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    <title>世界史の授業</title>  
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    <description>高校世界史の授業ネタを探しています。</description>  
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    <dc:creator>zep</dc:creator>  
    <dc:date>2010-11-20T19:19:04+09:00</dc:date>  
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  <item rdf:about="http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-11-20-1"> 
    <title>私が今住んでいる場所は、旧日本陸軍の施設の敷地だった</title>  
    <link>http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-11-20-1</link>  
    <description><![CDATA[<p>　今私が住んでいる所は「昔は軍の飛行場だった」とは耳にしていた。また一年ほど前、熊本日々新聞の「わたしを語る」で、日本舞踊家の藤間富士齋さんが「菊池の特攻基地にも慰問した」という記事を読んだこともあって、花房飛行場については関心をもっていた。そして今年の９月にこの飛行場で使われていた給水塔が、菊池市の有形文化財の指定を受けたということで、一度見てみたいと思っていたが、正確な場所が不明だった。折良く、地元の「花房飛行場の戦争遺産を未来に伝える会」の方々が、見学会を行うということで参加してきた。　国道387号線をはさんで、東側が花房飛行場（正式には陸軍菊池飛行場）、西側が菊池通信教育隊の跡地である。驚いたのは、私が家を建てたところが飛行場ではなく、通信教育隊のもと敷地内で、家のすぐわきに教育隊基地のトイレがまだ残っていたこと。また以前から、不自然な場所に防火水槽がいくつもあることを訝しく思っていたのだが、これらはすべて教育隊の施設としてつくられたものであった。文化財に指定された給水塔。かつて花房台地の地下水を貯水していた。米軍の機銃掃射の痕が至る所に残っている。戦後は富の原地区に生活用水を供給し、なんと2007年まで使われていたという。案内をしていただいた菊池市立菊池南中学校の先生は、「子どもの頃はよく上って遊んでいた」という。現在は、毎日地元有志の方々が点検やパトロールを行っている。飛行機の格納庫のあと。至る所、機銃掃射の痕が生々しく確認できる。機銃掃射の痕。燃料倉庫。同行していただいた当時を知る方によれば、燃料はドラム缶で野積みだったので、弾薬庫だったのでないかという。最近まで住居兼倉庫として使用されていた。現在の所有権者が重機を使って解体を試みたが、あまりに頑丈で壊せなかったそうである。菊池川からとった石がコンクリートに混ぜられているとのこと。現在も倉庫として使用されているもと倉庫と、その中に残っている、当時のもと思われる書き込み。　もと飛行場あとの地域では、至る所に当時のコンクリートが残っている。軍用で丈夫なため、除去できないらしい。もっとも最近は、アパートなどの建設で、なくなるものも多いとのことであった。　給水塔が文化財指定を受けたことで、「平和と養生のまち」をテーマに地域づくりをしていきたいということである。先日地元の熊本日々新聞で紹介された、県立菊池高校の社会同好会も先生と生徒が参加していた。　昨年大分..</p>]]></description>  
    <dc:subject>その他</dc:subject>  
    <dc:creator>zep</dc:creator>  
    <dc:date>2010-11-20T19:19:04+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
　今私が住んでいる所は「昔は軍の飛行場だった」とは耳にしていた。また一年ほど前、熊本日々新聞の「わたしを語る」で、日本舞踊家の藤間富士齋さんが「菊池の特攻基地にも慰問した」という記事を読んだこともあって、花房飛行場については関心をもっていた。そして今年の９月にこの飛行場で使われていた給水塔が、菊池市の有形文化財の指定を受けたということで、一度見てみたいと思っていたが、正確な場所が不明だった。折良く、地元の「花房飛行場の戦争遺産を未来に伝える会」の方々が、見学会を行うということで参加してきた。<br />
<br />
　国道387号線をはさんで、東側が花房飛行場（正式には陸軍菊池飛行場）、西側が菊池通信教育隊の跡地である。驚いたのは、私が家を建てたところが飛行場ではなく、通信教育隊のもと敷地内で、家のすぐわきに教育隊基地のトイレがまだ残っていたこと。また以前から、不自然な場所に防火水槽がいくつもあることを訝しく思っていたのだが、これらはすべて教育隊の施設としてつくられたものであった。<br />
<br />
<div style="text-align:center;"><img src="http://zep.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_522/zep/DSCF1092.jpg" width="400" height="533" border="0" align="" alt="DSCF1092.jpg" /></div><br />
文化財に指定された給水塔。かつて花房台地の地下水を貯水していた。米軍の機銃掃射の痕が至る所に残っている。戦後は富の原地区に生活用水を供給し、なんと2007年まで使われていたという。案内をしていただいた菊池市立菊池南中学校の先生は、「子どもの頃はよく上って遊んでいた」という。現在は、毎日地元有志の方々が点検やパトロールを行っている。<br />
<br />
<br />
<div style="text-align:center;"><img src="http://zep.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_522/zep/DSCF1101-fd22d.jpg" width="400" height="300" border="0" align="" alt="DSCF1101.jpg" /></div><br />
飛行機の格納庫のあと。至る所、機銃掃射の痕が生々しく確認できる。<br />
<br />
<br />
<div style="text-align:center;"><img src="http://zep.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_522/zep/DSCF1102-2fb6f.jpg" width="400" height="300" border="0" align="" alt="DSCF1102.jpg" /></div><br />
<div style="text-align:center;">機銃掃射の痕。</div><br />
<br />
<br />
<div style="text-align:center;"><img src="http://zep.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_522/zep/DSCF1111.jpg" width="400" height="300" border="0" align="" alt="DSCF1111.jpg" /></div><br />
燃料倉庫。同行していただいた当時を知る方によれば、燃料はドラム缶で野積みだったので、弾薬庫だったのでないかという。最近まで住居兼倉庫として使用されていた。現在の所有権者が重機を使って解体を試みたが、あまりに頑丈で壊せなかったそうである。菊池川からとった石がコンクリートに混ぜられているとのこと。<br />
<br />
<br />
<div style="text-align:center;"><img src="http://zep.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_522/zep/DSCF1112-b0b75.jpg" width="400" height="300" border="0" align="" alt="DSCF1112.jpg" /></div><br />
<div style="text-align:center;"><img src="http://zep.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_522/zep/DSCF1114-c45ee.jpg" width="400" height="300" border="0" align="" alt="DSCF1114.jpg" /></div><br />
現在も倉庫として使用されているもと倉庫と、その中に残っている、当時のもと思われる書き込み。<br />
<br />
　もと飛行場あとの地域では、至る所に当時のコンクリートが残っている。軍用で丈夫なため、除去できないらしい。もっとも最近は、アパートなどの建設で、なくなるものも多いとのことであった。<br />
<br />
<br />
　給水塔が文化財指定を受けたことで、「平和と養生のまち」をテーマに地域づくりをしていきたいということである。先日地元の熊本日々新聞で紹介された、県立菊池高校の社会同好会も先生と生徒が参加していた。<br />
<br />
　昨年大分県立博物館に行ったとき、宇佐市では掩体壕など戦争遺跡を保存する活動がさかんであるという話を学芸員の方からうかがった。私が住む地域でもそうした活動が行われており、自分が住む地域の歴史を目の当たりにすることができ、たいへん有意義であった。<br />
<br />
<br />
<br />
<a name="more"></a>
]]></content:encoded> 
  </item>  
  <item rdf:about="http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-07-25"> 
    <title>「ディープピープル」</title>  
    <link>http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-07-25</link>  
    <description>　昨日（２４日）の夜１１：３０からNHKで放送されていた、『ディープピープル』は、実におもしろかった。登場していたのは、竹岡広信さん（英語）、板野博行さん（国語）、大竹真一さん（数学）の３人。　「どこでつまずくかがわからないといけない」というのは、その通り。これは大学受験に限ったことではないと思いますが。語呂合わせも大事、というのも同感でした。　ただ世界史の場合には、思考力を問う問題というのは東大とか一橋と言った一部の大学にjかぎられるので、センター試験レベルでは、問題としっかり向き合うというのはあまり体験できることではないでしょう。だから、「ウチの学校には東大受ける生徒なんていないから」というのではなく、東大その他の入試問題を考えるというのは、必要なことだと思います。自分でも考えて、予備校の解答などと比べてみる。どこの予備校の解答がいいのか、ということを考えるのも、いい勉強になると思います。　何のために勉強するのか？という問いに対する答えも、実にカッコよかったですね。　ある予備校は、チョークの固さが４種類あるって。今の学校は１種類だけ。前の学校は２種類あったけど。</description>  
    <dc:subject>大学受験</dc:subject>  
    <dc:creator>zep</dc:creator>  
    <dc:date>2010-07-25T18:37:04+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
　昨日（２４日）の夜１１：３０からNHKで放送されていた、『ディープピープル』は、実におもしろかった。登場していたのは、竹岡広信さん（英語）、板野博行さん（国語）、大竹真一さん（数学）の３人。<br />
<br />
　「どこでつまずくかがわからないといけない」というのは、その通り。これは大学受験に限ったことではないと思いますが。語呂合わせも大事、というのも同感でした。<br />
<br />
　ただ世界史の場合には、思考力を問う問題というのは東大とか一橋と言った一部の大学にjかぎられるので、センター試験レベルでは、問題としっかり向き合うというのはあまり体験できることではないでしょう。だから、「ウチの学校には東大受ける生徒なんていないから」というのではなく、東大その他の入試問題を考えるというのは、必要なことだと思います。自分でも考えて、予備校の解答などと比べてみる。どこの予備校の解答がいいのか、ということを考えるのも、いい勉強になると思います。<br />
<br />
　何のために勉強するのか？という問いに対する答えも、実にカッコよかったですね。<br />
<br />
　ある予備校は、チョークの固さが４種類あるって。今の学校は１種類だけ。前の学校は２種類あったけど。<a name="more"></a>
]]></content:encoded> 
  </item>  
  <item rdf:about="http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-06-20"> 
    <title>沖縄で出会った楽しい人たち</title>  
    <link>http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-06-20</link>  
    <description>　１８日（金）～本日２０日（日）まで、「第１６回九州高等学校文化連盟　美術・工芸、書道、写真展　沖縄大会」のため、沖縄に行ってきました。てんぶすの前で、火を使ったパフォーマンスを行う男性かっちゃん　写真部門で司会していた女子高校も沖縄らしくさわやかで、よかったです。　　来週の木曜金曜は、九州高文連の会議で鹿児島（指宿）におじゃまします。</description>  
    <dc:subject>たんなる日記</dc:subject>  
    <dc:creator>zep</dc:creator>  
    <dc:date>2010-06-20T21:43:36+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
　１８日（金）～本日２０日（日）まで、「第１６回九州高等学校文化連盟　美術・工芸、書道、写真展　沖縄大会」のため、沖縄に行ってきました。<br />
<br />
<div style="text-align:center;"><img src="http://zep.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_522/zep/DSCF0379-430e8.jpg" width="500" height="375" border="0" align="" alt="DSCF0379.jpg" /></div><br />
<div style="text-align:center;">てんぶすの前で、火を使ったパフォーマンスを行う男性</div><br />
<br />
<div style="text-align:center;"><img src="http://zep.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_522/zep/DSCF0386.jpg" width="300" height="400" border="0" align="" alt="DSCF0386.jpg" /></div><br />
<div style="text-align:center;">かっちゃん</div><br />
<br />
　写真部門で司会していた女子高校も沖縄らしくさわやかで、よかったです。<br />
　<br />
　来週の木曜金曜は、九州高文連の会議で鹿児島（指宿）におじゃまします。<a name="more"></a>
]]></content:encoded> 
  </item>  
  <item rdf:about="http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-06-12"> 
    <title>ワトー「シテール島への船出」</title>  
    <link>http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-06-12</link>  
    <description>　ワトー(1684-1721)の「シテール島の巡礼」は17・18世紀の文化の項目でよく取り上げられる作品です。帝国の『タペストリー』でも、浜島の『ニューステージ』にも写真が出ています。　ところが、帝国掲載の絵は、浜島に掲載されている絵と微妙に違います。クレジットを見ると、帝国版には「シャルロテンブルク美術館蔵」とあるのに、浜島版には「ルーヴル美術館蔵」とあります。タイトルはどちらも「シテール島の巡礼」ですが、別の絵ですね。　ワトーはこの絵を二枚描いています。構図はほぼ同じですが、人物の様子や右側のヴィーナス像などが大きく異なっています。一枚はワトーの故国フランスに残り、もう一枚はワトーの死後の1763年にプロイセンのフリードリヒ大王が購入し、サン＝スーシ宮殿に飾られます。戦時中の疎開をへて、第二次大戦後は旧西ベルリンに戻りホーエンツォレルン家のシャルロッテンブルク宮殿に収蔵されていましたが、80年代半ば、当時ホーエンツォレルン家の当主であったプリンツ(王子)=フォン=フェルディナント=フォン=プロイセンは、財政難を理由にこの絵を売却する意向を明らかにします。アメリカのポール=ゲティ美術館は3500万マルク(当時約28億)のオファーを出し、その他ドイツ国内からも2500万マルク(約20億円)のオファーがあったそうです。これに対しベルリン市民は、「シテール島の巡礼」がベルリンから流出するのを防ぐべく、市民運動を展開し、500万マルク（約４億円）を集めました。プリンツも「絵が西ベルリンに残るなら1500万マルク(約12億円)でよい」と提示していたことから、残額を市と連邦政府が負担し、絵はベルリンに残ることになります。　現在この絵があるシャルロッテンブルク宮殿のシャルロッテとは、フリードリヒ大王の祖母でゾフィー・シャルロッテのことです。彼女はハノーヴァー選帝侯の娘で、イギリス国王ジョージ１世の妹にあたります。　以前この絵は「シテール島への船出」というタイトルで知られていました。ところが第二次大戦後、「船出」というタイトルに疑問が提出されるようになります。描かれている男女は、愛の島に旅立とうとしているのではなく、立ち去ろうとしているのであり、描かれているのは愛の始まりではなく終わりであるとする解釈です。「船出」というタイトルはワトー死後のもので、フランス学士院がこの作品を受け入れたときの記録では「シテール島への巡礼」となっ..</description>  
    <dc:subject>授業ネタ</dc:subject>  
    <dc:creator>zep</dc:creator>  
    <dc:date>2010-06-12T07:27:56+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
　ワトー(1684-1721)の「シテール島の巡礼」は17・18世紀の文化の項目でよく取り上げられる作品です。帝国の『タペストリー』でも、浜島の『ニューステージ』にも写真が出ています。<br />
<br />
　ところが、帝国掲載の絵は、浜島に掲載されている絵と微妙に違います。クレジットを見ると、帝国版には「シャルロテンブルク美術館蔵」とあるのに、浜島版には「ルーヴル美術館蔵」とあります。タイトルはどちらも「シテール島の巡礼」ですが、別の絵ですね。<br />
<br />
　ワトーはこの絵を二枚描いています。構図はほぼ同じですが、人物の様子や右側のヴィーナス像などが大きく異なっています。一枚はワトーの故国フランスに残り、もう一枚はワトーの死後の1763年にプロイセンのフリードリヒ大王が購入し、サン＝スーシ宮殿に飾られます。戦時中の疎開をへて、第二次大戦後は旧西ベルリンに戻りホーエンツォレルン家のシャルロッテンブルク宮殿に収蔵されていましたが、80年代半ば、当時ホーエンツォレルン家の当主であったプリンツ(王子)=フォン=フェルディナント=フォン=プロイセンは、財政難を理由にこの絵を売却する意向を明らかにします。アメリカのポール=ゲティ美術館は3500万マルク(当時約28億)のオファーを出し、その他ドイツ国内からも2500万マルク(約20億円)のオファーがあったそうです。これに対しベルリン市民は、「シテール島の巡礼」がベルリンから流出するのを防ぐべく、市民運動を展開し、500万マルク（約４億円）を集めました。プリンツも「絵が西ベルリンに残るなら1500万マルク(約12億円)でよい」と提示していたことから、残額を市と連邦政府が負担し、絵はベルリンに残ることになります。<br />
<br />
　現在この絵があるシャルロッテンブルク宮殿のシャルロッテとは、フリードリヒ大王の祖母でゾフィー・シャルロッテのことです。彼女はハノーヴァー選帝侯の娘で、イギリス国王ジョージ１世の妹にあたります。<br />
<br />
　以前この絵は「シテール島への船出」というタイトルで知られていました。ところが第二次大戦後、「船出」というタイトルに疑問が提出されるようになります。描かれている男女は、愛の島に旅立とうとしているのではなく、立ち去ろうとしているのであり、描かれているのは愛の始まりではなく終わりであるとする解釈です。「船出」というタイトルはワトー死後のもので、フランス学士院がこの作品を受け入れたときの記録では「シテール島への巡礼」となっている。もっともこの反論にもさらに反論があり、1984年に米仏で開催されたワトー生誕300年を記念する大回顧展では、パリ作品が「巡礼」、ベルリン作品が「船出」となっていたそうです。<br />
<br />
　山川の世界史写真集に収録されているものはフランス版なので、『タペストリー』掲載の絵と比べるとおもしろいと思います。<a name="more"></a>
]]></content:encoded> 
  </item>  
  <item rdf:about="http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-05-23"> 
    <title>アウストラロピテクスの化石レプリカ</title>  
    <link>http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-05-23</link>  
    <description>　アウストラロピテクスの頭部化石の模型。1/1でかなりリアルですが、値段も３万４９００円と高価です。化石セブン[http://www.kaseki7.com/]というショップで扱っており、ほかにネアンデルタール人とクロマニョン人の頭骨レプリカもあります。アウストラロピテクス属にはアフリカヌスほか５種がありますが、これは「ルーシー」で有名なアファレンシス（アファール猿人、約３２０万年前）のレプリカです。「現在の人間とどこが違う？」と発問し、頭が小さく、顎が大きいことに気づかせたいところ。猿人というと、ゴリラみたいな大きさを想像するかもしれませんが、ルーシーは身長１１０センチ、体重２７キロという大きさでした。　人類は進化するにつれて脳が大きくなっていきますが、大きくなり始めるのは約２４０万年前ごろから。ホモ属の誕生です。この段階でも現生人類の脳に比べれば、まだ半分程度ですが、４００万年以上３分の１だったのですからこの変化は大きい。　では、脳が大きくなる要因はなんでしょうね？我々の脳は体重のわずか２％の重さをしめるだけなのに、消費するエネルギーは、全体の２０～２５％にも及びます。原人でさえ、１７％になるとか。これだけのエネルギーを消費する脳を維持するためには、高カロリーで栄養豊富な食糧が必要です。三井誠著『人類進化の７００万年』（講談社現代新書）には、「人間は肉をたくさんたべるようになったから、脳を大きくできた」という説が紹介されています。原人となって火を使って「焼き肉」を食べるようになり、頭が大きく顎が小さくなった.....のかもしれません。人類進化の700万年 (講談社現代新書)作者: 三井 誠出版社/メーカー: 講談社発売日: 2005/09/17メディア: 新書</description>  
    <dc:subject>モノ教材（模型）</dc:subject>  
    <dc:creator>zep</dc:creator>  
    <dc:date>2010-05-23T14:16:58+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
<div style="text-align:center;"><img src="http://zep.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_522/zep/ape001.jpg" width="450" height="640" border="0" align="" alt="ape001.jpg" /></div><br />
<div style="text-align:center;"><img src="http://zep.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_522/zep/ape003-c3c88.jpg" width="450" height="278" border="0" align="" alt="ape003.jpg" /></div><br />
<br />
　アウストラロピテクスの頭部化石の模型。1/1でかなりリアルですが、値段も３万４９００円と高価です。化石セブン[<a href="http://www.kaseki7.com/" target="_blank">http://www.kaseki7.com/</a>]というショップで扱っており、ほかにネアンデルタール人とクロマニョン人の頭骨レプリカもあります。アウストラロピテクス属にはアフリカヌスほか５種がありますが、これは「ルーシー」で有名なアファレンシス（アファール猿人、約３２０万年前）のレプリカです。「現在の人間とどこが違う？」と発問し、頭が小さく、顎が大きいことに気づかせたいところ。猿人というと、ゴリラみたいな大きさを想像するかもしれませんが、ルーシーは身長１１０センチ、体重２７キロという大きさでした。<br />
<br />
　人類は進化するにつれて脳が大きくなっていきますが、大きくなり始めるのは約２４０万年前ごろから。ホモ属の誕生です。この段階でも現生人類の脳に比べれば、まだ半分程度ですが、４００万年以上３分の１だったのですからこの変化は大きい。<br />
<br />
　では、脳が大きくなる要因はなんでしょうね？我々の脳は体重のわずか２％の重さをしめるだけなのに、消費するエネルギーは、全体の２０～２５％にも及びます。原人でさえ、１７％になるとか。これだけのエネルギーを消費する脳を維持するためには、高カロリーで栄養豊富な食糧が必要です。三井誠著『人類進化の７００万年』（講談社現代新書）には、「人間は肉をたくさんたべるようになったから、脳を大きくできた」という説が紹介されています。原人となって火を使って「焼き肉」を食べるようになり、頭が大きく顎が小さくなった.....のかもしれません。<br />
<br />
<br />
<br />
<!-- amazon --><br />
<div class="sonet-asin-area"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498053/yougakudiary-22/ref=nosim" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/515M45T2APL._SL160_.jpg" class="sonet-asin-image" alt="人類進化の700万年 (講談社現代新書)" title="人類進化の700万年 (講談社現代新書)"></a><div class="sonet-asin-info"><p class="sonet-asin-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498053/yougakudiary-22/ref=nosim" target="_blank">人類進化の700万年 (講談社現代新書)</a></p><ul><li class="sonet-asin-label">作者: 三井 誠</li><li class="sonet-asin-label">出版社/メーカー: 講談社</li><li class="sonet-asin-label">発売日: 2005/09/17</li><li class="sonet-asin-label">メディア: 新書</li></ul></div></div><div class="sonet-asin-break"><!-- --></div><br />
<!--/ amazon --><br />
<a name="more"></a>
]]></content:encoded> 
  </item>  
  <item rdf:about="http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-04-15"> 
    <title>「豹の檻」～リチャード１世の10ユーロ</title>  
    <link>http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-04-15</link>  
    <description>浦沢直樹＆勝鹿北星による名作『MASTERキートン』第８巻掲載のエピソード。「ドナウ川近くの動物園では、ライオンがヒョウの檻に入り、出られなくなっている」....1990年の秋、BBCを介して繰り返される奇妙なニュース。このニュースのことを聞いたキートンは「英国王室になにか事件が起こっているのでは」と予言する。果たしてキートンの元には、イラクで行方不明になった王族の救出ミッションが依頼された。行方不明になっているのは、キートンの大学時代の友人ノーフォーク公リチャード。リチャードを救うため、キートンはサダム・フセイン独裁下の軍事国家イラクに潜入する。　キートンが暗号の内容を理解したのは、リチャード１世獅子心王にまつわるエピソードを知っていたからです。第３回十字軍の後の1192年、弟ジョンに謀反のたくらみ有りとの知らせを受けたリチャードは帰国の途につきましたが、ヴェネツィア沖で嵐におそわれてトリエステまで流され、やむなくドイツ～オーストリアの陸路をとることにします。ところがウィーン付近で正体が露見したためオーストリア公レオポルド５世の部下に捕らえられてしまいました。リチャード１世がアッコンに一番乗りをしたオーストリア公レオポルドの旗に侮辱を加えたというのが背景にはあるようです。リチャードが幽閉されたのが、ウィーン近郊のデュルンシュタイン城。キートンはこのエピソードをもとに、暗号を解いたというわけ。　その後リチャードは神聖ローマ皇帝ハインリヒ６世に身柄を引き渡され、リチャードは15万マルクの身代金を要求されました。その３分の１を前払いすることで釈放されることになりましたが、十字軍の遠征費用を含めて莫大な借金を抱えることになったリチャードは、借用書に使った玉璽が海難事故でなくなったため、玉璽を改訂するという口実を設けて借金をすべて踏み倒してしまいます。 この身代金をもとに設立されたのが、今日のウィーン造幣局です[http://www.austrianmint-jp.com/outline/outline_history.html]。 オーストリアで2009年に発行されたリチャード１世の10ユーロです。ebayで20ドルでした。最初、ディーラーのミスで違う商品（同じく「オーストリアの物語と伝説シリーズ」のバジリスクの10ユーロ）が送ってきたので、送り返したところ、ブリスター入りの商品を送ってくれました（20ドルで買ったのは..</description>  
    <dc:subject>モノ教材（貨幣）</dc:subject>  
    <dc:creator>zep</dc:creator>  
    <dc:date>2010-04-15T21:38:16+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
浦沢直樹＆勝鹿北星による名作『MASTERキートン』第８巻掲載のエピソード。<br />
<br />
<hr><br />
<br />
<strong>「ドナウ川近くの動物園では、ライオンがヒョウの檻に入り、出られなくなっている」....1990年の秋、BBCを介して繰り返される奇妙なニュース。このニュースのことを聞いたキートンは「英国王室になにか事件が起こっているのでは」と予言する。果たしてキートンの元には、イラクで行方不明になった王族の救出ミッションが依頼された。行方不明になっているのは、キートンの大学時代の友人ノーフォーク公リチャード。リチャードを救うため、キートンはサダム・フセイン独裁下の軍事国家イラクに潜入する。</strong><br />
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<hr><br />
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　キートンが暗号の内容を理解したのは、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%891%E4%B8%96_%28%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E7%8E%8B%29" target="_blank">リチャード１世獅子心王</a>にまつわるエピソードを知っていたからです。<br />
<br />
第３回十字軍の後の1192年、弟ジョンに謀反のたくらみ有りとの知らせを受けたリチャードは帰国の途につきましたが、ヴェネツィア沖で嵐におそわれてトリエステまで流され、やむなくドイツ～オーストリアの陸路をとることにします。ところがウィーン付近で正体が露見したためオーストリア公レオポルド５世の部下に捕らえられてしまいました。リチャード１世がアッコンに一番乗りをしたオーストリア公レオポルドの旗に侮辱を加えたというのが背景にはあるようです。リチャードが幽閉されたのが、ウィーン近郊のデュルンシュタイン城。キートンはこのエピソードをもとに、暗号を解いたというわけ。<br><br />
<br />
　その後リチャードは神聖ローマ皇帝ハインリヒ６世に身柄を引き渡され、リチャードは15万マルクの身代金を要求されました。その３分の１を前払いすることで釈放されることになりましたが、十字軍の遠征費用を含めて莫大な借金を抱えることになったリチャードは、借用書に使った玉璽が海難事故でなくなったため、玉璽を改訂するという口実を設けて借金をすべて踏み倒してしまいます。 この身代金をもとに設立されたのが、今日のウィーン造幣局です[<a href="http://www.austrianmint-jp.com/outline/outline_history.html" target="_blank">http://www.austrianmint-jp.com/outline/outline_history.html</a>]。<br />
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<div style="text-align:center;"><img src="http://zep.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_522/zep/richard01.jpg" width="500" height="443" border="0" align="" alt="richard01.jpg" />
<p><br />
<img src="http://zep.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_522/zep/richard02-ad10e.jpg" width="500" height="445" border="0" align="" alt="richard02.jpg" /></p></div><br />
<br />
 オーストリアで2009年に発行されたリチャード１世の10ユーロです。ebayで20ドルでした。最初、ディーラーのミスで違う商品（同じく「オーストリアの物語と伝説シリーズ」のバジリスクの10ユーロ）が送ってきたので、送り返したところ、ブリスター入りの商品を送ってくれました（20ドルで買ったのはコインだけの商品でした。ちなみに返送料は１９０円。<br />
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拡大写真です。[<a href="http://www.taiseicoins.com/index.php/module/ShohinShosai/action/ShohinShosai/sno/6514/cskbn/000001/default_list/on/start/9" target="_blank">http://www.taiseicoins.com/index.php/module/ShohinShosai/action/ShohinShosai/sno/6514/cskbn/000001/default_list/on/start/9</a>]<br />
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<a name="more"></a>
]]></content:encoded> 
  </item>  
  <item rdf:about="http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-04-09"> 
    <title>「地域」と世界史</title>  
    <link>http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-04-09</link>  
    <description>　先日『学生が語る　戦争・ジェンダー・地域』について書いたところ、福岡大学の星乃治彦先生から『「地域」（七隈・福岡・東アジア）と生きる福岡大学』を送っていただきました。この冊子は、総合科学研究チーム「グローバル化の中の『地域』」というプロジェクト[http://www.cis.fukuoka-u.ac.jp/~hoshisemi/Project/global.html]が主催した講演およびシンポジウムの記録です。福岡大学といういわば「地域」の大学が地元とどう関わっていくかを考えていこうという研究ですが、中でも「リージョナリズムとナショナリズム」という問題提起は重要だと思います。　2008年の10月に刊行された本『歴史学のフロンティア』（大阪大学出版会）のサブタイトルが「地域から問い直す国民国家史観」となっていることが示すとおり、地域という概念がクローズアップされるようになった背景には、国民国家という概念が相対化されるようになったことがあるのでしょう。　「地域」という言葉に反応したのは、山川出版社が発行している『歴史と地理』の今年の２月号（No.631)に紹介されている「地域から考える世界史」というプロジェクトに私も関わっているからです。「地域からの世界史」（この場合の世界史は、地理歴史科の中の科目としての世界史）で使うときの地域とは、『歴史学のフロンティア』でいわれている「ローカル」な地域に近いと私は考えています。なお『歴史学のフロンティア』では、グローバル→リージョナル→ナショナル→ローカルというとらえ方を提唱していますが、私のイメージでは「地域から考える世界史」というときには「ローカル」よりももうワンランク小さなイメージを持っています。　南塚信吾先生は『世界史なんていらない？』（岩波ブックレット）の中で、世界史を構想するヒントとして「ミクロ地域からの世界史」を提唱していますが、イメージとしてはこれがいちばんしっくりきますね。ですから、星乃先生から送っていただいた冊子にある「『地域』は人の生きていくもっとも大切な場所であり、だからこそ人を引きつける」とか、「地域とは人びとが基本的な生活を営み、かつさまざまな活動を展開する基盤となる空間」という言葉には、曖昧ではありますが共感を覚えます。　私の子どもが通う小学校には、地域学習発表会という行事がありますが、この場合の地域は校区のことです。高校ではどうでしょうね？少な..</description>  
    <dc:subject>その他</dc:subject>  
    <dc:creator>zep</dc:creator>  
    <dc:date>2010-04-09T23:29:09+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
　先日『学生が語る　戦争・ジェンダー・地域』について書いたところ、福岡大学の星乃治彦先生から『「地域」（七隈・福岡・東アジア）と生きる福岡大学』を送っていただきました。この冊子は、総合科学研究チーム「グローバル化の中の『地域』」というプロジェクト[<a href="http://www.cis.fukuoka-u.ac.jp/~hoshisemi/Project/global.html" target="_blank">http://www.cis.fukuoka-u.ac.jp/~hoshisemi/Project/global.html</a>]が主催した講演およびシンポジウムの記録です。福岡大学といういわば「地域」の大学が地元とどう関わっていくかを考えていこうという研究ですが、中でも「リージョナリズムとナショナリズム」という問題提起は重要だと思います。<br />
<br />
　2008年の10月に刊行された本『歴史学のフロンティア』（大阪大学出版会）のサブタイトルが「地域から問い直す国民国家史観」となっていることが示すとおり、地域という概念がクローズアップされるようになった背景には、国民国家という概念が相対化されるようになったことがあるのでしょう。<br />
<br />
　「地域」という言葉に反応したのは、山川出版社が発行している『歴史と地理』の今年の２月号（No.631)に紹介されている「地域から考える世界史」というプロジェクトに私も関わっているからです。「地域からの世界史」（この場合の世界史は、地理歴史科の中の科目としての世界史）で使うときの地域とは、『歴史学のフロンティア』でいわれている「ローカル」な地域に近いと私は考えています。なお『歴史学のフロンティア』では、グローバル→リージョナル→ナショナル→ローカルというとらえ方を提唱していますが、私のイメージでは「地域から考える世界史」というときには「ローカル」よりももうワンランク小さなイメージを持っています。<br />
<br />
　南塚信吾先生は『世界史なんていらない？』（岩波ブックレット）の中で、世界史を構想するヒントとして「ミクロ地域からの世界史」を提唱していますが、イメージとしてはこれがいちばんしっくりきますね。ですから、星乃先生から送っていただいた冊子にある「『地域』は人の生きていくもっとも大切な場所であり、だからこそ人を引きつける」とか、「地域とは人びとが基本的な生活を営み、かつさまざまな活動を展開する基盤となる空間」という言葉には、曖昧ではありますが共感を覚えます。<br />
<br />
　私の子どもが通う小学校には、地域学習発表会という行事がありますが、この場合の地域は校区のことです。高校ではどうでしょうね？少なくとも郡市、県くらいの広さでしょうか。また、生活の基盤となる空間が複数の行政区分にまたがることもあるでしょう。確かに「地域は人間の意図する目的や見方によってその範囲や規模が規定される」（『「地域」と生きる福岡大学』）と言えます。<br />
<br />
　『歴史と地理』に掲載された紹介文には、ある先生から出された「地域からの世界史は、それぞれの地域のお国自慢になるおそれはないか。それでは意味が無いのでは」という言葉が載っています。どのような文脈での発言で、またどのような議論が交わされたのかは不明ですが、私は「お国自慢、大いに結構」と思っています。小学生で自分の校区の歴史や特産品、先人の努力を調べて関心を持ち、成長するにつれて関心の対象範囲が拡大することになんら不都合があるとは思えません。授業で知ったことを契機に関心を広げていけばよいのであり、なにも授業がすべてで、そこで終わりということではないでしょう。エルトゥールル号のことを授業で扱うとき、熊本と和歌山で同じ扱いにできるわけがありません。<br />
<br />
　『（「地域」と生きる福岡大学』で触れられている「グローバルに考え、ローカルに行動する」という言葉は、いい言葉だと思います。このような視点を意識することで、世界システム論ももっと授業に生かすことができるように思います。<br />
<br />
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<br />
　<a name="more"></a>
]]></content:encoded> 
  </item>  
  <item rdf:about="http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-04-03"> 
    <title>没薬</title>  
    <link>http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-04-03</link>  
    <description>　帝国書院の教科書『新詳世界史B』の33ページに載っている地図「古代のインド洋における交易路と交易品」に出ている交易品の一つがこの没薬（もつやく）。ヘロドトスの『歴史』に書かれている古代エジプトのミイラ製造法には、「すりつぶした純粋な没薬と肉桂および乳香以外の香料を腹腔に詰め、縫い合わす。」とあります（乳香はなぜ使われないのでしょうか？）。ミイラの語源はこのミルラだそうです。　没薬は、「ミルラノキ」属の樹木から分泌される樹脂を固めたもので、 ミルラとも呼ばます。昔から有名な香料の一つです。①ギリシア神話　美少年アドニスの母であるキプロスの王女ミュラが変身させられた姿がミルラノキで、その流す涙が没薬である。②新約聖書　東方の三博士がイエス・キリストに捧げた3つの贈り物は、乳香、黄金、そして没薬であった。またイエスを埋葬するとき遺体とともに入れられた香料にも没薬がいれられた。 　没薬（モツヤク）　100gショップ: 香老舗　高野山大師堂価格: 1,575 円</description>  
    <dc:subject>モノ教材（その他）</dc:subject>  
    <dc:creator>zep</dc:creator>  
    <dc:date>2010-04-03T15:26:42+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
<div style="text-align:center;"><img src="http://zep.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_522/zep/IMG_2889m.jpg" width="456" height="500" border="0" align="" alt="IMG_2889m.jpg" />
</div><br />
<br />
　帝国書院の教科書『新詳世界史B』の33ページに載っている地図「古代のインド洋における交易路と交易品」に出ている交易品の一つがこの没薬（もつやく）。ヘロドトスの『歴史』に書かれている古代エジプトのミイラ製造法には、「すりつぶした純粋な没薬と肉桂および乳香以外の香料を腹腔に詰め、縫い合わす。」とあります（乳香はなぜ使われないのでしょうか？）。ミイラの語源はこのミルラだそうです。<br />
<br />
　没薬は、「ミルラノキ」属の樹木から分泌される樹脂を固めたもので、 ミルラとも呼ばます。昔から有名な香料の一つです。<br />
<br />
①ギリシア神話<br />
　美少年<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%82%B9" target="_blank">アドニス</a>の母であるキプロスの王女ミュラが変身させられた姿がミルラノキで、その流す涙が没薬である。<br />
<br />
②新約聖書<br />
　東方の三博士がイエス・キリストに捧げた3つの贈り物は、乳香、黄金、そして没薬であった。またイエスを埋葬するとき遺体とともに入れられた香料にも没薬がいれられた。<br />
<br />
<br />
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　<br />
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<!-- rakuten --><br />
<div class="sonet-asin-area"><a href="http://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/05d8c967.61cc267c.05d8c968.e945eb41/_RTsobl00000001?pc=http%3A%2F%2Fitem.rakuten.co.jp%2Fkoyasan%2Fmotuyaku100%2F" target="_blank"><img src="http://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/koyasan/cabinet/00363855/img41193308.jpg?_ex=128x128" class="sonet-asin-image" alt="没薬（モツヤク）　100g" title="没薬（モツヤク）　100g"></a><div class="sonet-asin-info"><p class="sonet-asin-title"><a href="http://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/05d8c967.61cc267c.05d8c968.e945eb41/_RTsobl00000001?pc=http%3A%2F%2Fitem.rakuten.co.jp%2Fkoyasan%2Fmotuyaku100%2F" target="_blank">没薬（モツヤク）　100g</a></p><ul><li class="sonet-asin-label"><a href="http://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/05d8c967.61cc267c.05d8c968.e945eb41/_RTsobl00000001?pc=http%3A%2F%2Fitem.rakuten.co.jp%2Fkoyasan%2Fmotuyaku100%2F" target="_blank">ショップ: 香老舗　高野山大師堂</a></li><li class="sonet-asin-label">価格: 1,575 円</li></ul></div></div><div class="sonet-asin-break"><!-- --></div><br />
<!--/ rakuten --><br />
<a name="more"></a>
]]></content:encoded> 
  </item>  
  <item rdf:about="http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-04-02-1"> 
    <title>教員免許更新講習</title>  
    <link>http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-04-02-1</link>  
    <description>　私は昭和４１年の６月６日生まれなので、教員免許更新制では平成２４年の３月３１日が最初の終了確認期限です。今年度と来年度の２年間で講習を受けなければなりません。　ということで、４月になったので、講習の申し込みをしました。　熊本県は開講大学がつくっている熊本コンソーシアムという組織にウェブ上から申し込みしなければなりません。以下の講習を申し込みました。合計３０時間で、受講料は12000円＋6000円×３=３万円。けっこうかかります。モトは取らねば。　必修：教育の最新事情　選択：:九州新幹線を地理学する／世界史教育の現状と課題　選択：:政治学の基礎知識　選択：日本建築の美しさと仕組み　必修の最初は６月に実施されますが、そのころは九州の高校総文祭なので８月の講座を申し込みました。同じ日に同じ場所で同タイトルで実施されるのに、申し込み人数が極端に違うのはシラバスに記載されている内容によるものでしょう。この人数の違いを、大学側・講師は考えて欲しいものです。　選択は、当初「歴史学の現場から」を受講しようと思ったのですが、全国の高校総文祭と重なってしまい、「日本建築の美しさと仕組み」を申し込みました。この講座は申し込み人数も多く、結構人気があるようです。</description>  
    <dc:subject>たんなる日記</dc:subject>  
    <dc:creator>zep</dc:creator>  
    <dc:date>2010-04-02T21:13:54+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
　私は昭和４１年の６月６日生まれなので、教員免許更新制では平成２４年の３月３１日が最初の終了確認期限です。今年度と来年度の２年間で講習を受けなければなりません。<br />
　ということで、４月になったので、講習の申し込みをしました。<br />
<br />
　熊本県は開講大学がつくっている熊本コンソーシアムという組織にウェブ上から申し込みしなければなりません。以下の講習を申し込みました。合計３０時間で、受講料は12000円＋6000円×３=３万円。けっこうかかります。モトは取らねば。<br />
<br />
　必修：教育の最新事情<br />
　選択：:九州新幹線を地理学する／世界史教育の現状と課題<br />
　選択：:政治学の基礎知識<br />
　選択：日本建築の美しさと仕組み<br />
<br />
　必修の最初は６月に実施されますが、そのころは九州の高校総文祭なので８月の講座を申し込みました。同じ日に同じ場所で同タイトルで実施されるのに、申し込み人数が極端に違うのはシラバスに記載されている内容によるものでしょう。この人数の違いを、大学側・講師は考えて欲しいものです。<br />
<br />
　選択は、当初「歴史学の現場から」を受講しようと思ったのですが、全国の高校総文祭と重なってしまい、「日本建築の美しさと仕組み」を申し込みました。この講座は申し込み人数も多く、結構人気があるようです。<br />
<br />
<a name="more"></a>
]]></content:encoded> 
  </item>  
  <item rdf:about="http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-04-01"> 
    <title>新年度が始まりました</title>  
    <link>http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-04-01</link>  
    <description>　今年の異動は対象となった先生がとても多く、全部で２２名でした。中には他県との交流で、宮崎西高校勤務となった先生も。単身赴任するそうな。徳島に単身赴任していた頃を思い出します（それはそれで楽しかったけど）。でも宮崎西高校から熊本高校に来る先生は新聞に掲載されていたのに、ウチの学校から宮崎へ行く先生の名前が新聞に載ってなかったのはなぜでしょう？？？　今年は地歴・公民科の教科主任なので、今日はまず各先生方の教科担当クラスの決定をしなければなりませんね。時間割を作り始めないといけないから。ウチの科には新規採用の先生がこられるので、非常勤の先生も同時に配属されました。　今年は久しぶりに担任かーと思ってたら、熊本県高等学校文化連盟事務局長という仕事がまわってきました。授業どころではないかも？</description>  
    <dc:subject>たんなる日記</dc:subject>  
    <dc:creator>zep</dc:creator>  
    <dc:date>2010-04-01T06:17:20+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
　今年の異動は対象となった先生がとても多く、全部で２２名でした。中には他県との交流で、宮崎西高校勤務となった先生も。単身赴任するそうな。徳島に単身赴任していた頃を思い出します（それはそれで楽しかったけど）。でも宮崎西高校から熊本高校に来る先生は新聞に掲載されていたのに、ウチの学校から宮崎へ行く先生の名前が新聞に載ってなかったのはなぜでしょう？？？<br />
<br />
　今年は地歴・公民科の教科主任なので、今日はまず各先生方の教科担当クラスの決定をしなければなりませんね。時間割を作り始めないといけないから。ウチの科には新規採用の先生がこられるので、非常勤の先生も同時に配属されました。<br />
<br />
　今年は久しぶりに担任かーと思ってたら、熊本県高等学校文化連盟事務局長という仕事がまわってきました。授業どころではないかも？<br />
<a name="more"></a>
]]></content:encoded> 
  </item>  
  <item rdf:about="http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-03-28"> 
    <title>『JSA』（パク・チャヌク監督、2000年、韓国）</title>  
    <link>http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-03-28</link>  
    <description>　題名のJSAとはJoint Security Area（共同警備区域）の略で、南北朝鮮の休戦ライン上で唯一両国が会談を行う場所。南北朝鮮の代表が会談を行う場所を一般に板門店と呼んでいますが、正式にはJSAと呼ぶそうです。　この映画『JSA』は、朝鮮半島の南北分断という重いテーマを、サスペンス/ミステリータッチで描いた作品。エンターティメント性も高く、１時間５０分というあまり長くはない作品ですが見応えのある映画です。北朝鮮兵士には『シュリ』のソン・ガンホ、彼と心を通わす韓国軍兵士には韓流四天王の一人イ・ビョンホン、そして中立国監視委員会から派遣され、事件の真相を追求する韓国系スイス人兵士には『チャングム』のイ・ヨンエという韓国を代表するスターたちが出演しています。　興味深いのは、朝鮮戦争で捕虜になった北朝鮮兵士には２グループあったという話。１つは北朝鮮政府に忠誠を誓ったグループで、もう一つは無理矢理北朝鮮軍に入れられた人々のグループ。イ・ヨンエの父はどちらにも属さず南米に渡ったという設定です。　写真で見る板門店と、この映画に出てくる板門店はほとんど同じ。よくできたセットです。　帝国書院の教科書『世界史A』の最後のページにも紹介されている映画です。　シネマコリア http://cinemakorea.org/korean_movie/movie/jsa.htmJSA [DVD]出版社/メーカー: 東芝デジタルフロンティアメディア: DVDJSA [DVD]出版社/メーカー: 東芝デジタルフロンティアメディア: DVD</description>  
    <dc:subject>歴史映画</dc:subject>  
    <dc:creator>zep</dc:creator>  
    <dc:date>2010-03-28T09:18:57+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
　題名のJSAとはJoint Security Area（共同警備区域）の略で、南北朝鮮の休戦ライン上で唯一両国が会談を行う場所。南北朝鮮の代表が会談を行う場所を一般に<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BF%E9%96%80%E5%BA%97" target="_blank">板門店</a>と呼んでいますが、正式にはJSAと呼ぶそうです。<br />
<br />
　この映画『JSA』は、朝鮮半島の南北分断という重いテーマを、サスペンス/ミステリータッチで描いた作品。エンターティメント性も高く、１時間５０分というあまり長くはない作品ですが見応えのある映画です。北朝鮮兵士には『シュリ』のソン・ガンホ、彼と心を通わす韓国軍兵士には韓流四天王の一人イ・ビョンホン、そして中立国監視委員会から派遣され、事件の真相を追求する韓国系スイス人兵士には『チャングム』のイ・ヨンエという韓国を代表するスターたちが出演しています。<br />
<br />
　興味深いのは、朝鮮戦争で捕虜になった北朝鮮兵士には２グループあったという話。１つは北朝鮮政府に忠誠を誓ったグループで、もう一つは無理矢理北朝鮮軍に入れられた人々のグループ。イ・ヨンエの父はどちらにも属さず南米に渡ったという設定です。<br />
<br />
　写真で見る板門店と、この映画に出てくる板門店はほとんど同じ。よくできたセットです。<br />
<br />
　帝国書院の教科書『世界史A』の最後のページにも紹介されている映画です。<br />
<br />
<br />
　シネマコリア <a href="http://cinemakorea.org/korean_movie/movie/jsa.htm" target="_blank">http://cinemakorea.org/korean_movie/movie/jsa.htm</a><br />
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<!-- amazon --><br />
<div class="sonet-asin-area"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00006F1VG/yougakudiary-22/ref=nosim" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51E8AZZVVSL._SL160_.jpg" class="sonet-asin-image" alt="JSA [DVD]" title="JSA [DVD]"></a><div class="sonet-asin-info"><p class="sonet-asin-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00006F1VG/yougakudiary-22/ref=nosim" target="_blank">JSA [DVD]</a></p><ul><li class="sonet-asin-label">出版社/メーカー: 東芝デジタルフロンティア</li><li class="sonet-asin-label">メディア: DVD</li></ul></div></div><div class="sonet-asin-break"><!-- --></div><br />
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<div class="sonet-asin-area"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005QCIH/yougakudiary-22/ref=nosim" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/519GAFF6YFL._SL160_.jpg" class="sonet-asin-image" alt="JSA [DVD]" title="JSA [DVD]"></a><div class="sonet-asin-info"><p class="sonet-asin-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005QCIH/yougakudiary-22/ref=nosim" target="_blank">JSA [DVD]</a></p><ul><li class="sonet-asin-label">出版社/メーカー: 東芝デジタルフロンティア</li><li class="sonet-asin-label">メディア: DVD</li></ul></div></div><div class="sonet-asin-break"><!-- --></div><br />
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]]></content:encoded> 
  </item>  
  <item rdf:about="http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-03-18"> 
    <title>『学生が語る　戦争・ジェンダー・地域』（法律文化社）</title>  
    <link>http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-03-18</link>  
    <description>　福岡大学人文学部歴史学科西洋史ゼミ編著によるこの本は、学会（七隈史学会）で同ゼミの学生たちが報告した内容をまとめたものです（2006～2008年の３年分）。学部生が学会で発表というのは、かなり勇気がいることだったと思います。　報告はグループ単位で行い、１つの報告には６～７名の学生が参加しているようです。　タイムマシンで過去に行くことができるのならばともかく、ずっと昔に何があったのかを正確に知ることは不可能です。ですから、教科書に書かれていることは、最も確からしいことということになるでしょう。「最も確からしいこと」に至るためには、コミュニケーションが不可欠です（小田中直樹先生は「コミュニケーショナルに正しい認識」という言葉を使っています）。もっとも、コミュニケーションに至るまでには相当な準備が必要であり、またこうしたコミュニケーションが「和気藹々」としたものになることは少ないのは、皆さんご存じの通り。その意味で、この本は彼らの格闘の記録とも言えるでしょう。　書かれている内容は、高校の世界史の内容を知っておくと理解できるような内容なので、大学で歴史を学ぶとはどういうことかを知るという点でも、史学科をこころざす高校生に読ませたい本です。　森谷公俊『学生をやる気にさせる歴史の授業』を読むと、大学の史学科ではどんな授業が行われているのか、大学の先生も苦労しているのだなぁというのがよくわかります。高校の授業で使えるか否かは別として、かなりおもしろい本でした。なかでも、添削と要約については、小論文の指導に役立ちました。あわせて読むとおもしろいと思います。　　福岡大学人文学部歴史学科　星乃治彦先生のゼミ http://www.cis.fukuoka-u.ac.jp/~hoshisemi/福岡大学「地域」叢書　準備号　「地域」（七隈、福岡、東アジア）と生きる福岡大学という報告書は、面白そうですね。学生が語る戦争・ジェンダー・地域作者: 福岡大学人文学部歴史学科西洋史ゼミ出版社/メーカー: 法律文化社発売日: 2010/03メディア: 単行本学生をやる気にさせる歴史の授業作者: 森谷 公俊出版社/メーカー: 青木書店発売日: 2008/04メディア: 単行本</description>  
    <dc:subject>歴史関係の本（小説以外）</dc:subject>  
    <dc:creator>zep</dc:creator>  
    <dc:date>2010-03-18T20:24:53+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
　福岡大学人文学部歴史学科西洋史ゼミ編著によるこの本は、学会（七隈史学会）で同ゼミの学生たちが報告した内容をまとめたものです（2006～2008年の３年分）。学部生が学会で発表というのは、かなり勇気がいることだったと思います。<br />
<br />
　報告はグループ単位で行い、１つの報告には６～７名の学生が参加しているようです。<br />
<br />
　タイムマシンで過去に行くことができるのならばともかく、ずっと昔に何があったのかを正確に知ることは不可能です。ですから、教科書に書かれていることは、最も確からしいことということになるでしょう。「最も確からしいこと」に至るためには、コミュニケーションが不可欠です（小田中直樹先生は「コミュニケーショナルに正しい認識」という言葉を使っています）。もっとも、コミュニケーションに至るまでには相当な準備が必要であり、またこうしたコミュニケーションが「和気藹々」としたものになることは少ないのは、皆さんご存じの通り。その意味で、この本は彼らの格闘の記録とも言えるでしょう。<br />
<br />
　書かれている内容は、高校の世界史の内容を知っておくと理解できるような内容なので、大学で歴史を学ぶとはどういうことかを知るという点でも、史学科をこころざす高校生に読ませたい本です。<br />
<br />
　森谷公俊『学生をやる気にさせる歴史の授業』を読むと、大学の史学科ではどんな授業が行われているのか、大学の先生も苦労しているのだなぁというのがよくわかります。高校の授業で使えるか否かは別として、かなりおもしろい本でした。なかでも、添削と要約については、小論文の指導に役立ちました。あわせて読むとおもしろいと思います。<br />
<br />
　　福岡大学人文学部歴史学科　星乃治彦先生のゼミ <a href="http://www.cis.fukuoka-u.ac.jp/~hoshisemi/" target="_blank">http://www.cis.fukuoka-u.ac.jp/~hoshisemi/</a><br />
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福岡大学「地域」叢書　準備号　「地域」（七隈、福岡、東アジア）と生きる福岡大学という報告書は、面白そうですね。<br />
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<div class="sonet-asin-area"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4589032287/yougakudiary-22/ref=nosim" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41rV7HrKj4L._SL160_.jpg" class="sonet-asin-image" alt="学生が語る戦争・ジェンダー・地域" title="学生が語る戦争・ジェンダー・地域"></a><div class="sonet-asin-info"><p class="sonet-asin-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4589032287/yougakudiary-22/ref=nosim" target="_blank">学生が語る戦争・ジェンダー・地域</a></p><ul><li class="sonet-asin-label">作者: 福岡大学人文学部歴史学科西洋史ゼミ</li><li class="sonet-asin-label">出版社/メーカー: 法律文化社</li><li class="sonet-asin-label">発売日: 2010/03</li><li class="sonet-asin-label">メディア: 単行本</li></ul></div></div><div class="sonet-asin-break"><!-- --></div><br />
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  </item>  
  <item rdf:about="http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-03-06"> 
    <title>ベラスケスの絵をデザインした切手</title>  
    <link>http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-03-06</link>  
    <description>　ベラスケスが描いたマルガリータ王女の肖像画は以前紹介しましたが、その切手です。ただしこれは「青い服」です。　デザインは同じながら、上はスペインで、下はオーストリアで発行されたもの。「青い服のマルガリータ」は」オーストリアのウィーン美術史美術館、「女官たち」はスペインのプラド美術館にそれぞれ収蔵されています。　私は『スタンプマガジン』で購入しましたが、郵趣サービス社のホームページから買うことができます。 [http://www.yushu.co.jp/shop/g/g443145/]</description>  
    <dc:subject>モノ教材（切手）</dc:subject>  
    <dc:creator>zep</dc:creator>  
    <dc:date>2010-03-06T17:02:22+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
　<a href="http://zep.blog.so-net.ne.jp/2009-05-30" target="_blank">ベラスケスが描いたマルガリータ王女の肖像画は以前紹介しましたが</a>、その切手です。ただしこれは「青い服」です。<br />
<br />
<div style="text-align:center;"><img src="http://zep.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_522/zep/E38399E383A9E382B9E382B1E382B901.jpg" width="515" height="352" border="0" align="" alt="ベラスケス01.jpg" />
<p><br />
<img src="http://zep.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_522/zep/E38399E383A9E382B9E382B1E382B902-320a6.jpg" width="535" height="375" border="0" align="" alt="ベラスケス02.jpg" /></p></div><br />
<br />
　デザインは同じながら、上はスペインで、下はオーストリアで発行されたもの。「青い服のマルガリータ」は」オーストリアのウィーン美術史美術館、「女官たち」はスペインのプラド美術館にそれぞれ収蔵されています。<br />
<br />
　私は『スタンプマガジン』で購入しましたが、郵趣サービス社のホームページから買うことができます。<br />
  [<a href="http://www.yushu.co.jp/shop/g/g443145/" target="_blank">http://www.yushu.co.jp/shop/g/g443145/</a>]<br />
<a name="more"></a>
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  </item>  
  <item rdf:about="http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-03-04"> 
    <title>『マイケル・コリンズ』（ニール・ジョーダン監督、1996年、イギリス・アメリカ・アイルランド合作）</title>  
    <link>http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-03-04</link>  
    <description>　独特のゲリラ作戦によってイギリスの支配に抵抗した、アイルランド独立運動の指導者マイケル・コリンズを描いた作品。監督は『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』のニール・ジョーダン、主人公マイケル・コリンズは『シンドラーのリスト』のリーアム・ニーソン（『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』のクワイ＝ガン・ジン、『キングダム・オブ・ヘブン』ではオーランド・ブルームの父イベリン卿で重厚な役を演じた）、マイケルと対立するエイモン・デ・ヴァレラはアラン・リックマン（ハリー・ポッター・シリーズのスネイプ先生～ダイ・ハード・シリーズの１作目ではビルを占拠したグループのリーダーだった）。また、デ・ヴァレラにマイケル来訪を告げる少年は、無名時代のジョナサン・リース＝マイヤーズ。監督以下４人ともアイルランド系で、ジョナサンは舞台となったコークの出身です。 映画の概要（ストーリー、現実との相違点など）はWikipediaを参照 　教科書でには「アイルランドは、1922年、北部のアルスターをのぞいてアイルランド自由国として自治領となった。」とわずか１行半の記述ですが、このとき結ばれた英愛条約をめぐってシン・フェイン党とアイルランド共和軍（IRA）は分裂、アイルランドは事実上の内戦に突入しました。条約締結を推進したマイケルらに対し、完全独立を主張する反対派の中心は、かつての盟友デ・ヴァレラ。苦悩するマイケルは、内戦終結をめざしてデ・ヴァレラ派との話し合いに向かう途中、反対派の襲撃を受けて非業の死をとげてしまいます。享年３１歳。　豪華なキャストで重厚なストーリーを語る作品で、私は大傑作だと思います。シネイド・オコナー（彼女もアイリッシュ）が歌うトラッドもすばらしい。U2の「ブラディ・サンデー」や、シンプル・マインズの「ベルファスト・チャイルド」などが思い出されます。そういえば、ロックオン・ストラトスもアイルランド出身でしたね。　　 映画「マイケル・コリンズ」のダブリン歴史名所：http://www.inj.or.jp/seanachai/experience/06mcollins.htmlマイケル・コリンズ　特別版 [DVD]出版社/メーカー: ワーナー・ホーム・ビデオメディア: DVD</description>  
    <dc:subject>歴史映画</dc:subject>  
    <dc:creator>zep</dc:creator>  
    <dc:date>2010-03-04T20:44:56+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
　独特のゲリラ作戦によってイギリスの支配に抵抗した、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%B1%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%BA_%28%E6%94%BF%E6%B2%BB%E5%AE%B6%29" target="_blank">アイルランド独立運動の指導者マイケル・コリンズ</a>を描いた作品。監督は『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』のニール・ジョーダン、主人公マイケル・コリンズは『シンドラーのリスト』のリーアム・ニーソン（『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』のクワイ＝ガン・ジン、『キングダム・オブ・ヘブン』ではオーランド・ブルームの父イベリン卿で重厚な役を演じた）、マイケルと対立する<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%AC%E3%83%A9" target="_blank">エイモン・デ・ヴァレラ</a>はアラン・リックマン（ハリー・ポッター・シリーズのスネイプ先生～ダイ・ハード・シリーズの１作目ではビルを占拠したグループのリーダーだった）。また、デ・ヴァレラにマイケル来訪を告げる少年は、無名時代のジョナサン・リース＝マイヤーズ。監督以下４人ともアイルランド系で、ジョナサンは舞台となったコークの出身です。<br />
<br />
  <strong><a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%B1%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%BA_%28%E6%98%A0%E7%94%BB%29" target="_blank">映画の概要（ストーリー、現実との相違点など）はWikipediaを参照 </a></strong><br />
<br />
<br />
　教科書でには「アイルランドは、1922年、北部のアルスターをのぞいてアイルランド自由国として自治領となった。」とわずか１行半の記述ですが、このとき結ばれた<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8B%B1%E6%84%9B%E6%9D%A1%E7%B4%84" target="_blank">英愛条約</a>をめぐってシン・フェイン党とアイルランド共和軍（IRA）は分裂、アイルランドは事実上の内戦に突入しました。条約締結を推進したマイケルらに対し、完全独立を主張する反対派の中心は、かつての盟友デ・ヴァレラ。苦悩するマイケルは、内戦終結をめざしてデ・ヴァレラ派との話し合いに向かう途中、反対派の襲撃を受けて非業の死をとげてしまいます。享年３１歳。<br />
<br />
　豪華なキャストで重厚なストーリーを語る作品で、私は大傑作だと思います。<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%8D%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%82%B3%E3%83%8A%E3%83%BC" target="_blank">シネイド・オコナー</a>（彼女もアイリッシュ）が歌うトラッドもすばらしい。U2の「ブラディ・サンデー」や、シンプル・マインズの「ベルファスト・チャイルド」などが思い出されます。そういえば、ロックオン・ストラトスもアイルランド出身でしたね。<br />
<br />
　　 	<br />
映画「マイケル・コリンズ」のダブリン歴史名所：<a href="http://www.inj.or.jp/seanachai/experience/06mcollins.html" target="_blank">http://www.inj.or.jp/seanachai/experience/06mcollins.html</a><br />
<br />
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<div class="sonet-asin-area"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005HC7B/yougakudiary-22/ref=nosim" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/21JNYPF7DSL._SL160_.jpg" class="sonet-asin-image" alt="マイケル・コリンズ　特別版 [DVD]" title="マイケル・コリンズ　特別版 [DVD]"></a><div class="sonet-asin-info"><p class="sonet-asin-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005HC7B/yougakudiary-22/ref=nosim" target="_blank">マイケル・コリンズ　特別版 [DVD]</a></p><ul><li class="sonet-asin-label">出版社/メーカー: ワーナー・ホーム・ビデオ</li><li class="sonet-asin-label">メディア: DVD</li></ul></div></div><div class="sonet-asin-break"><!-- --></div><br />
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<a name="more"></a>
]]></content:encoded> 
  </item>  
  <item rdf:about="http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-02-28"> 
    <title>今年の東大の第１問</title>  
    <link>http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-02-28</link>  
    <description>　ある予備校の分析にある「『世界史における役割』が読み手にわかるようにメリハリをつけて書くことが大事。」という指摘には同感。　要求は「都市・産業・交易・経済・文化・人材・海外進出」で「オランダおよびオランダ系の人びとの世界史における役割」なので、以下のような点があげられるでしょう。17世紀：世界経済の中心、宮廷文化に対して市民文化の発展、亡命者の受け入れ　　　　鎖国下の日本に海外情報を提供　　　　グロティウスが国際法を主張し、主権国家体制を促進19世紀：南ア戦争が帝国主義時代における国際関係再編の契機となる20世紀：太平洋戦争で連合軍の勝利に貢献　　　　ECの原加盟国として独仏とともにヨーロッパ統合を推進　ネット上の解答例は「流れ」を叙述しているだけのように思いますが、それだけでは不十分なのではないでしょうか？「役割」が述べられているのはKだけのように感じます。</description>  
    <dc:subject>大学受験</dc:subject>  
    <dc:creator>zep</dc:creator>  
    <dc:date>2010-02-28T20:38:37+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
　ある予備校の分析にある「『世界史における役割』が読み手にわかるようにメリハリをつけて書くことが大事。」という指摘には同感。<br />
<br />
　要求は「都市・産業・交易・経済・文化・人材・海外進出」で「オランダおよびオランダ系の人びとの世界史における役割」なので、以下のような点があげられるでしょう。<br />
17世紀：世界経済の中心、宮廷文化に対して市民文化の発展、亡命者の受け入れ<br />
　　　　鎖国下の日本に海外情報を提供<br />
　　　　グロティウスが国際法を主張し、主権国家体制を促進<br />
19世紀：南ア戦争が帝国主義時代における国際関係再編の契機となる<br />
20世紀：太平洋戦争で連合軍の勝利に貢献<br />
　　　　ECの原加盟国として独仏とともにヨーロッパ統合を推進<br />
<br />
　ネット上の解答例は「流れ」を叙述しているだけのように思いますが、それだけでは不十分なのではないでしょうか？「役割」が述べられているのはKだけのように感じます。<a name="more"></a>
]]></content:encoded> 
  </item>  
  <item rdf:about="http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-02-25"> 
    <title>社会認識を問う問題</title>  
    <link>http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-02-25</link>  
    <description>　今年は大分大学を受験する生徒の小論文をみていたのですが、うち２人が「社会認識を問う問題」で受験するので、答案を見てほしいと言ってきました。なんでも赤本には解答例が載っていないとのこと。問題を見てみたところ、次のような問題でした。いずれも問１と問２の２問構成で、問１はデータ・統計の読み取り、問２は自分の考えを述べる問題です。　2009年：家電リサイクル　2008年：雇用問題　2007年：防災意識を高める取り組み　これらの問題は、森分孝治氏の考えに基づいた出題だと思います。「読み取り」→「問いの設定」→「説明」、そして可能ならば「解決策」という型にはめれば大丈夫でしょう。　今年大分大を受けたウチの生徒も、書けたようでした。どんな問題だったのでしょうか。</description>  
    <dc:subject>現代社会ネタ</dc:subject>  
    <dc:creator>zep</dc:creator>  
    <dc:date>2010-02-25T22:35:14+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
　今年は大分大学を受験する生徒の小論文をみていたのですが、うち２人が「社会認識を問う問題」で受験するので、答案を見てほしいと言ってきました。なんでも赤本には解答例が載っていないとのこと。問題を見てみたところ、次のような問題でした。いずれも問１と問２の２問構成で、問１はデータ・統計の読み取り、問２は自分の考えを述べる問題です。<br />
　2009年：家電リサイクル<br />
　2008年：雇用問題<br />
　2007年：防災意識を高める取り組み<br />
<br />
　これらの問題は、森分孝治氏の考えに基づいた出題だと思います。「読み取り」→「問いの設定」→「説明」、そして可能ならば「解決策」という型にはめれば大丈夫でしょう。　今年大分大を受けたウチの生徒も、書けたようでした。どんな問題だったのでしょうか。<a name="more"></a>
]]></content:encoded> 
  </item>  
  <item rdf:about="http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-02-23"> 
    <title>ナショナリズムにもとづく二つの動き２</title>  
    <link>http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-02-23</link>  
    <description>昨日の問題の解答例と加点ポイントです。フランス革命やロマン主義の影響下で生まれたナショナリズムは、19世紀初めイタリアのカルボナリやドイツのブルシェンシャフトの運動などに見られたが、いずれもウィーン体制のもとで鎮圧された。しかし1829年にギリシアがオスマン帝国からの独立を達成すると、1830年の七月革命の際には、オランダからベルギーが独立し、ポーランドでもロシアからの独立運動がおこるなどナショナリズムが高まった。1848年の二月革命では、オーストリアでチェック人やコッシュートに指導されたマジャール人の独立運動が起こる一方、ドイツでは統一を目指してフランクフルトで国民議会が開催された。またポーランド、イタリアでも独立運動がそれぞれ起こった。こうしたナショナリズムの高揚は、国民国家建設の気運を一層強め、サルディーニャ王国を中心に統一をすすめたイタリアでは、1861年にイタリア王国が成立した。ドイツではプロイセン王国を中心に統一がすすめられ、1871年にドイツ帝国が成立した。この間プロイセンに敗北してドイツの統一から除外されたオーストリアは、領内のマジャール人に自治を認め、オ－ストリア=ハンガリー帝国となった。19世紀はじめにイギリスに併合されたアイルランドは根強い独立運動を展開していたが、19世紀を通じて自治要求が高まり、19世紀後半にアイルランド自治法が提出されたが成立せず、独立運動はいっそう激化した。（５８０字） 【加点ポイント】・フランス革命とロマン主義の影響でナショナリズムが生まれる　　　　　　　　２点・19世紀はじめ、イタリアのカルボナリやドイツのブルシェンシャフトの運動　　３点　　　　　　　　（イタリア・ドイツがない場合は減点）・オスマン帝国からギリシアが独立　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　２点　　　　　　　　（「オスマン帝国から」がない場合は減点）・七月革命時、オランダからベルギーが独立、ポーランドの独立運動　　　　　　３点　　　　　　　（「オランダ」がない場合は減点）・二月革命時、コッシュート指導によるマジャール人（ハンガリー）の独立運動　３点・　〃　　　、ドイツにおけるフランクフルト国民議会　　　　　　　　　　　　２点・1861年、サルデーニャを中心にイタリア王国成立　　　　　　　　　　　　　　３点　　　　（サルデーニャの代わりに他の語句でも加点）・1871年、ビスマルクの指導によるドイ..</description>  
    <dc:subject>大学受験</dc:subject>  
    <dc:creator>zep</dc:creator>  
    <dc:date>2010-02-23T21:48:46+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
昨日の問題の解答例と加点ポイントです。<br />
<br />
フランス革命やロマン主義の影響下で生まれたナショナリズムは、19世紀初めイタリアのカルボナリやドイツのブルシェンシャフトの運動などに見られたが、いずれもウィーン体制のもとで鎮圧された。しかし1829年にギリシアがオスマン帝国からの独立を達成すると、1830年の七月革命の際には、オランダからベルギーが独立し、ポーランドでもロシアからの独立運動がおこるなどナショナリズムが高まった。1848年の二月革命では、オーストリアでチェック人やコッシュートに指導されたマジャール人の独立運動が起こる一方、ドイツでは統一を目指してフランクフルトで国民議会が開催された。またポーランド、イタリアでも独立運動がそれぞれ起こった。こうしたナショナリズムの高揚は、国民国家建設の気運を一層強め、サルディーニャ王国を中心に統一をすすめたイタリアでは、1861年にイタリア王国が成立した。ドイツではプロイセン王国を中心に統一がすすめられ、1871年にドイツ帝国が成立した。この間プロイセンに敗北してドイツの統一から除外されたオーストリアは、領内のマジャール人に自治を認め、オ－ストリア=ハンガリー帝国となった。19世紀はじめにイギリスに併合されたアイルランドは根強い独立運動を展開していたが、19世紀を通じて自治要求が高まり、19世紀後半にアイルランド自治法が提出されたが成立せず、独立運動はいっそう激化した。（５８０字）<br />
<br />
<br />
 【加点ポイント】<br />
・フランス革命とロマン主義の影響でナショナリズムが生まれる　　　　　　　　２点<br />
・19世紀はじめ、イタリアのカルボナリやドイツのブルシェンシャフトの運動　　３点<br />
　　　　　　　　（イタリア・ドイツがない場合は減点）<br />
・オスマン帝国からギリシアが独立　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　２点<br />
　　　　　　　　（「オスマン帝国から」がない場合は減点）<br />
・七月革命時、オランダからベルギーが独立、ポーランドの独立運動　　　　　　３点<br />
　　　　　　　（「オランダ」がない場合は減点）<br />
・二月革命時、コッシュート指導によるマジャール人（ハンガリー）の独立運動　３点<br />
・　〃　　　、ドイツにおけるフランクフルト国民議会　　　　　　　　　　　　２点<br />
・1861年、サルデーニャを中心にイタリア王国成立　　　　　　　　　　　　　　３点<br />
　　　　（サルデーニャの代わりに他の語句でも加点）<br />
・1871年、ビスマルクの指導によるドイツ王国成立                            ２点<br />
　　　　（年号の代わりに他の語句でも加点）<br />
・普墺戦争後、マジャール人に自治を与え、オーストリア=ハンガリー帝国が成立 ３点<br />
・アイルランド自治法が成立しなかったアイルランドで独立運動激化　　　　　　２点<br />
<br />
〈以下の記述にも加点〉※上限は３点<br />
オスマン帝国支配下のバルカン半島では、パン=スラウ主義の高まりとも相まって露土戦争を契機にルーマニア・セルビア・モンテネグロが独立した。<br />
  その他、スラヴ民族会議（二月革命時）やグラッドストンによるアイルランド自治政策など。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
さて、次の問題は一昨年校内模試用につくっておいたものの、転勤によりボツになった問題です。<br />
<br />
　1877年にインド帝国が成立し、インドは完全にイギリスの植民地となった。しかし20世紀にはいると、インドにおける反英運動は活発化し、自治や独立を求める運動が高まった。1900年代から1930年代半ばまでのインドにおける民族運動の動きを、以下の語句を用いて６００字以内で説明せよ。以下の語句は、文中で最初に使用した箇所に下線をひくこと。<br />
<br />
　日露戦争　　　カルカッタ大会　ラホール大会　　ネルー　　「非協力運動」<br />
　第一次世界大戦<br />
<br />
【解答例】<br />
イギリスはインド人を支配に協力者とするため、1885年に親英的なインド国民会議を発足させた。20世紀にはいり民族運動が高まると、イギリスは1905年にベンガル分割令を発して運動の分断をはかった。これに対して国民会議派は、日露戦争における日本の勝利の影響もあり、急進派のティラクの指導のもと反英運動を展開し、1906年のカルカッタ大会では英貨排斥・スワデーシ・スワラージ・民族教育の４綱領を決議して、イギリスに対する対決姿勢を明確にした。ヒンドゥー教徒主体の国民会議に対し、ムスリムは運動の分断をはかるイギリスの政策にそって、親英的な全インド=ムスリム連盟を結成した。その後運動は沈静化したが、第一次世界大戦後に民族自決の動きが高まると、反英運動は再び高まりをみせた。イギリスが戦後の自治の約束を守らなかったばかりか、1919年にインド統治法やローラット法を発したことにインド民衆は反発し、「非協力運動」を説くカンディーを指導者として反英運動を展開した。その後民族運動は一時停滞したが、1920年代後半から再び活発化し、国民会議派は急進派のネルーらの指導で1929年のラホール大会においてプールナ=スワラージを決議した。30年代から再びガンディーも民族運動に復帰したが、イギリス側の弾圧とムスリム・ヒンドゥー両教徒の対立などにより運動は停滞し、35年に発表された新インド統治法も自治とはほど遠い内容であった。（５９３字）<br />
<br />
【加点ポイント】<br />
・発足当初の国民会議が親英的であったこと                            ２点<br />
・ベンガル分割令を契機に民族運動が高まる                            ２点<br />
・急進派ティラクの指導                                              １点<br />
・４綱領                                             すべて書けて 　３点<br />
・親英的な全インド＝ムスリム連盟の結成                     ２点<br />
・第一次世界大戦後、イギリスが自治の約束を守らなかったこと          ２点<br />
・1919年のインド統治法                                              １点<br />
・ローラット法                                                  　　　    ２点<br />
・ガンディーの活躍                                           　       １点「<br />
・プールナ=スワラージ                                               １点<br />
・新インド統治法                                                    　１点<br />
・運動停滞の理由として、ヒンドゥー・ムスリムの反目     １点<br />
・指定語句の使用            各１                                    ６点<br />
<br />
 その他<br />
　アムリットサール事件、英印円卓会議など<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
　明後日から国公立大学の前期日程試験で、今日でようやく直前授業が終了。毎日連続２コマで、加えて小論文の指導を４人抱えていたので結構疲れました。今年世界史の論述で受験するのは２名。二人とも合格してほしいものです。<a name="more"></a>
]]></content:encoded> 
  </item>  
  <item rdf:about="http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-02-22"> 
    <title>ナショナリズムにもとづく二つの動き</title>  
    <link>http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-02-22</link>  
    <description>　熊本高校の校内模試のために作った問題です（平成19年の11月に実施しました）。リード文の元ネタは、『世界史論述問題の解き方』（山川出版社）の56ページに載っている聖心女子大学の問題。　　近・現代において、ヨーロッパの国の数は1870年に最小となり、国境線地図は最も簡単な形となる。その後半世紀の間は、反対に国の数が増え、国境線は複雑化する。こうした国家の統合と分裂の動きを推し進めた思想・運動がナショナリズムである。この言葉に相当する日本語には国民主義という言葉もあるが、一般的には民族主義という言葉があてられる。このように英語では一つの単語が、日本語ではいくつもの単語に使い分けられることがあるのは、この思想・運動が、「統合と分裂」という正反対の作用をもたらすからである。　19世紀のヨーロッパにおけるナショナリズムの展開について、以下の語句を用いて６００字以内で述べよ。使用した語句には、最初に用いた箇所に下線を付せ。　七月革命　　　　　　フランクフルト　　　　　ロマン主義　　　　1861年　アイルランド自治法　　　　コッシュート　　　ブルシェンシャフト　　ポーランド　解答例と採点基準は明日掲載します。</description>  
    <dc:subject>大学受験</dc:subject>  
    <dc:creator>zep</dc:creator>  
    <dc:date>2010-02-22T20:07:34+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
　熊本高校の校内模試のために作った問題です（平成19年の11月に実施しました）。リード文の元ネタは、『世界史論述問題の解き方』（山川出版社）の56ページに載っている聖心女子大学の問題。<br />
<p><br />
<strong>　　近・現代において、ヨーロッパの国の数は1870年に最小となり、国境線地図は最も簡単な形となる。その後半世紀の間は、反対に国の数が増え、国境線は複雑化する。こうした国家の統合と分裂の動きを推し進めた思想・運動がナショナリズムである。この言葉に相当する日本語には国民主義という言葉もあるが、一般的には民族主義という言葉があてられる。このように英語では一つの単語が、日本語ではいくつもの単語に使い分けられることがあるのは、この思想・運動が、「統合と分裂」という正反対の作用をもたらすからである。<br />
　19世紀のヨーロッパにおけるナショナリズムの展開について、以下の語句を用いて６００字以内で述べよ。使用した語句には、最初に用いた箇所に下線を付せ。<br />
<p><br />
　七月革命　　　　　　フランクフルト　　　　　ロマン主義　　　　1861年<br />
　アイルランド自治法　　　　コッシュート　　　ブルシェンシャフト　　ポーランド<br><br />
</p></strong>


　解答例と採点基準は明日掲載します。
<a name="more"></a></p>
]]></content:encoded> 
  </item>  
  <item rdf:about="http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-02-21"> 
    <title>ベトナム戦争とカウンター・カルチャー</title>  
    <link>http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-02-21</link>  
    <description>　2007年の東京外語大の問題です。　ヴェトナム戦争が世界の政治、経済、社会それぞれの分野に与えた影響について、400字以内で説明しなさい。その際、以下の語句を必ず使用し、用いた箇所すべてに下線を引きなさい。（20点）　　　　反戦運動　　　キング牧師　　　カウンター・カルチャー　　　多極化　　　ドル危機　ベトナム戦争の影響に関しては、2000年に一橋大学でも出題されています。　次の文章は、アメリカ合衆国のジミー・カーター大統領が1977年5月22日におこなった演説の一部です。これを読んで、下記の問1、問2に答えなさい。　わが国の未来が揺るぎないことを確信しているゆえに、現在われわれは共産主義に対して過度の恐怖を抱いていない。かつてはその恐れのために、独裁者であっても、われわれと同じ恐れを抱いている者とは手を結ばざるをえなかったのである。あまりにも長い年月、われわれはみずから敵対者の不完全で誤った原則や戦術を取り入れようと努め、ときには彼らの価値観を受け入れて自分自身の価値観を放棄した。われわれは火と戦うのに火をもってし、火は水をもって消す方が良いことに気がつかなかった。　このような方策は失敗に終わった。知性と道義心に欠けたその方策がもたらした最悪のものがヴェトナム戦争であった。しかし失敗を通じてわれわれは今や自分自身の原則と価値観に立ち帰る道を見いだし、失った自信を取り戻したのである。　（有賀　貞　訳）問1　この演説の背景となったアメリカ合衆国のヴェトナム戦争介入の歴史（1954～75年）について、その原因と結果を具体的に述べなさい。（200字以内）問2 ヴェトナム戦争介入がアメリカ合衆国の社会と対外関係に与えた影響を具体的に述べなさい。（200字以内）　古くは、1987年に東大でも次のような問題が出題されています。朝鮮戦争とヴェトナム戦争の原因・国際的影響・結果について、両者を比較しながら18行以内で記述せよ。　一橋や東大のこうした問題を見ると、中谷臣『世界史論述練習帳』にある通り、結果と影響って違うのだなぁと実感します（予備校が出した解答例を見るとわかりますが、実は両者の峻別を意識した解答例は実に少ない.....というより皆無？）。　３問はそれぞれに異なる部分・重なる部分ともにありますが、今回は東京外大の問題に注目。まずは指定語句を要求通りのカテゴリーに分けてみましょう。「多極化」は政治、「ドル危機」は経済、..</description>  
    <dc:subject>大学受験</dc:subject>  
    <dc:creator>zep</dc:creator>  
    <dc:date>2010-02-21T11:19:46+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
　2007年の東京外語大の問題です。<br />
<p><br />
<strong>　ヴェトナム戦争が世界の政治、経済、社会それぞれの分野に与えた影響について、400字以内で説明しなさい。その際、以下の語句を必ず使用し、用いた箇所すべてに下線を引きなさい。（20点）<br><br />
　　　　反戦運動　　　キング牧師　　　カウンター・カルチャー　　　多極化　　　ドル危機</strong><br />
<br />
<hr><br />
<br />
　ベトナム戦争の影響に関しては、2000年に一橋大学でも出題されています。<br><br />
<br />
<strong>　次の文章は、アメリカ合衆国のジミー・カーター大統領が1977年5月22日におこなった演説の一部です。これを読んで、下記の問1、問2に答えなさい。<br />
<p><br />
　わが国の未来が揺るぎないことを確信しているゆえに、現在われわれは共産主義に対して過度の恐怖を抱いていない。かつてはその恐れのために、独裁者であっても、われわれと同じ恐れを抱いている者とは手を結ばざるをえなかったのである。あまりにも長い年月、われわれはみずから敵対者の不完全で誤った原則や戦術を取り入れようと努め、ときには彼らの価値観を受け入れて自分自身の価値観を放棄した。われわれは火と戦うのに火をもってし、火は水をもって消す方が良いことに気がつかなかった。<br><br />
　このような方策は失敗に終わった。知性と道義心に欠けたその方策がもたらした最悪のものがヴェトナム戦争であった。しかし失敗を通じてわれわれは今や自分自身の原則と価値観に立ち帰る道を見いだし、失った自信を取り戻したのである。　（有賀　貞　訳）<br />
<p><br />
問1　この演説の背景となったアメリカ合衆国のヴェトナム戦争介入の歴史（1954～75年）について、その原因と結果を具体的に述べなさい。（200字以内）<br><br />
問2 ヴェトナム戦争介入がアメリカ合衆国の社会と対外関係に与えた影響を具体的に述べなさい。（200字以内）</p></p></strong>

<hr>
　古くは、1987年に東大でも次のような問題が出題されています。
<p><br />
<strong>朝鮮戦争とヴェトナム戦争の原因・国際的影響・結果について、両者を比較しながら18行以内で記述せよ。</strong><br />
<p><br />
<hr><br />
<p><br />
　一橋や東大のこうした問題を見ると、中谷臣『世界史論述練習帳』にある通り、結果と影響って違うのだなぁと実感します（予備校が出した解答例を見るとわかりますが、実は両者の峻別を意識した解答例は実に少ない.....というより皆無？）。<br />
<p><br />
　３問はそれぞれに異なる部分・重なる部分ともにありますが、今回は東京外大の問題に注目。まずは指定語句を要求通りのカテゴリーに分けてみましょう。「多極化」は政治、「ドル危機」は経済、「カウンター・カルチャー」は社会でいいでしょうね。ただし、要求は「世界の政治、経済、社会それぞれの分野に与えた影響」ですから、ドル危機をアメリカ国内の話で終わらせないように。この点がアメリカ合衆国の社会と対外関係に与えた影響」を問うている一橋の問題と違うところ。<br><br />
　「キング牧師」と「反戦運動」はどうでしょうね？この２つ、私は「政治」にするか「社会」にするか迷いました。キング牧師について、公民権法制定という点を強調して政治とするか、公民権法が人種のみならず宗教、性、出身国による差別を禁止したという社会問題の解決をめざした点を強調して社会のカテゴリーにするか。反戦運動については、政府への反体制運動という点に注目して政治にするか。いやフラワー・ムーブメントや担い手のフラワー・チルドレン（東京書籍の教科書に写真が載っています）に注目すると社会のカテゴリーのような気もする。いやフラワー・ムーブメントやウラワー・チルドレンはヒッピー文化なので、カウンター・カルチャーだろう.....。迷いますね。<br><br />
<br />
　これは政治・経済・社会に分けて書くことが難しい問題です。そもそも「60年代にはベトナム反戦運動と結びついて、黒人の人種差別撤廃を求めるキング牧師らの公民権運動や過激な都市暴動が、アメリカ社会を大きく揺るがした。」（山川の『新世界史』）のですから、ベトナム戦争後に起きた動きは政治・経済・社会のいずれにも関わる側面を持っていたように思います。たとえば帝国の教科書には、「カウンター・カルチャー」というコラムがあり、カウンター・カルチャーは公民権運動の産物であると書いてある。ならばいっそのこと、分けずに書いたらどうか。「政治では.....。経済では.....。社会では.....。」とカテゴリー分けして書ければスッキリするんですがね。苦肉の策として、逆につながりを強調した論述にしてみました。<br />
<p><br />
　「国際政治・経済」と「国際社会」の二つのカテゴリーをつくるというのが方針。<br><br />
１．ドル危機によるアメリカの経済力低下が、変動相場制や多極化、米中接近などにつながった。<br><br />
２．反戦運動が公民権運動と結びつく一方、両者はカウンター・カルチャーを生み、世界に広がった。<br><br />
<br />
つくってみたのが、以下の解答例。<br />
<br />
<strong>ベトナム戦争は、アメリカに深刻な財政赤字をもたらし、ドルの基軸通貨としての信用は低下、ドル危機が進んだ。このため1971年にアメリカはドルと金の交換を停止したが、これはブレトン=ウッズ体制の動揺を招き、73年に為替相場は変動相場制へと移行した。また軍事産業中心のアメリカ経済は家電などで日本などとの競争に敗れ、67年のEC結成とも相まって多極化が進んだが、この変化は、アメリカと中国との関係改善にもつながった。一方、米軍の北爆や残虐行為の報道は、徴兵対象者であった若者を中心としたアメリカ国内の反戦運動を盛り上げた。反戦運動は、キング牧師に指導された黒人公民権運動とも結びついて広がり、ウッドストックやフラワー・チルドレンなどヒッピー文化に代表される反体制的なカウンター・カルチャーを生み出した。この動きは世界中に広がり、フランスでは1968年の五月危機でド=ゴールは退陣を余儀なくされた。</strong><br />
<p><br />
「世界の政治、経済、社会それぞれの分野に与えた影響」の「世界の」という点はかなり強調したつもりです。ちなみに、この解答例をつくる上で役立ったのは、東京書籍と帝国書院の教科書。ウッドストックは69年なので、五月危機（68年）の一年前ですが、ウッドストックには触れておきたかったので使ってみました。「ドラッグやフラワー・ムーブメントなどのヒッピー文化」とか、ステレオタイプですが「セックス・ドラッグ・ロックンロール」でもよかったんですがね。<br />
<p><br />
　旺文社の『全国大学入試問題正解』に掲載されている解答例は、「政治面では....経済面では.....社会面では....」という書き方になっており、政治で「反戦運動」と「多極化」、経済で「ドル危機」、社会で「反戦運動」と「カウンター・カルチャー」を使っています。この解答例がよくない点は、「多極化をさらに加速」「」戦後の世界経済に転換点をもたらした」「その後の文化に影響を与えた」というふうに、世界への影響が単なるつけ足しになっている点。メインの要求は世界への影響でしょう？ここの具体例がしっかり書ければ、よい答案になったはず。東京書籍と帝国書院の教科書には、五月危機や米中国交正常化などがベトナム戦争との関係で述べられています。<br />
<br />
　カウンター・カルチャーについては、奇しくも2007年のセンター試験現代社会に「既存の社会の価値観に対抗するという傾向が強く，物質文明を否定して自然回帰を呼び掛けたヒッピーなども含まれる。」（第６問）とピンポイント出題。東京外語大の受験生なら「カウンター・カルチャーなんて知らないよ」なんて言わないこと。<br />
<br />
　でも東書の教科書には「ウッドストック」というコラムがあるのには驚き。このイベントのドキュメンタリー映画を、私は高校生の頃に見ました（リバイバル上映ですが）。熊本市新市街にあったシネロマンという小さな映画館でした（今のDENKIKANがあるところ）。同時上映が「レッド・ツェッペリン狂熱のライヴ」で、もちろんツェッペリンの方が本命。しらないミュージシャンばかりで、「はやく終わんねかな～ツェッペリン見せろよ～」と思いながら観た記憶があります。なんとも長い映画で、ラビ・シャンカールのあたりで寝てしまいました。<br><br />
　昨年はこのウッドストック・フェスティバルから40周年ということで、DVD・CDともに豪華な記念盤がリリースされています。雑誌『ストレンジ・デイズ』昨年の10月号は、表紙はビートルズなのに巻頭特集はウッドストック40周年でした。DVDに新たに加わった蔵出し映像（ディスク４）の最初は、ジョーン・バエズ。反戦フォークの旗手として、ウッドストック初日のトリだったそうですが、私が大学生のときに見たライヴ・エイドでは、60年代のカウンター・カルチャーのノリで出てしまい、見事にズッコケてました。<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%90%E3%83%AB#.E3.82.B8.E3.83.9F.E3.83.BB.E3.83.98.E3.83.B3.E3.83.89.E3.83.AA.E3.83.83.E3.82.AF.E3.82.B9.E3.81.AE.E5.90.8D.E6.BC.94" target="_blank">ウッドストックというと、やはりジミ・ヘンドリックスの演奏でしょうね。</a>ウッドストックでのジミヘンのアメリカ国歌とか、カウンター・カルチャーの例として聞かせるといいかも。映画だったら、トム・ハンクス主演の『フォレスト・ガンプ』がオススメです。<br />
<br />
<br />
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<a name="more"></a></p></p></p></p></p></p></p></p>
]]></content:encoded> 
  </item>  
  <item rdf:about="http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-02-19"> 
    <title>西ヨーロッパ世界の形成とキリスト教</title>  
    <link>http://zep.blog.so-net.ne.jp/2010-02-19</link>  
    <description>筑波大学の2007年の問題です。　十字軍の運動が始まる頃には、西ヨーロッパ世界はローマ=カトリック教会の下で統合され、独自の文明として自己を主張し始めたように見える。だがキリスト教会は古代ローマの時代から着々とその組織づくりをおこなってきていた。このキリスト教会の動きに注目しながら、十字軍が開始されるまでの西ヨーロッパ世界の形成について、以下の語句を用いて説明しなさい。　イスラム教徒　　クローヴィス　　聖像禁止令　　ニケーア公会議　　800年　難関大学受験生に論述の指導をする際、「ダメな解答例のダメな点を指摘させる」というのは有効な方法でした。赤本や『東大合格のための世界史』その他モロモロの参考書に載っている解答例を示し、「この解答例だと１００点満点で６０点。ダメな点を指摘してごらん。」とやるわけです。今年は論述が必要な生徒は２人しかいないのですが、先日使ったのはこの問題です。　使ったダメ解答は赤本の解答例。赤本の解答例の拙い点は、記述が1054年の東西両教会の分離で終わっている点です。なお予備校Yが出した解答例はもっとひどく、「フランク王国の分裂後、西ヨーロッパでは封建社会が成立したが、11世紀になると生産力の増大で余剰生産物も増え、商業が活発化して西ヨーロッパ世界の対外進出機運が高まった。」という記述で終わっています。ダメ度としてはこちらのほうが上。なおKとSは筑波の世界史の解答例を出していません。東大や京大だけでなく、東京外大や筑波の問題に対してどれくらいの解答例を出せるかが予備校の指導力の見せ所だと思いませんか？　さて、赤本の解答例に欠けているのは何でしょう？それは叙任権闘争です。「キリスト教会の動きに注目しながら、十字軍が開始されるまでの西ヨーロッパ世界の形成について」説明するのであれば、叙任権闘争に触れないわけにはいきません。西ヨーロッパ世界は800年のカールの戴冠で成立したとされますが、「十字軍が開始されるまで」という要求から、教皇皇帝主義のもとにあった東ヨーロッパとは異なり、聖権と俗権が分離していた西ヨーロッパでは叙任権闘争がおこり、教皇は十字軍を提唱することで教会主導による西ヨーロッパの統合をめざしたということまで書くべきでしょう。2002年の一橋大の問題文にあるように、「第1回十字軍の間にもなお教会改革をめぐる争いが続けられていた、ということを忘れてはいけない。」のです。なお、旺文社の『全国大..</description>  
    <dc:subject>大学受験</dc:subject>  
    <dc:creator>zep</dc:creator>  
    <dc:date>2010-02-19T22:42:52+09:00</dc:date>  
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筑波大学の2007年の問題です。<br />
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<strong>　十字軍の運動が始まる頃には、西ヨーロッパ世界はローマ=カトリック教会の下で統合され、独自の文明として自己を主張し始めたように見える。だがキリスト教会は古代ローマの時代から着々とその組織づくりをおこなってきていた。このキリスト教会の動きに注目しながら、十字軍が開始されるまでの西ヨーロッパ世界の形成について、以下の語句を用いて説明しなさい。
<p><br />
　イスラム教徒　　クローヴィス　　聖像禁止令　　ニケーア公会議　　800年</p></strong><br />
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<hr><br />
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　難関大学受験生に論述の指導をする際、「ダメな解答例のダメな点を指摘させる」というのは有効な方法でした。赤本や『東大合格のための世界史』その他モロモロの参考書に載っている解答例を示し、「この解答例だと１００点満点で６０点。ダメな点を指摘してごらん。」とやるわけです。今年は論述が必要な生徒は２人しかいないのですが、先日使ったのはこの問題です。<br />
<p><br />
　使ったダメ解答は赤本の解答例。赤本の解答例の拙い点は、記述が1054年の東西両教会の分離で終わっている点です。なお予備校Yが出した解答例はもっとひどく、「フランク王国の分裂後、西ヨーロッパでは封建社会が成立したが、11世紀になると生産力の増大で余剰生産物も増え、商業が活発化して西ヨーロッパ世界の対外進出機運が高まった。」という記述で終わっています。ダメ度としてはこちらのほうが上。なおKとSは筑波の世界史の解答例を出していません。東大や京大だけでなく、東京外大や筑波の問題に対してどれくらいの解答例を出せるかが予備校の指導力の見せ所だと思いませんか？<br />
<p><br />
　さて、赤本の解答例に欠けているのは何でしょう？それは叙任権闘争です。「キリスト教会の動きに注目しながら、十字軍が開始されるまでの西ヨーロッパ世界の形成について」説明するのであれば、叙任権闘争に触れないわけにはいきません。西ヨーロッパ世界は800年のカールの戴冠で成立したとされますが、「十字軍が開始されるまで」という要求から、教皇皇帝主義のもとにあった東ヨーロッパとは異なり、聖権と俗権が分離していた西ヨーロッパでは叙任権闘争がおこり、教皇は十字軍を提唱することで教会主導による西ヨーロッパの統合をめざしたということまで書くべきでしょう。2002年の一橋大の問題文にあるように、<strong>「第1回十字軍の間にもなお教会改革をめぐる争いが続けられていた、ということを忘れてはいけない。」</strong>のです。なお、旺文社の『全国大学入試問題正解』掲載の解答例は、叙任権闘争のことも書いてあります。指導法としては、２つ示して「どっちがいいと思うか」というのも面白いかも。<br />
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　一応解答例。<br />
<strong>325年にニケーア公会議で正統とされたカトリックは、392年にローマ帝国の国教となり、教会と帝国の結びつきが強まった。476年西ローマ帝国は滅亡したが、まもなくフランク国王クローヴィスがカトリックに改宗し、カトリック教会と結びつきを強めた。８世紀にはビザンツ皇帝レオン３世による聖像禁止令発布に反発したカトリック教会は、トゥール=ポワティエ間の戦いでイスラム教徒を撃退したフランク王国との提携を進めた。そして800年にローマ教皇はフランク王国のカール大帝にローマ皇帝の帝冠を授け、これにより西ヨーロッパ世界が成立したが、カールの死後フランク王国は分裂した。962年、カトリック教会は東フランク国王オットー１世に帝冠を授け、東フランク王国は後に神聖ローマ帝国と呼ばれるようになった。しかし、11世紀には皇帝と教皇は叙任権闘争で対立し、教皇は教会主導による西ヨーロッパの統合を目指し、十字軍を提唱するに至った。</strong><br />
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　リード文に「キリスト教会は古代ローマの時代から着々とその組織づくりをおこなってきていた」とあるので、ローマ帝国による迫害の下でも、キリスト教徒は教団の組織化をすすめたことから書き始めたかったんですが、字数が足りませんでした。もっといいプランがあれば、どなたかフォローを。<a name="more"></a></p></p>
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