi.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p>話は変わるけど、正岡子規は近松門左衛門をあまり買ってない。あんな冗長な文章はいかん、なんていった調子でけなしてる。ま、写生文の元祖だからね。<br />
<br />
でも、そうかねえ。たとえば、有名な「曽根崎心中」の最後の場。<br />
<br />
「この世の名残り、夜も名残り。死にに行く身をたとふれば、あだしが原の道の霜。一足づつに消えて行く、夢の夢こそ哀れなれ。あれ数ふれば暁の、七つの時が六つ鳴りて、残る一つが今生の、鐘の響きの聞きおさめ。寂滅為楽（じゃくめついらく）と響くなり…（後略）」<br />
<br />
読めば、たしかにそうも言える。でもね、たとえばこれ、住大夫さんの語りで聞いてごらんよ。死にに行く男女の姿が、目をつぶっていても見えてくる。日本の文芸というのは、「文字」じゃない、「音」というメディアの上に成立してきたんだってことがよくわかる。<br />
<br />
話がそれちゃったけど、機会があったら、ぜひ内子座へ行ってみてください。<br />
この小屋を建てたのは、國じゃない。内子の木蝋の商人たちが金を出し合って建てたんです。おかみの力じゃなく、町衆の力で建てた。商売で儲かった金は、文化に使って、みんなで楽しもう。<br />
<br />
木蝋が町に文化の灯をともしたんだよね。<br />
<br />
<a name="more"></a>]]></description>  
      <author>あまの</author> 
    </item>  
    <item> 
      <title>ロシアはしつこい</title>  
      <link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-11-04</link>  
      <category>ことばの元気学</category>  
      <pubDate>Thu, 04 Nov 2010 21:23:23 +0900</pubDate>  
      <guid isPermaLink="false">http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-11-04</guid>  
      <description><![CDATA[<p align="center"><a href="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0E382B4E383AB.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_c06/amano/m_0E382B4E383AB.jpg" width="400" height="531" border="0" align="" alt="0ゴル.jpg" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_0E382B4E383AB.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p>とつぜんですが、「旧ソ連におけるリーダー交替の法則」という有名な法則があります。ただ、最近は知らない人がふえてきているようなので、今回はちょっと寄り道して、その法則をご説明しましょう。時間の無駄のようですが、こんなブログをのぞいてる人はどうせ暇なんだし、ちょっと聞いてください。<br />
<br />
さて、この写真はソ連からロシアへとつづく歴代のリーダーを時系列に並べたものです。左上から順に、レーニン、スターリン、フルシチョフ、ブレジネフ、アンドロポフ、チェルネンコ、ゴルバチョフ、エリツイン、という顔ぶれです．正確に言うと、スターリンとフルシチョフの間にマレンコフという人がいるのですが、この人は短期間でフルシチョフに席を譲ったので、ここでは省きました。<br />
<br />
さて、この８人の交替にどういう法則があったか。よく写真を見てください。わかりましたね。そう、なんと髪の毛が、はげ～ふさふさ～はげ～ふさふさ～はげ～ふさふさ、と、順番に変わっているんですね。ただし、５番目のアンドロポフと６番目のチェルネンコだけは在任期間も中途半端なら髪の毛も中途半端なので、ちょっと目をつぶっていただきたい。そうすれば、この法則はみごとに成立することになるのです。<br />
<br />
だからさあ、お前、なんなんだよ、なんて言わないでください。<br />
実は、ここまでは、２００５年の１２月２８日に書いたぼくのブログの書き写しです。５年前のものですね。<br />
その時はエリツィンが大統領だったのですが、ところがですよ、なんとそのあとも、プーチン（はげ）、メドベージェフ（ふさ）と、この伝統は相変わらず生き続けているではありませんか。<br />
さすがですね。しつこいですね。伝統の國ですね。<br />
<br />
だからさあ、それがどうしたっていうんだよ、と言われると、ま、すいませんというほかはないのですが。<br />
すいません。<a name="more"></a>]]></description>  
      <author>あまの</author> 
    </item>  
    <item> 
      <title>東大を広告する</title>  
      <link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-10-26</link>  
      <category>ことばの元気学</category>  
      <pubDate>Tue, 26 Oct 2010 14:24:54 +0900</pubDate>  
      <guid isPermaLink="false">http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-10-26</guid>  
      <description><![CDATA[<p align="center"><a href="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/020E8B5A4.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_c06/amano/m_020E8B5A4.jpg" width="260" height="200" border="0" align="" alt="0 赤.jpg" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_020E8B5A4.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p>十数人の東大生と、東大の広告をつくっている。<br />
もちろん、遊びである。<br />
いや、本当は広告論の講義の一環なので、「遊び」じゃなくて「学び」なのだが、ま、「学び」と「遊び」は兄弟みたいなものだから、あえて「遊び」と言っておく。<br />
<br />
それと、「広告とは何か」を知るには、面倒な本を読むより、自分で作ってみるのがいちばん早い、ということもある。<br />
げんにアメリカでは、小中学校の授業として、自分たちで広告をつくらせているところがあるくらいだ。自分でつくってみると、どういう言い方が相手にうまく伝わるかとか、どういうところでウソがつきたくなるかとか、身をもって学ぶことができるからだろう。<br />
<br />
で、東大生がつくる東大の広告だが、まずは、「東大のキャッチフレーズ」を勝手につくってみようということから始めた。集まったキャッチフレーズをここですべて公表するわけにはいかないが、けっこうおもしろいのが集まりつつある。<br />
<br />
「官僚の予備校」<br />
<br />
たとえば、これ。<br />
こういう自虐的なのは、実際の広告には使えないが、ユーモア広告として見ればちょっと面白い。<br />
これに手を加え、<br />
<br />
「130年間 合格率第1位！　官僚の予備校・東京大学」<br />
<br />
とでもすれば、ユーモア度がさらにアップするんだろうが、そういうしつこさに欠けるところが、東大生の特長なのかも知れない。<br />
<br />
この「コピー編」がすんだら、次は「ビジュアル編」に進む予定で、「これぞ東大」という写真をケータイ・カメラで撮ってくるように宿題を出しているのだが、さて、どんな写真が集まるか、楽しみにしている。<br />
<br />
ところで、なんでこんなことをしているのか。<br />
さっきも言ったように、自分でつくってみるのが「広告とは何か」を知るいちばんの近道だからだが、それ以外にも、いまの大学って、何がその大学の個性であり美点であるかが、すごくぼやけているように思えるからだ。<br />
だいたい、大学選びは偏差値なんかでするもんじゃない。一流会社への就職率の高さなんかで選ぶのも大間違いのこんこんちきだ。<br />
<br />
というわけで、なぜ自分は東大を志望したのか。それを東大生の人たち自身にちゃんと知って欲しいというのが、この「遊び」の本当のねらいである。<br />
<br />
汝、自身を知れ。<br />
<br />
なんて、昔のえらい人も言っていることだし。<br />
<br />
<a name="more"></a>]]></description>  
      <author>あまの</author> 
    </item>  
    <item> 
      <title>最後の歌</title>  
      <link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-10-19</link>  
      <category>ことばの元気学</category>  
      <pubDate>Tue, 19 Oct 2010 21:42:36 +0900</pubDate>  
      <guid isPermaLink="false">http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-10-19</guid>  
      <description><![CDATA[<p align="center"><a href="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0E6B2B3.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_c06/amano/m_0E6B2B3.jpg" width="200" height="299" border="0" align="" alt="0河.jpg" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_0E6B2B3.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p>１０月１７日、「河野裕子さんを偲ぶ会」に京都へ行ってきた。たくさんの人が集まって、河野さんとの別れを惜しんでいた。<br />
<br />
手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が<br />
<br />
亡くなる前の数日は自分で筆をとることができなかったそうで、これがご夫君の永田和宏さんが口述筆記で書きとめた最後の歌ということだった。<br />
ぼくは短歌のことはまったくの素人だが、この人の言葉は、すべてが《裸身》の強さを持っていた。まっすぐで、飾り気がなくて、こんなに勁い言葉を持っている人は、ぼくはほかに知らない。<br />
<br />
あんたらの気持ちがこんなにわかるのに言ひ残すことの何ぞ少なき<br />
<br />
死の前日まで歌を作りつづけた河野さんを、｢生まれながらの歌人だったのだと思う」とご夫君の永田さんは書いている。<br />
<br />
<a href="http://www.inkyo-ya.com/" target="_blank">隠居屋HP</a><a name="more"></a>]]></description>  
      <author>あまの</author> 
    </item>  
    <item> 
      <title>来てね。</title>  
      <link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-10-13</link>  
      <category>ことばの元気学</category>  
      <pubDate>Wed, 13 Oct 2010 22:07:36 +0900</pubDate>  
      <guid isPermaLink="false">http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-10-13</guid>  
      <description><![CDATA[<p align="center"><a href="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0kin.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_c06/amano/m_0kin.jpg" width="380" height="550" border="0" align="" alt="0kin.jpg" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_0kin.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p>紀伊國屋さんと組んで、こんなイベント、やりますだ。（第１６３回新宿セミナー）<br />
よかったら、遊びにきてください。<br />
阿川佐和子さん、高橋源一郎さん、佐藤可士和さん。ほかにひとり、思わぬ人が飛び入りできてくれるはずです。<br />
１１月２５日夜７時開演(６時半開場）<br />
新宿・紀伊國屋ホール<br />
料金・１０００円(全席指定・税込）<br />
前売・キノチケットカウンター（紀伊國屋書店新宿本店５階・受付１０：００～１８：３０）<br />
電話予約・紀伊國屋ホール（電話０３－３３５４－０１４１・受付１０：００～１８：３０）<br />
主催・紀伊國屋書店<br />
協力・天野祐吉作業室<br />
チケット発売・電話予約は１０月１６日（土）からです。<br />
<br />
あ、隠居のひとり言ものぞいてください。<a href="http://www.inkyo-ya.com/" target="_blank">隠居屋ＨＰ</a><a name="more"></a>]]></description>  
      <author>あまの</author> 
    </item>  
    <item> 
      <title>顔八景（つづき）</title>  
      <link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-10-07</link>  
      <category>ことばの元気学</category>  
      <pubDate>Thu, 07 Oct 2010 10:55:53 +0900</pubDate>  
      <guid isPermaLink="false">http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-10-07</guid>  
      <description><![CDATA[<p> <a href="https://blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0E9A194E5B08FE6B2A2EFBC92-(1).jpg" target="_blank"><img src="https://blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/m_0E9A194E5B08FE6B2A2EFBC92-(1).jpg" border="0" alt="0顔小沢２-(1).jpg" width="200" height="226" align="left" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_0E9A194E5B08FE6B2A2EFBC92-(1).jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a>　　　　　　　　　　　　　</p><p><font size="6">したり顔</font></p><p>うまくやったというときに、凡人は得意顔になるが、超人はしたり顔をする。うれしさをそう単純に顔に出さないような修練をつづけてきた成果である。もっとも、「したり」という言葉には、「しめた！」という意味と「しまった！」という意味（「これはしたり」のような）があり、最近のこの人は後者の表情を見せることが多い。</p><p>&#160;</p><p>&#160;</p><p><a href="https://blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0E9A194E381AEE38280E38289E38195E381A1E38288.jpg" target="_blank"><img src="https://blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/m_0E9A194E381AEE38280E38289E38195E381A1E38288.jpg" border="0" alt="0顔のむらさちよ.jpg" width="200" height="226" align="left" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_0E9A194E381AEE38280E38289E38195E381A1E38288.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p><p><font size="6">のみこみ顔</font></p><p>人を食った、あるいは人をのんだ顔である。ほんらいの意味は、「事情はすべてわかっている」といった顔のことだが、その顔に年季が入ると、ただもう、この人の前に出ると、それだけですべてを見透かされたような気分になり、足がすくんでしまう。げんに、かなりの大物でもそうなるという実証例もある。</p><p>&#160;</p><p>&#160;</p><p>&#160;</p><p><a href="https://blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0E9A194E381AEE38280.jpg" target="_blank"><img src="https://blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/m_0E9A194E381AEE38280.jpg" border="0" alt="0顔のむ.jpg" width="200" height="226" align="left" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_0E9A194E381AEE38280.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p><p><font size="6">何食わぬ顔</font></p><p>そ知らぬ顔である。天丼を食ってもカツカレーを食っても、そんなの食ってないよという顔のできる人で、よほど人生に練れた人でなければこうはいかない。その反対が長嶋茂雄さんのような楽天顔で、楽天型の正反対の野村さんが、楽天の監督を何食わぬ顔で引き受けたあたりはさすがだった。 </p><p>&#160;</p><p>&#160;</p><p>&#160;</p><p><a href="https://blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0E9A194tokoro.jpg" target="_blank"><img src="https://blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/m_0E9A194tokoro.jpg" border="0" alt="0顔tokoro.jpg" width="200" height="226" align="left" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_0E9A194tokoro.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p><p> <font size="6">とぼけ顔</font></p><p>何食わぬ顔のユーモア版。何食わぬ顔と違うトコロは、食ったことを隠しながら食ったことを自分でバラしてしまうトコロだろう。こういう顔が許されるのは、所ジョージや藤村俊二のようなユーモア・センスのある人だけで、カネをもらったのにもらってないというときの政治家のとぼけ顔は、決して許してはならない。</p><p>&#160;</p><p>&#160;</p><p>（つづく）</p>

<a href="http://www.inkyo-ya.com/" target="_blank">隠居屋HP</a><a name="more"></a>]]></description>  
      <author>あまの</author> 
    </item>  
    <item> 
      <title>顔八景</title>  
      <link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-10-02</link>  
      <category>ことばの元気学</category>  
      <pubDate>Sat, 02 Oct 2010 23:49:53 +0900</pubDate>  
      <guid isPermaLink="false">http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-10-02</guid>  
      <description><![CDATA[<a href="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0E9A194E381BEE3818A.jpg" target="_blank"></a><p><a href="https://blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0E9A194E5AE97E794B7.jpg" target="_blank"></a><a href="https://blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0E9A194E381BEE3818A.jpg" target="_blank"></a><a href="https://blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0E9A194E5AE97E794B7.jpg" target="_blank"></a><a href="https://blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0E9A194E381BEE3818A.jpg" target="_blank"></a><a href="https://blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0E9A194E381BEE3818A.jpg" target="_blank"></a></p><p><a href="https://blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0E9A194E381BEE3818A.jpg" target="_blank"><img src="https://blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/m_0E9A194E381BEE3818A.jpg" border="0" alt="0顔まお.jpg" width="200" height="226" align="left" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_0E9A194E381BEE3818A.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p><p><font size="6">うちとけ顔 </font></p><p>だれにでも気を許して、無警戒なうちとけ顔を見せる。真央ちゃんの笑顔には、そんな親近感がある。こういう人がまわりにいると楽しいが、こういう人を恋人にしたら、一日じゅう目が離せないからたいへんだ。もっとも、これは真央ちゃんの外向けのポーズで、現物の真央ちゃんは意外に気むずかしかったりして。</p><p>&#160;</p><p>&#160;</p><p><a href="https://blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0E9A194E5AE97E794B7.jpg" target="_blank"><img src="https://blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/m_0E9A194E5AE97E794B7.jpg" border="0" alt="0顔宗男.jpg" width="200" height="226" align="left" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_0E9A194E5AE97E794B7.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p><p><font size="6">かこち顔</font></p><p>え？　わたしですか？　わたしは終始一貫、国民のしもべとして、誠実につくしてきたつもりですよ。それが「疑惑の総合商社」だのなんだのとひどいことを言われて、思わぬ不遇をかこつことになってしまった。「歎けとて月やは物を思わするかこち顔なるわが涙かな」の心境ですよ。え？　この歌の意味ですか。そんなこと、わかるもんですか、悲しくて。</p><p>&#160;</p><p>&#160;</p><p><a href="https://blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0E9A194E7B4B0E69CA8E5928CE5AD90.jpg" target="_blank"><img src="https://blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/m_0E9A194E7B4B0E69CA8E5928CE5AD90.jpg" border="0" alt="0顔細木和子.jpg" width="200" height="226" align="left" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_0E9A194E7B4B0E69CA8E5928CE5AD90.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p><p><font size="6">しかつめ顔</font></p><p>まことしやかな、まじめくさった仮面をかぶらずには、とてもこの商売はできない。そんなしかつめ顔の仮面をかぶりつづけることで、この人は愚民の不安や悩みを解消してきた。言っていることはしょせん「チチンプイプイ」みたいなものだが、呪文が効くわけじゃない。この人の顔がこわくて、不安というイタイイタイがあっちへ飛んでいくのだ。</p><p>&#160;</p><p>&#160;</p><p><a href="https://blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0E9A194tani.jpg" target="_blank"><img src="https://blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/m_0E9A194tani.jpg" border="0" alt="0顔tani.jpg" width="200" height="226" align="left" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_0E9A194tani.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p><p> <font size="6">うかぬ顔</font></p><p>会社でひどい目にあっているお父さんの顔である。ひどい目にあわせるヤツをなぐりとばせばいいのに、この人はうまれつき品がいいので、そんな荒々しいことができない。で、きょうも水没した自民湖の底で、浮かばれぬ顔をしているのだ。がんばれ、お父さん。</p><p>&#160;</p><p>&#160;</p><p><a href="https://blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0E9A194E5AE97E794B7.jpg" target="_blank"></a></p><p>（つづく）</p><p><a href="https://blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0E9A194E5AE97E794B7.jpg" target="_blank"></a></p><br />
<br />
<a href="http://www.inkyo-ya.com/" target="_blank">隠居屋HP</a><a name="more"></a>]]></description>  
      <author>あまの</author> 
    </item>  
    <item> 
      <title>ちょっとCM</title>  
      <link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-09-22</link>  
      <category>ことばの元気学</category>  
      <pubDate>Wed, 22 Sep 2010 14:06:09 +0900</pubDate>  
      <guid isPermaLink="false">http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-09-22</guid>  
      <description><![CDATA[「顔」の話の前に、ちょっとコマーシャル。<br />
うちで出した「島森路子インタビュー集」の書評が、朝日新聞といくつかの地方紙にのりました。<br />
自分のところの本がほめられたから言うわけではありませんが、（ま、それもありますが）、これがどちらもなかなかいい批評で。この本の本質をピシッととらえている。<br />
「すぐれた批評は最良の広告である」というのが、数十年来のぼくの信念なので、そのすぐれた事例としてご紹介させてください。<br />
まず、朝日新聞。<br />
<a href="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/asahisinbun.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_c06/amano/m_asahisinbun.jpg" width="506" height="800" border="0" align="" alt="asahisinbun.jpg" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_asahisinbun.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
これは高橋記者の記事ですが、批評というよりは紹介が主体です。でも、収録された２４人のインタビューの中から、タモリさんと美輪明宏さんにスポットを当てているところが高橋さんならではの視点です。山田風太郎さんとか鶴見俊輔さんとか吉田秀和さんとか、すごい顔ぶれが並んでいる中から、タモリさんと美輪さんに注目する。そのことで、「広告批評」という雑誌のごった煮的特色をちゃんと見てくれているところが、こちらとしてはうれしいところでした。<br />
それと、「人に寄り添い　時代と向き合う」というタイトルがうまい。この本の本質を一語で表現してくれたな、という感じです。超零細出版のわが社には、広告を出すお金がまったくないのですが、もし新聞広告を出すとしたら、これをキャッチコピーに買いたい（タダで）くらいです。<br />
<br />
次は地方紙にのったもの。書いてくれたのは、川崎徹さんです。<a href="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/ehimesinbun1.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_c06/amano/m_ehimesinbun1.jpg" width="508" height="322" border="0" align="" alt="ehimesinbun1.jpg" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_ehimesinbun1.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
テレビＣＭの演出家として高名な川崎さんは、いまは作家としても話題作を世に送り出しています。<br />
その川崎さんは、「広告批評」に何回も登場してもらった人ですが、それだけに、島森の能力や人柄はよくご存じです。<br />
が、知り合いだからといって、この人は決して簡単にホメるような人ではない。ちゃんと中身を読んでくれた人でなければ、こうはいえないでしょう。<br />
「時代の風をまとった２４人へのインタビューはどれも、いま現在の時間におさまることなく、明日に届く長い射程を備えたことばと精神にあふれている」<br />
この本の中には、３０年近く前のインタビュー（たとえば糸井重里さんのもの）も載っているのですが、古いものは一つもないという確信がぼくらにはありました。<br />
川崎さんが、それをちゃんと見てくれているのが、うれしかったですね。<br />
<br />
うそだと思ったら、ぜひ読んでみてください。<br />
なんて言ってると、広告になりすぎるかな。<br />
<br />
次回は「顔」です。<br />
<br />
<br />
<a href="http://www.inkyo-ya.com/" target="_blank">隠居屋ＨＰ</a><br />
<br />
<br />
<a name="more"></a>]]></description>  
      <author>あまの</author> 
    </item>  
    <item> 
      <title>顔に書いてある</title>  
      <link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-09-21</link>  
      <category>ことばの元気学</category>  
      <pubDate>Tue, 21 Sep 2010 11:53:03 +0900</pubDate>  
      <guid isPermaLink="false">http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-09-21</guid>  
      <description><![CDATA[<p align="center"><a href="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0E88F85EFBC92.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_c06/amano/m_0E88F85EFBC92.jpg" width="295" height="210" border="0" align="" alt="0菅２.jpg" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_0E88F85EFBC92.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p>人間のからだの中で、「顔」くらいたくさんの顔を持っているものは少ない。<br />
<br />
浮かぬ顔<br />
うちとけ顔<br />
うつつ顔<br />
怨み顔<br />
憂い顔<br />
得たり顔<br />
えびす顔<br />
大きな顔<br />
お為顔<br />
かこち顔<br />
心得顔<br />
これみよ顔<br />
思案顔<br />
子細顔<br />
しかつめ顔<br />
したり顔<br />
笑止顔<br />
自慢顔<br />
殊勝顔<br />
知らん顔<br />
忠義顔<br />
手柄顔<br />
得意顔<br />
つくり顔<br />
何食わぬ顔<br />
涙顔<br />
慰め顔<br />
のみこみ顔<br />
人待ち顔<br />
とりなし顔<br />
とぼけ顔<br />
のみこみ顔<br />
わがもの顔<br />
仏顔<br />
わけしり顔<br />
<br />
きりがないからもうやめるが、「逆引き広辞苑」から拾っただけでも、顔の数は１００をこえる。<br />
「目」や「手」もけっこうあるが、やはり「顔」にはかなわない。<br />
それだけ顔っていうのは、雄弁というか、実に豊富な言葉を持っていると言っていいだろう。<br />
<br />
つまり、顔って、中身のいちばん外側なんだね。<br />
<br />
認証式の大臣たちの記念写真を見ていたら、いろんな顔があって面白いとも言えるし、みんな同じ顔をしているとも言える。<br />
<br />
で、思ったんだけど、少し「顔」ってものについて、考えてみようと思う。<br />
少し涼しくなったし、ひまだしね。<br />
<br />
（つづく）<br />
<br />
<span style="font-size:x-small;">（写真＝産経新聞）</span><a name="more"></a>]]></description>  
      <author>あまの</author> 
    </item>  
    <item> 
      <title>歓迎！１ドル５０円時代</title>  
      <link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-09-15</link>  
      <category>ことばの元気学</category>  
      <pubDate>Wed, 15 Sep 2010 21:31:48 +0900</pubDate>  
      <guid isPermaLink="false">http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-09-15</guid>  
      <description><![CDATA[<p align="center"><a href="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/0E79FA9E5AD90E6B59C.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_c06/amano/m_0E79FA9E5AD90E6B59C.jpg" width="210" height="197" border="0" align="" alt="0矩子浜.jpg" onclick="location.href = 'http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_0E79FA9E5AD90E6B59C.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></p>浜矩子さん（同志社大教授）が、テレビで「１ドル５０円時代」が来るって話をしていた。<br />
いいねえ、あの人は。<br />
ただし、１ドル５０円時代には、いまのままの社会や経済のカタチではなく、社会の仕組みそのものが大きく変わっているだろうという但し書きも、とても説得的だった。<br />
<br />
そうだよなあ、いまのままの世の中で１ドルが５０円になったら、これはたいへんなことになる。<br />
でも、社会の仕組みや資本主義のカタチや、その他もろもろの構造が変わっていけば、１ドルが５０円になっても、どうってことはない。むしろそういうふうに変わっていくことが望ましいし、また、いやでもそう変わっていくんじゃないかと思う。<br />
<br />
「スモール・イズ・ビューティフル」主義者のシュマッハーさんが描いたような「身の丈に合ったテクノロジー」の社会も、そのひとつのモデルになるだろう。<br />
神野直彦さんのいう「分かち合いの経済システム」みたいな考えも参考になる。<br />
ぼくは経済学にはまったくうといけれど、<br />
とにかく、「大きいことはいいことだ」と浮かれる「宴」（うたげ）の時代はもうとっくに終わったのだ。<br />
<br />
その点では、小沢さんはもちろんだけど、菅さんも古い。<br />
いまは新しい時代に向かって、思い切り変化のカジを切れるリーダーが必要なんだと思う。<br />
ぼくらが政権交代を実現したのは、目先の変化ではなく、そういう大変革に期待をこめてのことだったんじゃないだろうか。<br />
<br />
ま、とりあえず菅さんががんばるのはいいけれど、そういう新しい時代のリーダーのために道をひらいていくのが、これからの菅さんのいちばん大切な仕事じゃないかと思う。<br />
<br />
柄にもなく、えらそうな話をしちゃった。<br />
お口直しに、「隠居のひとりごと」のほうものぞいてね。（下のＨＰをクリック）<br />
<br />
<a href="http://www.inkyo-ya.com/" target="_blank">隠居屋HP</a><br />
<br />
<br />
<br />
<a name="more"></a>]]></description>  
      <author>あまの</author> 
    </item> 
  </channel> 
</rss>

