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    <title>サンチャイ☆ブログ（संचै पत्र）</title>  
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    <description>周囲で起きた出来事や将来設計に向けた考えやひらめきなどを整理しておくために作ってみました。</description>  
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    <dc:creator>Sanchai</dc:creator>  
    <dc:date>2012-05-22T08:00:00+09:00</dc:date>  
    <dc:language>ja</dc:language>  
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  <item rdf:about="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-05-19"> 
    <title>『日本とインド　交流の歴史』</title>  
    <link>http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-05-19</link>  
    <description><![CDATA[<p>日本とインド 交流の歴史 (三省堂選書)編者: 山崎利男・高橋満出版社/メーカー: 三省堂発売日: 1993/01メディア: 単行本内容（「BOOK」データベースより）古代から現代にいたる日本とインドの交流の歴史を、政治・経済・文化の各領域から概観する。 市立図書館で偶然見つけて、借りて読んでみることにした。正直言って、この本は企業か何かの駐在員としてインドに赴任する予定の人が赴任前に読んでおくといい本であって、僕みたいに帰国して、インドとほとんど関連性のない仕事に従事していると、読んでいて虚しくなる。今からでも遅くないので、今インドと何らかの繋がりがある日本在住の方は、一度読んでみられることをお薦めする。1993年発刊で、既に19年も経っているが、歴史を扱っている書籍は発刊年から時間が経過していても鮮度はなかなか落ちない。今読んでも十分参考になる。</p>]]></description>  
    <dc:subject>読書日記</dc:subject>  
    <dc:creator>Sanchai</dc:creator>  
    <dc:date>2012-05-22T08:00:00+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
<!-- amazon --><div class="sonet-asin-area"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4385431736/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank"><a href="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_5ee/sanchai-documents/IndoJapan.jpg" target="_blank"><img src="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_5ee/sanchai-documents/m_IndoJapan.jpg" width="119" height="168" border="0" align="left" alt="IndoJapan.jpg" /></a></a><div class="sonet-asin-info"><p class="sonet-asin-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4385431736/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank">日本とインド 交流の歴史 (三省堂選書)</a></p><ul><li class="sonet-asin-label">編者: 山崎利男・高橋満</li><li class="sonet-asin-label">出版社/メーカー: 三省堂</li><li class="sonet-asin-label">発売日: 1993/01</li><li class="sonet-asin-label">メディア: 単行本</li></ul></div></div><div class="sonet-asin-break"></div><!--/ amazon --><blockquote><span style="color:#FF65FF;">内容（「BOOK」データベースより）<br>古代から現代にいたる日本とインドの交流の歴史を、政治・経済・文化の各領域から概観する。 </span></blockquote>市立図書館で偶然見つけて、借りて読んでみることにした。正直言って、この本は企業か何かの駐在員としてインドに赴任する予定の人が赴任前に読んでおくといい本であって、僕みたいに帰国して、インドとほとんど関連性のない仕事に従事していると、読んでいて虚しくなる。今からでも遅くないので、今インドと何らかの繋がりがある日本在住の方は、一度読んでみられることをお薦めする。1993年発刊で、既に19年も経っているが、歴史を扱っている書籍は発刊年から時間が経過していても鮮度はなかなか落ちない。今読んでも十分参考になる。<br />
<br />
<a name="more"></a>－日本の仏教の歴史の中でインドと最も近い関係をもったときは、平安初期、空海が805年、唐の長安で<br />
　真言密教の伝授を受けた時である。<br />
<br />
－「三国一の花嫁・花婿」という場合の「三国」とは、元々日本・中国・インドをさし、それが昔の日本人が知って<br />
　いた世界の範囲だったことから、全世界を意味するようになった。この「三国」を最初に用いたのは、<br />
　最澄だったらしい。<br />
<br />
－福沢諭吉は「脱亜入欧」を言ってたぐらいだから、当然ながら英領インドの独立運動に対して冷たかった。<br />
　その後も日英同盟が足枷になっていて20世紀初頭のインド独立運動を日本政府は支持しておらず、むしろ<br />
　民間人の間でインド独立運動の支援者が多かった。新宿中村屋の相馬家とか、大川周明とかがその典型。<br />
<br />
－カレー粉が日本に入って来て、日本化された明治時代には、カレーライスはインド料理に由来するとは<br />
　思われていなかった。カレーライスは和洋折衷料理の典型とされ、「洋」、すなわち西洋料理の一種と<br />
　思われて広まっていった。<br />
<br />
－インドはサンフランシスコ講和条約ではなく、1952年に別途日印平和条約を日本と締結している。即ち、<br />
　今年（2012年）は日印国交回復60周年ということになる。<br />
<br />
いやぁ、知りませんでした。本書はこの手の蘊蓄情報満載だ。<br />
<br />
日印交流の歴史と言いつつも、その背景となる世界の趨勢や日本国内の事情も相当詳しく書かれており、「インド」が直接登場しない箇所も相当ある。脱線といえば脱線だが、背景情報として知っておくのは必要だろう。編集が上手くなされていないから、結構重複した記述も見られる。日本の経済協力は2つの異なる章で登場しているし、日印のコットン貿易についても、2ヵ所ほど別の場所で詳述されている。僕が元々本書を読みたいと思ったのは、この1890年代の日印のコットン直接貿易の開始の背景に関する記述がかなり丁寧に描かれていたからである。<br />
<br />
残念ながら、結局はコットンの話で、僕が本当は知りたかったシルクの話は出て来ていない。本書の発刊年を考えると、日本がインドに養蚕分野で1991年に技術協力を始めてから2年ほどしか経過しておらず、本書がその頃のシルクについて全く記述していないのは仕方がない。ただ、それよりも1世紀も前から交流が始まっていた蚕糸業での民間技術交流については、もし本書が今改訂される機会があれば、是非加えて欲しいなと思う。<br />
<br />
<br />
<br />

]]></content:encoded> 
  </item>  
  <item rdf:about="http://rss.rssad.jp/rss/ad/BxDjluUlmv64/opUB6gsbGG8q?type=2&amp;ent=5a51261f3782c3ece3b89c85bbe5c668">
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    <description><![CDATA[<table cellspacing="0" cellpadding="0"><tbody><tr><td align="left" valign="center"><a href="http://rss.rssad.jp/rss/ad/BxDjluUlmv64/opUB6gsbGG8q?type=2" target="_blank"><img alt="" style="border: 0;" border="0" src="http://bnr.rssad.jp/rss/img/BxDjluUlmv64/opUB6gsbGG8q?type=3&ent=5a51261f3782c3ece3b89c85bbe5c668"/></a></td></tr><tr><td align="left" valign="top" > 船橋市内で駅徒歩5分、南欧風デザイン全46邸の街並み。モデルハウス公開中！ </td></tr></tbody></table><div style="font-size:10px;"><span style="padding-top:5px;"><br style="display:none"/><a href="http://www.rssad.jp/trendmatch/trendmatch.html">Ads by Trend Match</a></span><br/></div>]]></description>
    <dc:date>2012-05-22T08:00:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-05-15"> 
    <title>週報（5/14 - 5/20）</title>  
    <link>http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-05-15</link>  
    <description><![CDATA[<p>5月14日（月）：午前4時いったん起床したが、なかなか体が目覚めず、朝風呂を浴びてようやくシャキっとした。早朝ウォーキングをスキップしたので、三鷹駅まで30分歩くことにした。会社に着いてからも午前中は眠くて仕方がなかった。昼休みも30分歩き、午後になってからやるべき作業が明確になってきたことから、午後は相当集中して仕事した。19時30分過ぎに退社し、三鷹駅下車後、コメダ珈琲店で45分ほどインドの農村雇用保証制度（MGNREGS）に関する論文を読んだ。20頁のワーキングペーパーのうち、6頁ほど読んでから帰宅。22時就寝。5月15日（火）：午前3時起床。前夜読みかけで終わったMGNREGSの論文を集中して読もうと、24時間マックで1時間少々滞在。13頁まで読み進めた。6時30分に家を出て、職場入りする前にタリーズでさらに90分費やし、論文を読み切った。職場では、11時までかけてメール対応を済ませ、その後は個室に籠って120頁ほどある書籍原稿の校閲をやった。前日、海外出張中の上司から国際電話で急に言われた作業で、実はこの他にも別の書籍原稿256頁分のチェックを金曜日までに済ませなければならなかったので、今週の仕事のスケジュールを見渡し、上司から言われた作業は火曜日に集中して片付けてしまおうと考えた。しかし、思った以上に作業は捗らず、18時時点で50％程度しか終了していない。道場での稽古があって18時でいったん仕事を切り上げて帰宅した。稽古後22時就寝。5月16日（水）：午前3時起床。3時30分から6時過ぎまで24時間ガストで続きの作業。80％程度まで作業は進んだ。きつい。さらに三鷹駅前のタリーズで90分かけて作業を完了してから出勤。会社では書籍原稿校閲第二弾に着手。今度はゲラ状態になっている256頁分を、木曜夕方までに校閲を終えなければならない。校閲作業も含めて19時30分まで残業し、帰宅途中で三鷹駅前で再び喫茶店に籠って40分校閲。70頁程度までしかできずに帰宅。22時就寝。5月17日（木）：午前3時起床。3時30分から24時間ジョナサンで続きの校閲作業。約2時間で145頁まで進む。朝8時に職場入りして、さらに3時間ほど費やし、なんとか全頁校閲作業を終える。同様の作業をやっていた助手のK君と午後イチですり合わせし、その結果を執筆者に渡した。この日は、翌日から上京して来られる僕の論文指導教官に提出を求められていた博士論..</p>]]></description>  
    <dc:subject>備忘録</dc:subject>  
    <dc:creator>Sanchai</dc:creator>  
    <dc:date>2012-05-21T18:00:00+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
<strong><span style="color:#980000;">5月14日（月）</span></strong>：午前4時いったん起床したが、なかなか体が目覚めず、朝風呂を浴びてようやくシャキっとした。早朝ウォーキングをスキップしたので、三鷹駅まで30分歩くことにした。会社に着いてからも午前中は眠くて仕方がなかった。昼休みも30分歩き、午後になってからやるべき作業が明確になってきたことから、午後は相当集中して仕事した。19時30分過ぎに退社し、三鷹駅下車後、コメダ珈琲店で45分ほどインドの農村雇用保証制度（MGNREGS）に関する論文を読んだ。20頁のワーキングペーパーのうち、6頁ほど読んでから帰宅。22時就寝。<br />
<br />
<strong><span style="color:#980000;">5月15日（火）</span></strong>：午前3時起床。前夜読みかけで終わったMGNREGSの論文を集中して読もうと、24時間マックで1時間少々滞在。13頁まで読み進めた。6時30分に家を出て、職場入りする前にタリーズでさらに90分費やし、論文を読み切った。職場では、11時までかけてメール対応を済ませ、その後は個室に籠って120頁ほどある書籍原稿の校閲をやった。前日、海外出張中の上司から国際電話で急に言われた作業で、実はこの他にも別の書籍原稿256頁分のチェックを金曜日までに済ませなければならなかったので、今週の仕事のスケジュールを見渡し、上司から言われた作業は火曜日に集中して片付けてしまおうと考えた。しかし、思った以上に作業は捗らず、18時時点で50％程度しか終了していない。道場での稽古があって18時でいったん仕事を切り上げて帰宅した。稽古後22時就寝。<br />
<br />
<strong><span style="color:#980000;">5月16日（水）</span></strong>：午前3時起床。3時30分から6時過ぎまで24時間ガストで続きの作業。80％程度まで作業は進んだ。きつい。さらに三鷹駅前のタリーズで90分かけて作業を完了してから出勤。会社では書籍原稿校閲第二弾に着手。今度はゲラ状態になっている256頁分を、木曜夕方までに校閲を終えなければならない。校閲作業も含めて19時30分まで残業し、帰宅途中で三鷹駅前で再び喫茶店に籠って40分校閲。70頁程度までしかできずに帰宅。22時就寝。<br />
<br />
<strong><span style="color:#980000;">5月17日（木）</span></strong>：午前3時起床。3時30分から24時間ジョナサンで続きの校閲作業。約2時間で145頁まで進む。朝8時に職場入りして、さらに3時間ほど費やし、なんとか全頁校閲作業を終える。同様の作業をやっていた助手のK君と午後イチですり合わせし、その結果を執筆者に渡した。この日は、翌日から上京して来られる僕の論文指導教官に提出を求められていた博士論文の改訂研究計画を書き上げる作業をやったが、20時30分でギブアップし、未完成版を教授にメール送付して、職場を後にした。22時過ぎに帰宅し、布団直行。<br />
<br />
<a name="more"></a><strong><span style="color:#980000;">5月18日（金）</span></strong>：夜更かししていた娘や長男の行動に目が覚めてしまい、なんと睡眠時間2時間程度で、1時半過ぎに起床。ブログの記事など書いていたら外が明るくなり、そのまま出勤することにした。この日は午前中に打合せ1件、午後イチでもう1件、さらに職場の全体会議があったので、あまりゆっくり席に座っていなかった。前日執筆者に渡した書籍原稿のチェック作業だが、「こうしたらどうか」と良かれと思って赤ペンを入れた箇所や、文章が理解しづらいので修正を求めた箇所が、執筆者の判断で7～8割がた「却下」されたことを知った。事実誤認を指摘した箇所まで却下されていた。誤った情報が残ったまま活字になってしまうリスクが残るが、著者がリスクを取るというのならもう僕が何言っても仕方がないと思い、黙って引き下がった。労いのひと言があったわけでもなく、何だか望まれぬ作業をしてしまったみたいで徒労感が募った。本当に疲れていたが。僕はこういう場合の気持ちの切替えが上手くできない。18時30分に職場を出て1時間歩き、帰宅前にラーメンをバカ喰いして、気分転換を図った。帰宅後とっとと寝た。<br />
<br />
<strong><span style="color:#980000;">5月19日（土）</span></strong>：朝3時にすっきりと起床。週末に予定が詰まっていることから逆算し、週明けの職場内勉強会での発表資料を作るのは土曜午前中である程度目処を立てておかねばならないと判断し、4時頃から24時間ガストで早勉開始。6時で作業を打ち切って帰宅し、自宅PCでレジメ作成作業をやった。完成度90％までは何とか到達。<br />
<br />
娘の授業参観と保護者会に出ていた妻が帰宅するのと入れ違いに、僕は16時過ぎから外出。東京に来られている大学院の指導教官と目黒駅で待ち合わせ、論文指導を受けた。ここ数ヵ月、自分の生活時間の中になんとか博士論文のための時間を作れないか、今の自分の職場での仕事と論文のテーマを繋げられないかと考え悩んできたが、今週研究計画の改訂作業をやって教授に提出したことで、なんとかやれるのではないかという気がしてきた。お前が自分が指導して送り出せる最後の博士だろうと言われ、期待を裏切ることはできないなと再起を誓った。<br />
<br />
目黒駅界隈を散策したのは今の会社に転職する直前の1993年1月以来。店舗の並びは大きく変わったが、ランドスケープはあまり変わってなかったし、駅ビル「アトレ」も健在だった。懐かしいな。論文指導の後、種子島料理というお店で教授と夕食をご一緒してから帰宅。23時近くなった。<br />
<br />
<strong><span style="color:#980000;">5月20日（日）</span></strong>：がらにもないことだが、よく眠れなかった。前夜23時に帰宅してすぐに布団にもぐり込んだが、なかなか寝付けず、しかも4時台で目が覚めた。折角だから読みかけの本を読み切ってしまおうと、5時から1時間だけ朝マックした。帰宅後、前日作りかけだったレジメを完成させ、ワイシャツのアイロンがけも早めに済ませ、朝8時30分に外出。市立第二体育館へと向かった。この日は<strong><span style="color:#0000FF;">三鷹市民春季剣道大会</span></strong>だった。<br />
<br />
去年、この大会は直前の肉離れで出られず、団体戦のチーム編成にご迷惑をかけた。今年は1週前の新宿区民大会も無事に終えられたので、内心かなりやれるのではないかという気持ちを持って臨んだ。ただ、今週は平日の持ち帰り残業が相当に多く、睡眠時間も不十分と疲れがたまっていて、そんな状態で朝方のウォーミングアップできつめの稽古をやったもので、午前中の個人戦は竹刀が異様に重く感じ、しかも3分間の試合で終盤息が上がってしまった。相手の方は実業団の選手だが、段位的には僕の方が上なので、順当なら僕でも行けると思ったが、とにかくきつかった。最後は根負けして面をもらってしまい、そのまま時間切れで1回戦敗退となった。<br />
<br />
午後は団体戦。僕は道場チームの中堅。1回戦は前年も初戦で当たって敗退を余儀なくされた大学剣道部が相手。1分1敗で出番が回ってきた中堅戦は2本取って僕が勝利。勝数、本数とも並んだ勝負は代表戦にもつれ込み、我がチームの大将が1本取って勝ち上がった。2回戦は別の道場のチームが相手。ここでも0勝2敗で出番が回ってきたが、中堅戦で2本取って僕が勝ち、続く副将も2本取り、勝数は並んだが奪った本数で上回り、準決勝進出。<br />
<br />
準決勝は地元の実業団のAチーム。力負けでした。自分のところで何とか流れを変えたかったけれど、2本取られて負けてしまった。昔、個人戦で一度だけ対戦してその時は勝てた相手だったので、負けてしまったのはかなり悔しい。<br />
<br />
三位決定戦は行われなかったので、準決勝進出時点で三位入賞も確定。手ぶらで帰宅したくないなと思っていたので、団体戦の方で表彰状をいただき、自分なりにも貢献できたと思うので、一応胸を張って帰宅した。個人戦の1回戦敗退と団体準決勝中堅戦での敗退は、今後ももっと修行を積んで、雪辱を果たせるようになりたい。<br />
<br />
この日は娘の13歳の誕生日だったので、近所に住む（娘の）祖父母もお招きして、一緒に祝った。義父ともビールで乾杯したが、550ml缶を2本少々空けたら、その後睡魔に襲われ、22時には沈没。朝も軽い二日酔いで起き上がれず、珍しくも8時間以上眠ってしまった。<br />

]]></content:encoded> 
  </item>  
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    <description><![CDATA[<table cellspacing="0" cellpadding="0"><tbody><tr><td align="left" valign="center"><a href="http://rss.rssad.jp/rss/ad/BxDjluUlmv64/kyIpr5HpbGUT?type=2" target="_blank"><img alt="" style="border: 0;" border="0" src="http://bnr.rssad.jp/rss/img/BxDjluUlmv64/kyIpr5HpbGUT?type=3&ent=9172e36f3363dc6b99b8386680971c4c"/></a></td></tr><tr><td align="left" valign="top" > Ａｎｄｒｏｉｄ端末への簡単連携やＤｒｏｐｂｏｘにも素早く保存など、新機能も豊富！ </td></tr></tbody></table><div style="font-size:10px;"><span style="padding-top:5px;"><br style="display:none"/><a href="http://www.rssad.jp/trendmatch/trendmatch.html">Ads by Trend Match</a></span><br/></div>]]></description>
    <dc:date>2012-05-21T18:00:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-05-18-2"> 
    <title>『太陽の塔』</title>  
    <link>http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-05-18-2</link>  
    <description><![CDATA[<p>太陽の塔 (新潮文庫)作者: 森見 登美彦出版社/メーカー: 新潮社発売日: 2006/05メディア: 文庫出版社／著者からの内容紹介私の大学生活には華がない。特に女性とは絶望的に縁がない。三回生の時、水尾さんという恋人ができた。毎日が愉快だった。しかし水尾さんはあろうことか、この私を振ったのであった！　クリスマスの嵐が吹き荒れる京の都、巨大な妄想力の他に何も持たぬ男が無闇に疾走する。失恋を経験したすべての男たちとこれから失恋する予定の人に捧ぐ、日本ファンタジーノベル大賞受賞作。―――のっけから申し訳ないが、多分もうしばらくの間、森見作品は読まないと思う。『太陽の塔』という、いかにも1960年代生まれの読者が喜びそうな主題を持ってきた割に、中味は今どきの考え過ぎる大学生の妄想話が中心。京都に土地勘がないので場面がイメージしにくかったこともあるが、難しいセリフ回しをわざと多用しているので、読むのが苦痛だった。なぜこんな作品が支持されるのか、全く理解できなかった。なぜ、主人公の「私」は、恋人の誕生日に、「電動式の招き猫」などわざわざプレゼントで贈るのか。なぜ恋人の水尾さんが、あれほどまでに「太陽の塔」に魅せられるのか。そしてなぜ野郎どもはクリスマスイブに四条河原町に繰り出し、「ええじゃないか」運動を起こそうとするのか。「邪眼」を持つという植村嬢は、結局どういう位置づけだったのか。結末の意味も理解できなかった。確かに、学生時代であれば、僕らだってやたらと考え事をして、妄想を膨らませていたと思う。しかし、今や時間の価値が格段に高まり、目的達成を最短距離で最少費用で果たしたいと思う、しがない40代のオヤジでしかないのが今の僕である。僕の年齢ではこの手のファンタジー小説は理解するのが難しいのかもしれない。こうした小説の価値が評価できないかもしれない。もはや僕はこの手の小説を読んで楽しめる年齢ではないということなのだろう。森見登美彦さん、ごめんなさいね。</p>]]></description>  
    <dc:subject>読書日記</dc:subject>  
    <dc:creator>Sanchai</dc:creator>  
    <dc:date>2012-05-20T08:00:00+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
<!-- amazon --><div class="sonet-asin-area"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4101290512/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51V3NSREZFL._SL160_.jpg" class="sonet-asin-image" alt="太陽の塔 (新潮文庫)" title="太陽の塔 (新潮文庫)"></a><div class="sonet-asin-info"><p class="sonet-asin-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4101290512/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank">太陽の塔 (新潮文庫)</a></p><ul><li class="sonet-asin-label">作者: 森見 登美彦</li><li class="sonet-asin-label">出版社/メーカー: 新潮社</li><li class="sonet-asin-label">発売日: 2006/05</li><li class="sonet-asin-label">メディア: 文庫</li></ul></div></div><div class="sonet-asin-break"></div><!--/ amazon --><blockquote><span style="color:#FF65FF;">出版社／著者からの内容紹介<br>私の大学生活には華がない。特に女性とは絶望的に縁がない。三回生の時、水尾さんという恋人ができた。毎日が愉快だった。しかし水尾さんはあろうことか、この私を振ったのであった！　クリスマスの嵐が吹き荒れる京の都、巨大な妄想力の他に何も持たぬ男が無闇に疾走する。失恋を経験したすべての男たちとこれから失恋する予定の人に捧ぐ、日本ファンタジーノベル大賞受賞作。</span></blockquote>―――のっけから申し訳ないが、多分もうしばらくの間、森見作品は読まないと思う。<br />
<br />
『太陽の塔』という、いかにも1960年代生まれの読者が喜びそうな主題を持ってきた割に、<br />
中味は今どきの考え過ぎる大学生の妄想話が中心。<br />
京都に土地勘がないので場面がイメージしにくかったこともあるが、<br />
難しいセリフ回しをわざと多用しているので、読むのが苦痛だった。<br />
<br />
なぜこんな作品が支持されるのか、全く理解できなかった。<br />
なぜ、主人公の「私」は、恋人の誕生日に、「電動式の招き猫」などわざわざプレゼントで贈るのか。<br />
なぜ恋人の水尾さんが、あれほどまでに「太陽の塔」に魅せられるのか。<br />
そしてなぜ野郎どもはクリスマスイブに四条河原町に繰り出し、「ええじゃないか」運動を起こそうとするのか。<br />
「邪眼」を持つという植村嬢は、結局どういう位置づけだったのか。<br />
結末の意味も理解できなかった。<br />
<br />
確かに、学生時代であれば、僕らだってやたらと考え事をして、妄想を膨らませていたと思う。<br />
しかし、今や時間の価値が格段に高まり、目的達成を最短距離で最少費用で果たしたいと思う、<br />
しがない40代のオヤジでしかないのが今の僕である。<br />
<br />
僕の年齢ではこの手のファンタジー小説は理解するのが難しいのかもしれない。<br />
こうした小説の価値が評価できないかもしれない。<br />
もはや僕はこの手の小説を読んで楽しめる年齢ではないということなのだろう。<br />
森見登美彦さん、ごめんなさいね。<br />
<a name="more"></a>
]]></content:encoded> 
  </item>  
  <item rdf:about="http://rss.rssad.jp/rss/ad/BxDjluUlmv64/PYMEtCB7Vnfz?type=2&amp;ent=3b4b75e9026e7c19a20e2231249fb074">
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    <description><![CDATA[<table cellspacing="0" cellpadding="0"><tbody><tr><td align="left" valign="center"><a href="http://rss.rssad.jp/rss/ad/BxDjluUlmv64/PYMEtCB7Vnfz?type=2" target="_blank"><img alt="" style="border: 0;" border="0" src="http://rss.rssad.jp/rss/img/BxDjluUlmv64/PYMEtCB7Vnfz?type=3&ent=3b4b75e9026e7c19a20e2231249fb074"/></a></td></tr><tr><td align="left" valign="top" > 20年以上不正コピー撲滅運動に取り組んでいるエキスパートBSAにお任せください。 </td></tr></tbody></table><div style="font-size:10px;"><span style="padding-top:5px;"><br style="display:none"/><a href="http://www.rssad.jp/trendmatch/trendmatch.html">Ads by Trend Match</a></span><br/></div>]]></description>
    <dc:date>2012-05-20T08:00:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-05-18-1"> 
    <title>『参謀』</title>  
    <link>http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-05-18-1</link>  
    <description><![CDATA[<p>参謀―落合監督を支えた右腕の「見守る力」作者: 森 繁和出版社/メーカー: 講談社発売日: 2012/04/06メディア: 単行本（ソフトカバー）内容説明名将・落合監督の右腕、懐刀として8年間、ドラゴンズのコーチを務めた、人望ある参謀が、落合監督の素顔から、若手の育て方、強い組織の作り方を、8年間のドラゴンズでのエピソードを例に、余すところなく書いた。なぜドラゴンズは強かったのか？　ジャイアンツを苦しめた選手起用の妙。徹底した情報管理の秘策。落合采配はどこがすごいのか？落合監督も、「またユニフォームを着られるなら、必ずシゲを呼ぶ」と、断言、本書の内容に太鼓判 以前、落合博満前監督の『采配』を読み、その中でも森繁和ヘッドコーチのことを高く評価されていたので、森HCが著書を出すと知り、なんとなくカップリング販売のような感覚で購入してしまった。お金を払ってでも読みたい本だ。そして、お金を払ったことを後悔しないだけの中身の濃い1冊だった。落合前監督の著書の方は、特定選手の評価や選手とのエピソードを語る箇所が意外と少なかったように思うが、森前コーチの著書では、特定選手の特徴や性格、裏話などが頻繁に出て来て、落合ドラゴンズの8年間をずっと追いかけていた僕としては、あの時はそうだったのかと確かめながら、懐かしみながら、楽しく読むことができた。これを読んだら、落合監督よりも投手王国・中日の実質的なキーパーソンは森コーチだったんだなというのがとてもよくわかる。（そして、落合監督が理想のトップであることも。）投手起用のほとんどが森コーチの主導だったというのも。2007年日本シリーズ第5戦での山井・岩瀬の「完全リレー」では、マスコミや野球評論家は落合采配をボロクソに批判し、落合監督も「勝つのに最善の選択」とか「これがうちの勝ちパターン」とサラッと述べて多くを語らなかったが、あの判断が実は森コーチによるものだったというのを本書で知り、落合監督というのは本当にコーチを守る指揮官だったのだな改めて感心させられた。そして、あの状況でリリーフして3人を凡退に打ち取り、「完全リレー」を完成させた岩瀬を高く評価する旨を述べていることで、森コーチの著書の価値も高まったと思う。（僕も、あの時は山井が完全試合を逃したのが残念というよりも、あの状況で完全リリーフをやってのけた岩瀬が凄いと驚いた1人だった。）</p>]]></description>  
    <dc:subject>読書日記</dc:subject>  
    <dc:creator>Sanchai</dc:creator>  
    <dc:date>2012-05-19T08:00:00+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
<!-- amazon --><div class="sonet-asin-area"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062175983/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51TCGS8F-nL._SL160_.jpg" class="sonet-asin-image" alt="参謀―落合監督を支えた右腕の「見守る力」" title="参謀―落合監督を支えた右腕の「見守る力」"></a><div class="sonet-asin-info"><p class="sonet-asin-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062175983/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank">参謀―落合監督を支えた右腕の「見守る力」</a></p><ul><li class="sonet-asin-label">作者: 森 繁和</li><li class="sonet-asin-label">出版社/メーカー: 講談社</li><li class="sonet-asin-label">発売日: 2012/04/06</li><li class="sonet-asin-label">メディア: 単行本（ソフトカバー）</li></ul></div></div><div class="sonet-asin-break"></div><!--/ amazon --><blockquote><span style="color:#FF65FF;">内容説明<br>名将・落合監督の右腕、懐刀として8年間、ドラゴンズのコーチを務めた、人望ある参謀が、落合監督の素顔から、若手の育て方、強い組織の作り方を、8年間のドラゴンズでのエピソードを例に、余すところなく書いた。
なぜドラゴンズは強かったのか？　ジャイアンツを苦しめた選手起用の妙。徹底した情報管理の秘策。落合采配はどこがすごいのか？落合監督も、「またユニフォームを着られるなら、必ずシゲを呼ぶ」と、断言、本書の内容に太鼓判 </span></blockquote>以前、落合博満前監督の『采配』を読み、その中でも森繁和ヘッドコーチのことを高く評価されていたので、森HCが著書を出すと知り、なんとなくカップリング販売のような感覚で購入してしまった。お金を払ってでも読みたい本だ。そして、お金を払ったことを後悔しないだけの中身の濃い1冊だった。落合前監督の著書の方は、特定選手の評価や選手とのエピソードを語る箇所が意外と少なかったように思うが、森前コーチの著書では、特定選手の特徴や性格、裏話などが頻繁に出て来て、落合ドラゴンズの8年間をずっと追いかけていた僕としては、あの時はそうだったのかと確かめながら、懐かしみながら、楽しく読むことができた。<br />
<br />
これを読んだら、落合監督よりも投手王国・中日の実質的なキーパーソンは森コーチだったんだなというのがとてもよくわかる。（そして、落合監督が理想のトップであることも。）投手起用のほとんどが森コーチの主導だったというのも。2007年日本シリーズ第5戦での山井・岩瀬の「完全リレー」では、マスコミや野球評論家は落合采配をボロクソに批判し、落合監督も「勝つのに最善の選択」とか「これがうちの勝ちパターン」とサラッと述べて多くを語らなかったが、あの判断が実は森コーチによるものだったというのを本書で知り、落合監督というのは本当にコーチを守る指揮官だったのだな改めて感心させられた。そして、あの状況でリリーフして3人を凡退に打ち取り、「完全リレー」を完成させた岩瀬を高く評価する旨を述べていることで、森コーチの著書の価値も高まったと思う。（僕も、あの時は山井が完全試合を逃したのが残念というよりも、あの状況で完全リリーフをやってのけた岩瀬が凄いと驚いた1人だった。）<br />
<br />
<a name="more"></a>そんな落合・森両氏がチームを去り、後任高木監督の体制で、ドラゴンズはその強さを維持できるのか―――。<br />
ドラゴンズファンの僕としては、それが一番知りたいところだ。高木監督の采配を巡ってはネット上では批判的なコメントがやたらと目立つ。元々インタビューの受け答えがぎこちない人なので、ぶっきらぼうな発言が目立つのは致し方ないかなと思うのだが、選手のパフォーマンスについて喋りすぎだなというのはずっと気になっている。それと同等かそれ以上の密なコミュニケーションを選手ととっているのならいいのだが、そういうキャラでもないような気がするし。<br />
<br />
だから、森前コーチが、本書の中で、2003年に投手コーチに就任した当時、既に中日は練習量が多かったという話を読み、救われた気もした。元々練習量が多いチームだったんだ。結局、プレーするのは選手なわけで、その選手が練習の必要性を理解し、考える野球をしていれば、監督が代わったぐらいで成績は簡単には落ちないだろうと思えた。<br />
<br />
ただ、投手の起用のほとんどを森コーチが決めていて、落合監督はあまりそれに口を挟まなかったのだとしたら、今森氏には是非とも聞いてみたいことがある。それは、今季の浅尾の不調である。一部のにわか中日ファンは、高木・権藤の起用法に問題があるというし、落合前監督が浅尾を使い過ぎたのだと前監督を批判する材料として利用する人もいる。しかし、本書を読むと、浅尾にそんなに投げさせる判断をしたのは当時の森コーチだったことがわかる。であればなおのこと、なぜあれほど浅尾を起用したのか、今季の浅尾の不調をどう見ているのかを聞いてみたい。でも、森さんはこう答えるだろう。「シーズンを乗り切れる体力は既に十分備わっている、浅尾は自分で考えられる選手である。」従って、今の不調を浅尾は自分なりに分析し、熟考し、見事に復調を果たして再び1軍に戻ってくるであろうと。<br />
<br />
繰り返すが、コストパフォーマンスが相当に良い1冊である。これを読めば、今のドラゴンズに対する愛着も湧くに違いない。勝利至上主義でファンに媚びを売らなかった落合・森両氏がこうして選手の育成や起用に関する著書を相次いで出してくれたことで、両氏は最後の最後にドラゴンズファンに大きなサービスを提供してくれたと感謝したい。
]]></content:encoded> 
  </item>  
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    <dc:date>2012-05-19T08:00:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-05-18"> 
    <title>『オーガニックコットン物語』</title>  
    <link>http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-05-18</link>  
    <description><![CDATA[<p>オーガニックコットン物語作者: 宮崎 道男出版社/メーカー: コモンズ発売日: 2010/04メディア: 単行本著者の宮崎です。恥ずかしながら評価に５星をつけてしまいました。「オーガニックコットン」という言葉は、かなり浸透しているようですが、詳しい内容については、ほとんど認識されていません。一般的にも農薬を使わないからエコロジーにいい、安全で健康にいい位の認識だと思います。実は、オーガニックコットンの背景には、現代と言う資本の論理で動く特異な時代にある不都合を元に戻そう、変えてゆこうというはっきりした意思があります。著者自身１９７３年にアメリカからこのオーガニックコットンを持ち帰り普及活動をしてきましたが、オーガニックコットンがもつテーマはこれからの未来に向けてみんなが幸せになる、あるべき姿を見せていると考えています。この本を読んで頂き、どうぞ健康で平和な時代を担うお気持ちを高めていただけたら嬉しいす。（Amazonでの著者コメント）今週、ブログ更新が滞ってしまい申し訳ありません。（なんて、謝る必要があるのだろうか…。）仕事が猛烈に忙しく、月曜から金曜まで、ブログ更新に充てる時間がありませんでした。極限まで生活時間の無駄を省いて（最低4～5時間の睡眠時間は確保して）、仕事に充てたらこうなるだろう…という生活を送ってきました。今朝（18日）は今週初めて自宅に仕事を持ち帰っていない早朝となったので、1つぐらい記事アップしようと思ってPCに向かったところです。本書は、GW中に駅前の市立図書館で借りて、早々に読み終えてしまった1冊である。僕が自分の読書記録を管理するために利用している「読書メーター」で、2009年6月の記録開始以来、通算500冊目の読了書籍となったのがこの1冊だ。（だからといって何もお祝いはしていないが…。）インド駐在時代にフェリシモの「PEACE BY PEACEコットンプロジェクト」（PBP）というのの立ち上げに関与した経緯があって、僕はインド産オーガニックコットンについてまんざら知らないわけでもないが、コットンについてちゃんと知らないという自覚が常にあり、いつかコットンについてちゃんと勉強しようという思っていた。本書は、そういう事情から細々と始めたコットン関連書籍の読み込み第1弾である。</p>]]></description>  
    <dc:subject>読書日記</dc:subject>  
    <dc:creator>Sanchai</dc:creator>  
    <dc:date>2012-05-18T08:00:00+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
<!-- amazon --><div class="sonet-asin-area"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4861870674/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41ZqlIIcvTL._SL160_.jpg" class="sonet-asin-image" alt="オーガニックコットン物語" title="オーガニックコットン物語"></a><div class="sonet-asin-info"><p class="sonet-asin-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4861870674/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank">オーガニックコットン物語</a></p><ul><li class="sonet-asin-label">作者: 宮崎 道男</li><li class="sonet-asin-label">出版社/メーカー: コモンズ</li><li class="sonet-asin-label">発売日: 2010/04</li><li class="sonet-asin-label">メディア: 単行本</li></ul></div></div><div class="sonet-asin-break"></div><br />
<!--/ amazon --><blockquote><span style="color:#FF65FF;">著者の宮崎です。恥ずかしながら評価に５星をつけてしまいました。「オーガニックコットン」という言葉は、かなり浸透しているようですが、詳しい内容については、ほとんど認識されていません。一般的にも農薬を使わないからエコロジーにいい、安全で健康にいい位の認識だと思います。実は、オーガニックコットンの背景には、現代と言う資本の論理で動く特異な時代にある不都合を元に戻そう、変えてゆこうというはっきりした意思があります。著者自身１９７３年にアメリカからこのオーガニックコットンを持ち帰り普及活動をしてきましたが、オーガニックコットンがもつテーマはこれからの未来に向けてみんなが幸せになる、あるべき姿を見せていると考えています。この本を読んで頂き、どうぞ健康で平和な時代を担うお気持ちを高めていただけたら嬉しいす。（Amazonでの著者コメント）</span></blockquote>今週、ブログ更新が滞ってしまい申し訳ありません。（なんて、謝る必要があるのだろうか…。）仕事が猛烈に忙しく、月曜から金曜まで、ブログ更新に充てる時間がありませんでした。極限まで生活時間の無駄を省いて（最低4～5時間の睡眠時間は確保して）、仕事に充てたらこうなるだろう…という生活を送ってきました。今朝（18日）は今週初めて自宅に仕事を持ち帰っていない早朝となったので、1つぐらい記事アップしようと思ってPCに向かったところです。<br />
<br />
本書は、GW中に駅前の市立図書館で借りて、早々に読み終えてしまった1冊である。僕が自分の読書記録を管理するために利用している「読書メーター」で、2009年6月の記録開始以来、通算500冊目の読了書籍となったのがこの1冊だ。（だからといって何もお祝いはしていないが…。）<br />
<br />
インド駐在時代にフェリシモの<strong><span style="color:#0000FF;">「PEACE BY PEACEコットンプロジェクト」（PBP）</span></strong>というのの立ち上げに関与した経緯があって、僕はインド産オーガニックコットンについてまんざら知らないわけでもないが、コットンについてちゃんと知らないという自覚が常にあり、いつかコットンについてちゃんと勉強しようという思っていた。本書は、そういう事情から細々と始めたコットン関連書籍の読み込み第1弾である。<br />
<br />
<a name="more"></a>著者が宣伝しているように、オーガニックコットンについては名前はよく知られているがその実態についてはちゃんと理解されていない。ひとえに「オーガニック」と言っても、その「オーガニック性」を管理し保証するためには、関係者の間で大変な努力を必要とする。例えば、自分の農園ではオーガニック栽培が行なわれていたとしても、隣りにノーマルコットンを栽培する農家があったりすると、花粉が飛んできてノーマルコットンの花粉がオーガニックコットンに受粉してしまうことがある。似たことはジン工場（種除去）でも起きうる。オーガニックとノーマルとを交互にジニングしているような工場では、やはりオーガニックにノーマルコットンが混入するようなことが起こりかねない。同様に、自分は在来種子でオーガニック栽培をしていても、近隣に遺伝子組み換え種子（GM種子）で栽培している農家があれば、GMが混入してしまう恐れがある。綿毛は軽くて飛びやすいということを、本書で初めて理解できた気がする。<br />
<br />
しかも、こうした混入のリスクを、コットン原料を調達した側がどう判断するのか―――100％オーガニックが保証できない場合、それでもその原料を用いて綿布を作って製品加工して「オーガニックだ」と言って商品販売するのか、或いは100％が保証できないなら「オーガニック」ではないとして、商品への加工・販売は中止するのか、そのあたりの判断は、仕入れる側のモラルが問われるところである。著者はそういう経験を何度もしてきているので、語られるエピソードがとてもリアルで、説得力がある。<br />
<br />
世間一般にある「オーガニック」商品への誤解についても具体的に述べている。<br />
<blockquote>東京・新宿にある大手デパートの売り場に行き、客を装って販売員に尋ねました。<br>「オーガニックコットンって、なんですか？」<br>
「このTシャツのように、草や花など自然の柄がデザインされたものをオーガニックコットンと呼びます」<br>
（中略）<br>
また、ありえないような低価格で売られているスーパーやデパートもありました。たとえば、オーガニックコットン製のTシャツは当時2900円が相場でしたが、1500～1800円で売られていたのです（認証ラベルはなし）。8000～1万円のパジャマが2500円で売られていたケースもありました。（pp.49-50）</blockquote>オーガニック栽培は、疾病対策や害虫駆除、土壌管理等で手間がかかるため、単位収量当たりの生産コストは通常高くなる。そのために20～30％のプレミアム付きで取引され、それが生産農家のインセンティブになっている。だから、オーガニックコットン製品がノーマルコットンの製品よりも安く売られること自体が考えられない。（この話は他のオーガニック食材にもかなり当てはまると思う。）<br />
<br />
加えて、本書ではインドのビオレ（Bio-Re）プロジェクトのことに若干触れられていて、その部分は参考になった。インドに駐在していた時からビオレのことは知っていたが、スイスの民間団体が主導していたプロジェクトだが、2009年当時は既に終了していたと記憶している。プロジェクトとしてはそうだが、既に生産チェーンとしては確立されているということなのだろうか。いずれにしても、著者がビオレからオーガニックコットンを買い付けて日本で製品販売しているという、著者とインドとの関わりが知れて、良かったと思う。<br />
<br />
ただ、「なぜGM種子がいけないか」の理由が述べられている章は、若干論理展開が散漫になっているような気がした。引用している事例がコットンではなく食用作物の話であったりして、そりゃ食べ物がGMだったらどんな健康被害が将来起こり得るかは想像もできず、リスクがないとは言えないだろうが、GM種子を原料に用いた衣料品が在来種種子を原料にした衣料品よりも肌触りが有意に違うとか、使用していて健康に影響があるとか、少なくとも消費者にとってはそういうことはないのではないかと思う。コットンならコットンを中心とした論理展開をして欲しかったところはある。<br />
<br />
著者は「化学物質を使わないから着る人に快適」だという。オーガニックコットンとノーマルコットンを比較したらその点は確かに言えるのかもしれないし、そうした論拠となる事例が多く本書では紹介されていると思う。ただ、GM種子の使用とオーガニック栽培とはイコールではない。GM種子を使ってオーガニック栽培を行った場合と比べて、在来種子を使ってオーガニック栽培を行った場合も「着る人に快適」と言い切れるのだろうか。（勿論、オーガニックコットンを推進している関係者は、GM種子にも反対の立場をとっておられる方が圧倒的に多く、著者もそんな1人なのだが。）<br />
<br />
いずれにせよ頁数としては薄いがとても勉強になる本である。と同時に、もし僕達がPBPコットンプロジェクトの立ち上げに至るまでのストーリーと実際の現場のコットン栽培農家や地域の人々の生活の様子などを紹介した本を書こうと思ったら、コモンズのような出版社に原稿を持ち込んでみるのは1つの手だなとも思った。<br />
<br />
ちなみに、文中言及したフェリシモのPBPコットンプロジェクトについては、今月号の女性月刊誌LEEでも紹介されているので、是非買ってご笑覧下さい。（買わなくても、図書館で立ち読みしてね！）<br />
<br />
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  </item>  
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    <description><![CDATA[<table cellspacing="0" cellpadding="0"><tbody><tr><td align="left" valign="center"><a href="http://rss.rssad.jp/rss/ad/BxDjluUlmv64/w7RGF_TcA5NS?type=2" target="_blank"><img alt="" style="border: 0;" border="0" src="http://rss.rssad.jp/rss/img/BxDjluUlmv64/w7RGF_TcA5NS?type=3&ent=5fedebe0ee9461a0c8bece0e5eadb808"/></a></td></tr><tr><td align="left" valign="top" > 理想の沿線、田園都市線、東横線で住みたい間取りは…？新築マンション特集 </td></tr></tbody></table><div style="font-size:10px;"><span style="padding-top:5px;"><br style="display:none"/><a href="http://www.rssad.jp/trendmatch/trendmatch.html">Ads by Trend Match</a></span><br/></div>]]></description>
    <dc:date>2012-05-18T08:00:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-05-12"> 
    <title>週報（5/7 - 5/13）</title>  
    <link>http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-05-12</link>  
    <description><![CDATA[<p>5月7日（月）：午前4時起床。早朝ウォーキングをこなしてから出勤。この日は僕が載っている雑誌LEEの発売日だったので、朝からそわそわ。昼休みも会社を抜けて近所のコンビニに行ってみたが、未だ棚には陳列されていなかった。帰宅途中でLEEを2冊購入し、自宅で家族に見せびらかした。22時就寝。5月8日（火）：午前中外勤があったので、早めに目的地に行き、最寄り駅界隈の喫茶店で2時間近く予習をやった。外勤先で昼ごろまで過ごした後、本社に立ち寄り、インドから任期を終えて帰国した関係者2人の報告会に出た。そこから職場に戻り、会議を1つ挟んで、今度はインドから一時帰国中の僕の元部下が僕を訪ねて来てくれたので応対。この日は久し振りにインドのことを話せる相手と楽しいひと時を過ごさせていただいた。18時に元部下たちと別れ、道場での稽古に臨んだ。22時就寝。5月9日（水）：午前3時起床。雨だったのでウォーキングは諦め、午前9時出社。午後は外勤し、そのまま外勤先から直帰。この日は市の国際交流協会の定例部会があったので、18時30分から会議に出席。他薦で副部会長にさせられてしまった。議案を見ていて、なんとなくそうなるのではないかという予感はあったが、ちょっと心理的な負担が大きい。そこまで国際交流協会の仕事の全体にコミットしたいとも思っていなかったし。部会の後1時間近く事務局の方や部会長と立ち話し、その後帰宅。22時就寝。5月10日（木）：午前3時起床。8時出社。この日は夕方17時45分にあがり、職場の同僚数人と東京ドームで巨人－横浜DeNA戦を観戦。中日ファンの僕にとっては結果がどちらに転んでもいい試合だったが、仲間の1人が熱狂的な横浜ファンだったので、横浜を応援した。引き締まったいい試合だった。途中中畑監督が審判抗議に登場した時には、場内大喜び。さらには、この日発売の週刊誌FRIDAYでテレビ東京の秋元玲奈アナとの交際が発覚した石川選手も途中出場させる粋なはからいで、試合は引き分けだったが大満足で球場を後にした。帰宅は24時近かった。</p>]]></description>  
    <dc:subject>備忘録</dc:subject>  
    <dc:creator>Sanchai</dc:creator>  
    <dc:date>2012-05-14T19:23:00+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
<strong><span style="color:#980000;">5月7日（月）</span></strong>：午前4時起床。早朝ウォーキングをこなしてから出勤。この日は僕が載っている雑誌LEEの発売日だったので、朝からそわそわ。昼休みも会社を抜けて近所のコンビニに行ってみたが、未だ棚には陳列されていなかった。帰宅途中でLEEを2冊購入し、自宅で家族に見せびらかした。22時就寝。<br />
<br />
<strong><span style="color:#980000;">5月8日（火）</span></strong>：午前中外勤があったので、早めに目的地に行き、最寄り駅界隈の喫茶店で2時間近く予習をやった。外勤先で昼ごろまで過ごした後、本社に立ち寄り、インドから任期を終えて帰国した関係者2人の報告会に出た。そこから職場に戻り、会議を1つ挟んで、今度はインドから一時帰国中の僕の元部下が僕を訪ねて来てくれたので応対。この日は久し振りにインドのことを話せる相手と楽しいひと時を過ごさせていただいた。18時に元部下たちと別れ、道場での稽古に臨んだ。22時就寝。<br />
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<strong><span style="color:#980000;">5月9日（水）</span></strong>：午前3時起床。雨だったのでウォーキングは諦め、午前9時出社。午後は外勤し、そのまま外勤先から直帰。この日は市の国際交流協会の定例部会があったので、18時30分から会議に出席。他薦で副部会長にさせられてしまった。議案を見ていて、なんとなくそうなるのではないかという予感はあったが、ちょっと心理的な負担が大きい。そこまで国際交流協会の仕事の全体にコミットしたいとも思っていなかったし。部会の後1時間近く事務局の方や部会長と立ち話し、その後帰宅。22時就寝。<br />
<br />
<strong><span style="color:#980000;">5月10日（木）</span></strong>：午前3時起床。8時出社。この日は夕方17時45分にあがり、職場の同僚数人と東京ドームで巨人－横浜DeNA戦を観戦。中日ファンの僕にとっては結果がどちらに転んでもいい試合だったが、仲間の1人が熱狂的な横浜ファンだったので、横浜を応援した。引き締まったいい試合だった。途中中畑監督が審判抗議に登場した時には、場内大喜び。さらには、この日発売の週刊誌FRIDAYでテレビ東京の秋元玲奈アナとの交際が発覚した石川選手も途中出場させる粋なはからいで、試合は引き分けだったが大満足で球場を後にした。帰宅は24時近かった。<br />
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<a name="more"></a><blockquote><script type="text/javascript" src="http://jss.afpbb.com/sdata/newsdelivery/sonet/js/utf8/8926000/2f8866c3d396dcded0a4fd2ea2dce169.js"></script></blockquote>ところで、春の珍事というか、メジャーリーグの強豪ひしめくアメリカンリーグ東地区で万年最下位を低迷していたボルチモア・オリオールズが、なんと地区でレイズと首位争いを繰り広げているらしい。ヤンキースやレッドソックスをさしおいて…。元々僕はオリオールズのファンで、米国駐在時代はよくボルチモアまで試合観戦に出かけていたので、この躍進は嬉しい。しかもその立役者の1人はドラゴンズから移籍したチェンであることが嬉しい。どこかで息切れしないという保証はないが、ダルビッシュのいるテキサス・レンジャーズとほぼ同数の勝ち星を挙げて貯金を積み重ねている今期は相当期待できそうだ。<br />
<br />
<strong><span style="color:#980000;">5月11日（金）</span></strong>：午前5時30分起床。9時出社。18時30分頃退社。先月の国際理解講座の打ち上げ会が三鷹であり、国際交流協会の関係者の方々と飲んだ。話が弾んでお店を出たのは22時30分過ぎ。歩いて帰宅。23時30分就寝。今週はこんな具合で夜の予定が多く入っており、残業もままならなかったのがつらかった。（残業をビルトインしたライフスタイルもつらいが…）<br />
<br />
<strong><span style="color:#980000;">5月12日（土）</span></strong>：朝、まったく起きれなかった。5時頃目が覚めていったんは布団を出て居間に下りたのだが、居間の床で二度寝してしまい、家族が起きてきてやむなく体を起こした時には8時近かった。今週に入ってから僕の花粉症の本格的に悪化してきたなと感じていたが、この日は最悪で、くしゃみと鼻水が止まらず、ティッシュボックスが手放せない状態になった。鼻をかみ過ぎて鼻の頭がかぶれたような状態になった。悪寒もひどく、この時期にも関わらず、スパッツをはいて膝下を暖めていないと辛かった。血行が非常に悪い。加えて微熱もあった。花粉症には間違いないのだが、この症状は寒暖の差の激しさに体がついていけずに風邪をひいたからではないかと思った。結局剣道の稽古もやれる状態ではなく、21時には就寝することにした。<br />
<br />
<strong><span style="color:#980000;">5月13日（日）</span></strong>：午前3時起床。6時間睡眠は僕としては多めだったので、気持ちよく目覚めた。鼻は少しむずむずするが、いるとくしゃみが始まってしまう居間に長くとどまるよりも別の場所で過ごした方が体が楽かもしれないと思い、24時間ガストで3時間近く早勉し、6時30分帰宅。身支度を整えて、次男を連れて剣道の試合に出かけた。新宿区剣道大会が開催され、会社のチームで出場するのだ。<br />
<br />
この大会は去年も出場し、団体予選リーグ3チーム総当たり戦の初戦で試合途中に肉離れを起こしてしまい、その2週間後の三鷹市民大会も欠場を余儀なくされたという悪夢の大会だ。ただ、去年の経験があったので、四段を取って臨む今年は、少なくとも学生相手には互角に戦えるのではないかと密かに期待していた。前日体調を崩していて試合当日も微熱があると感じたが、試合の方はチーム副将で出て1勝1分とまあ最低限の仕事はして、しかも無事に試合を終えることができた。チームとしては予選リーグ連敗で、2試合とも副将の出番が回ってくるまでに勝負はついてしまっていたが、そこで流れを断ち切り、副将、大将戦では互角以上の戦いができた。息子が試合会場すぐそばで観戦していた2戦目は、序盤に小手すり上げ面で1本先取し、その後も何本か惜しい小手を打てていた。息子を前にして胸を張れる内容だったと思う。<br />
<br />
試合後、高田馬場駅近くのガスト（また…）で「反省会」。僕と息子は早めに辞去して帰宅。母の日だったので、妻と義母に日ごろお世話になっていることの感謝を込めて、武蔵境駅北口界隈に外食に出かけたのだった。母の日だったのに、息子と2人で夕方まで外出していた負い目は、あまり解消されたとは思えない。<br />
<br />
帰宅後、ワイシャツのアイロンがけだけ済ませて、22時に就寝。<br />

]]></content:encoded> 
  </item>  
  <item rdf:about="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-05-12-2"> 
    <title>『イスラムの世界戦略』</title>  
    <link>http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-05-12-2</link>  
    <description><![CDATA[<p>イスラムの世界戦略作者: 宮田　律出版社/メーカー: 毎日新聞社発売日: 2012/01/28メディア: 単行本内容紹介話題のイスラム地域の歴史と現状を一望する。宗派対立を続けつつなぜイスラムは拡大するのか。緊張する国際関係の中で考察していく。「通史」でわかる画期的な「イスラム入門」。 中東・北アフリカ諸国において昨年初頭以来起きている「アラブの春」を期に、イスラム時事問題の第一人者が書いた最新の解説書である。話はエジプトを中心としているものの、イランやトルコ、アフガニスタン、カタールに言及し、さらにはシリアへの言及もある。図書館で本書を借りたのは、連休前から僕の頭を悩ませているブリーフィング・ペーパーの作成について、何らかのブレークスルーを見つけ出したいという気持ちからである。4頁の書式で現在70％程度は書いているが、そこから先へのひと押しがなかなか思いつかないでいる。元々門外漢のテーマで、それなのにブリーフィングペーパーを書こうなどというのがおこがましいし、それをやったからといって僕のキャリア形成に役立つともあまり思えないのだけれど、やれと言われたものはやらないと人事評価に直接響いてきそうだ。xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx</p>]]></description>  
    <dc:subject>読書日記</dc:subject>  
    <dc:creator>Sanchai</dc:creator>  
    <dc:date>2012-05-13T08:00:00+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
<!-- amazon --><div class="sonet-asin-area"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4620321079/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51YuinATNYL._SL160_.jpg" class="sonet-asin-image" alt="イスラムの世界戦略" title="イスラムの世界戦略"></a><div class="sonet-asin-info"><p class="sonet-asin-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4620321079/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank">イスラムの世界戦略</a></p><ul><li class="sonet-asin-label">作者: 宮田　律</li><li class="sonet-asin-label">出版社/メーカー: 毎日新聞社</li><li class="sonet-asin-label">発売日: 2012/01/28</li><li class="sonet-asin-label">メディア: 単行本</li></ul></div></div><div class="sonet-asin-break"></div><br />
<!--/ amazon --><blockquote><span style="color:#FF65FF;">内容紹介<br>話題のイスラム地域の歴史と現状を一望する。宗派対立を続けつつなぜイスラムは拡大するのか。緊張する国際関係の中で考察していく。「通史」でわかる画期的な「イスラム入門」。 </span></blockquote>中東・北アフリカ諸国において昨年初頭以来起きている「アラブの春」を期に、イスラム時事問題の第一人者が書いた最新の解説書である。話はエジプトを中心としているものの、イランやトルコ、アフガニスタン、カタールに言及し、さらにはシリアへの言及もある。<br />
<br />
図書館で本書を借りたのは、連休前から僕の頭を悩ませているブリーフィング・ペーパーの作成について、何らかのブレークスルーを見つけ出したいという気持ちからである。4頁の書式で現在70％程度は書いているが、そこから先へのひと押しがなかなか思いつかないでいる。元々門外漢のテーマで、それなのにブリーフィングペーパーを書こうなどというのがおこがましいし、それをやったからといって僕のキャリア形成に役立つともあまり思えないのだけれど、やれと言われたものはやらないと人事評価に直接響いてきそうだ。<br />
<br />
<div style="text-align:center;">xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx</div><a name="more"></a>イスラムでは、信徒（ムスリム）が行うべき5つの行い（五行）のうちに1日5回の礼拝があるが、この礼拝を集団で行うことによって、イスラム共同体（ウンマ）に属しているという意識をムスリムは持つことになる。<br />
　ムハンマドは当時メッカ社会にあった商業上の不正や富の格差に疑問をもち、神の前の人々の平等を訴えたが、そのため、<strong><span style="color:#FF00FF;">イスラムではイスラム共同体の成員全体の利益が考慮されなければならないとされる。富は善であるとされながらも、その追求や蓄積は神の法によって制限され、また経済的報酬は共同体の他のメンバー、特に貧者に還元されなければならないと説く。</span></strong>そのため、イスラムではムスリムが行うべき「五行」の1つに「喜捨」（ザカート）という税が設けられ、ムスリムは収入の2.5％を「喜捨」のために支払うことが義務づけられている。<br />
　<strong><span style="color:#FF00FF;">こうしたイスラムの共同体の平等観や正義感が、貧富の格差の広がりなど現実の世界の社会経済的矛盾や、また政治腐敗がある場合にイスラムの原点にもどろうとする運動となって現れる。これが近年国際政治のなかで焦点になっているイスラム政治運動（原理主義）である。</span></strong>イスラム政治運動は、イスラムを政治・社会の根本に据え、またイスラム法（シャリーア）を施行することによって、現代の矛盾を正そうとする。（pp.iii-iv）<br />
<br />
植民地支配は、伝統意識の強いムスリムの目から見れば、単に外国支配を受けただけでなく、文化・宗教的な<br />
屈辱」をもたらしたのである。従来からあったイスラム的価値観が著しく損なわれ、イスラム社会は自然な発達を大いに阻害されることになり、外国勢力によっていきなり「文化革命」を強制された状態となった。こうしたイスラム地域に対するヨーロッパ支配は、ムスリムたちの自尊心を大いに傷つけたことは間違いない。イスラムは、その宗教の訴える力だけでなく、征服や軍事的勝利で、ムスリムに栄光を与え、彼らの宗教的自覚を植えつけていた。反植民地主義を指導したムスリムたちから見れば、<strong><span style="color:#FF00FF;">ヨーロッパの植民地支配はムスリムの過去の栄光やプライドを傷つけるばかりでなく、その物質主義的文化はイスラムに具現された神聖な、清貧、簡素な宗教的原理に対する脅威でもあった。</span></strong>（pp.60-61）<br />
<br />
<strong><span style="color:#FF00FF;">植民地主義とともに到来したキリスト教の宣教師たちは、近代世界におけるイスラムの効用に疑問を投じ、布教活動を行うようにもなる。一部の宣教師たちは、イスラム世界に対するヨーロッパ諸国の政治的勝利は、キリスト教の教義の優越性によるものだとし、ムスリム世界の後進性をイスラムのせいだと決めつけた。</span></strong>彼らの認識では、ヨーロッパの近代的発展は、啓蒙主義や産業革命をもたらした諸条件だけでなく、宗教や文化としてキリスト教に本来備わっている優越性によるものであった。（中略）<br />
　こうしたヨーロッパ植民地主義の進出に対してムスリムの側でも、何がイスラム世界の失敗の原因であったのか、ムスリムはいかにヨーロッパ勢力に対抗していくべきか、またイスラムの栄光を取り戻すためには何をしていくべきかなどを考えざるをえない。その回答の一つがパン＝イスラム主義であった。（pp.61-62）<br />
<br />
<strong><span style="color:#FF00FF;">西欧型の「国民国家」は、中東イスラム地域で円滑に機能せず、この地域での民族問題の背景となっているが、現代のイスラム政治運動の担い手たちはたいていこの「国民国家」概念に反対する。</span></strong>たとえば、パレスチナのハマス（イスラム抵抗運動）は、その活動綱領のなかで、「独立パレスチナ国家」に反対している。ハマスの考えでは、パレスチナの地にパレスチナ人の「国家」をつくることは、西欧の植民地主義勢力の中東における秩序づくりを追認することになる。このハマスのように、イスラム政治運動の活動家たちは、ムスリム世界の衰退の原因は、「国民国家」などイスラム世界には不適切で、調和しない革新を受け入れた結果にあると考えている。（p.67）<br />
<br />
イスラム政治運動のイデオローグたちは、一様に「国民国家」の考えに否定的であり、それは西欧帝国主義の産物であり、ジャーヒリーヤへの回帰であるという認識をもっている。彼らは、「イスラムの家」がムスリムにとって、唯一の精神的共同体であると主張し、その拡大を考えた。彼らの考えでは、神は唯一であるから、信仰の共同体も1つであるというものである。マウドゥディーやクトゥブが唱えた<strong><span style="color:#FF00FF;">普遍的なイスラム共同体構築の考えは、イスラム世界の多くの「国家」がさまざまな政治的・社会的・経済的矛盾を深刻化させ、また欧米やイスラエルに対する「弱体ぶり」を露呈するとともに、ムスリムの間でますます求心力を持つようになった</span></strong>ことは明らかである。（pp.70-71）<br />
<br />
2008年に始まる世界同時不況はエジプトをも経済的重圧の下に置いた。失業者は増加し、世界的な食物価格の高騰は貧困層を直撃していった。政府は財政健全化のために補助金を減らしていったが、そのこともまた物価の高騰を招き、市民生活を直撃した。財政緊縮のために、政府は教育予算も削減、その結果、私立学校に子弟を遅れない中間層や中下層の青少年の教育の質は低下していった。また教師の賃金も安いために、学校が始まる前に授業を行い、生徒たちから謝礼を受け取る教師たちも現れた。こうしたなかで<strong><span style="color:#FF00FF;">ムスリム同胞団イスラム主義組織は、十分な教育を受けられない階層に対して無償で教育を施していった。この弱者を救済する姿勢もまたイスラムの原理の具現化であり、人々を引きつけることになった</span></strong>ことはいうまでもない。<br />
　貧富の格差も明らかな形で広がり、豪邸に住み、芝生が贅沢に整備されたゴルフ場に出かける富裕な人々がいる一方で、カイロでは50万人の人々が「死の街」と呼ばれる墓地に隣接するスラム街に住んでいる。エジプト全土では、1000万人余りの人々が貧困ラインより下の生活を余儀なくされている。彼らは識字率が低く、また幼児死亡率は高い。清潔な水道水を利用することもできずに、疾病が拡がり、栄養状態は極端に悪い。<br />
　こうした状況のなかで、ムスリム同胞団などイスラム主義者たちは、政治の多元主義や社会正義を唱え、それが少なからぬ聴衆を引きつけてきた。<strong><span style="color:#FF00FF;">ムスリム同胞団が運営する学校や病院、クリニックなどが人々の欲求を満たすのは、政府がこれらの分野で国民の必要に十分な注意を払わなかったことにある。エジプトの政変は、社会・経済的問題が政府の抑圧と絡んで民主化を求める運動が一気に高揚したが、その運動の1つのバックボーンとしてイスラムという宗教がある</span></strong>ことを忘れてはならない。（pp.222-223）<br />
<br />
<strong><span style="color:#FF00FF;">日本はイスラムの思想や行動を正確に理解し、またムスリムの訴えに応ずる努力をしていかなければならない。</span></strong>エジプトの政治変動に関する日本政府からの反応は目立つものではなかった。関心をもっていることをもっと積極的に明確に示したほうが、中東諸国の人々から好感をもたれる。今後もイスラムが中東の政治・社会・経済を動かす原理となっていくことは明らかで、日本には中東イスラム世界との対話や交流がますます必要なことを今回のエジプトの政変は示している。（p.224）<br />
<br />
<div style="text-align:center;">xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx</div><br />
長く引用箇所をそのまま列挙してしまい、恐縮です。<br />
<br />
本書を読むと、欧米のキリスト教徒はけっこうえげつないことを中東でやってきたというのがとてもよくわかる。キリスト教に対する印象は元々あまり良いものではないが、本書を読んでさらに嫌悪感が増した。自分達の価値観が常に正しく、それを未開の世界にも広めるのが自分達の使命だと思っている。イスラム原理主義もそれに対する抵抗のようなものなのだろう。<br />
<br />
「国民国家」とイスラムの親和性については、今まであまりちゃんと理解していなかったので、本書を読んで少しだけわかったような気がした。ただ、ご本人の専門が中東地域だからだと思うが、本書では東南アジアのムスリムについては殆ど言及がなく、米国や欧州諸国に住むムスリムについても言及がない。彼らが「国民国家」の中での自らの位置をどう考えているのか、少しでも述べていただければもっと参考になったと思う。<br />
<br />
本書のタイトル「イスラムの世界戦略」は、内容とあまり合っていないような気がした。こうしたタイトルを見ると、イスラムが一枚岩のようにも見えるが、実際は宗派が相当に分かれており、宗派間でも争いが見られるらしい。また、イスラム主義政治運動と世俗主義政府との対立関係もいたる所で見られる。イスラムを擬人化していかにも世界制覇を狙っているかのごときタイトルは、陰謀史観が大好きな読者をミスリードするような気がする。<br />
<br />
本書を読んで、対キリスト教という点ではイスラムに同情するところがあったが、一方で内輪でガチャガチャやっていて、同じムスリムでも容赦なく殺害してしまうほど不寛容なところもあるという点では、ちょっと近寄りがたいものがある。著者が指摘するように、僕達はもっとイスラムと向き合い、理解することが求められているのだが、まだまだ違和感が拭えない。<br />
<br />
<blockquote><script type="text/javascript" src="http://jss.afpbb.com/sdata/newsdelivery/sonet/js/utf8/8884000/fc3fb9d5f15dfe9eb0508cf799e121ab.js"></script></blockquote>
]]></content:encoded> 
  </item>  
  <item rdf:about="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-05-12-1"> 
    <title>『本』の本</title>  
    <link>http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-05-12-1</link>  
    <description><![CDATA[<p>大型連休の間に僕が新たに図書館で借りた本は10冊あると以前このブログで書いたことがある。その内訳を僕の問題意識別で整理してみると、ざっとこんな感じだ。　　－イスラム教　　　　　　3冊　－養蚕　　　　　　　　　3冊　－ブータン　　　　　　　1冊　－本の編集・出版　　　2冊　－オーガニックコットン　1冊この中でも異彩を放っているのは「本の編集・出版」絡みの本を2冊借りたことだろう。これは、図書館に行って書架を物色しているうちにひらめいたもので、その伏線は、4月に仕事で新たな事業出版に関わることになったからである。僕が自著を出す時にお世話になった出版社の方や業界で働いている友人とかに話を聞いてみたものの、業界の慣習や専門用語や慣用句などがよくわからず、ピントの外れた質問を繰り返す前に、そもそもの出版業界での仕事の内容を自分なりに勉強しなければと思っていたからだ。このことを、図書館の館内を歩いているうちに思い出し、手ごろなところで上記2冊を借りてみることにした。本づくりこれだけは 改訂3版―失敗しないための編集術と実務 (本の未来を考える=出版メディアパル No. 16)作者: 下村 昭夫出版社/メーカー: 出版メディアパル発売日: 2009/05メディア: 単行本この本は編集者向けのマニュアルで、本の各パーツの名称とか、判型、製本形式、綴り方、段組み等の名称とか、入稿から配本までの行程とか、校正での赤ペンの入れ方とか、販売ルートとか、業界人なら当たり前だが、部外者にはなかなかわからない部分を知ることができる良書だと思う。今の仕事をやっている以上、座右に常に置いておきたい1冊である。取りあえずざっと読んだが、会社の経費で落として購入してもいいくらいだ。</p>]]></description>  
    <dc:subject>読書日記</dc:subject>  
    <dc:creator>Sanchai</dc:creator>  
    <dc:date>2012-05-12T11:47:28+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
大型連休の間に僕が新たに図書館で借りた本は10冊あると以前このブログで書いたことがある。その内訳を僕の問題意識別で整理してみると、ざっとこんな感じだ。<br />
　<br />
　－イスラム教　　　　　　3冊<br />
　－養蚕　　　　　　　　　3冊<br />
　－ブータン　　　　　　　1冊<br />
　－本の編集・出版　　　2冊<br />
　－オーガニックコットン　1冊<br />
<br />
この中でも異彩を放っているのは「本の編集・出版」絡みの本を2冊借りたことだろう。これは、図書館に行って書架を物色しているうちにひらめいたもので、その伏線は、4月に仕事で新たな事業出版に関わることになったからである。僕が自著を出す時にお世話になった出版社の方や業界で働いている友人とかに話を聞いてみたものの、業界の慣習や専門用語や慣用句などがよくわからず、ピントの外れた質問を繰り返す前に、そもそもの出版業界での仕事の内容を自分なりに勉強しなければと思っていたからだ。このことを、図書館の館内を歩いているうちに思い出し、手ごろなところで上記2冊を借りてみることにした。<br />
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<!-- amazon --><div class="sonet-asin-area"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4902251167/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51kNt9sXRuL._SL160_.jpg" class="sonet-asin-image" alt="本づくりこれだけは 改訂3版―失敗しないための編集術と実務 (本の未来を考える=出版メディアパル No. 16)" title="本づくりこれだけは 改訂3版―失敗しないための編集術と実務 (本の未来を考える=出版メディアパル No. 16)"></a><div class="sonet-asin-info"><p class="sonet-asin-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4902251167/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank">本づくりこれだけは 改訂3版―失敗しないための編集術と実務 (本の未来を考える=出版メディアパル No. 16)</a></p><ul><li class="sonet-asin-label">作者: 下村 昭夫</li><li class="sonet-asin-label">出版社/メーカー: 出版メディアパル</li><li class="sonet-asin-label">発売日: 2009/05</li><li class="sonet-asin-label">メディア: 単行本</li></ul></div></div><div class="sonet-asin-break"></div><!--/ amazon --><br />
この本は編集者向けのマニュアルで、本の各パーツの名称とか、判型、製本形式、綴り方、段組み等の名称とか、入稿から配本までの行程とか、校正での赤ペンの入れ方とか、販売ルートとか、業界人なら当たり前だが、部外者にはなかなかわからない部分を知ることができる良書だと思う。今の仕事をやっている以上、座右に常に置いておきたい1冊である。取りあえずざっと読んだが、会社の経費で落として購入してもいいくらいだ。<br />
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<a name="more"></a>ただ、これで業界人にとっての基礎の基礎の部分らしいので、もうちょっと踏み込んで知りたいこととかは載っていない。例えば、新聞・雑誌上で広告を掲載するにはいくらぐらいかかるのか？事業出版（自費出版）の場合にそれでも宣伝広告を載せるなら、費用は著者側負担だとしても、そもそも宣伝広告を打つ打たないの判断にどこまで出版社側の意向が反映されるのか？著書を新聞・雑誌の書評欄で取り上げてもらうにはどうしたらいいのか？大型書店の平積みスペースをどうやって確保できるのか？そのための書店へのアプローチは、取次店をすっ飛ばして版元の営業担当がやってくれるのか？企業スポンサーの本の場合は、版元の営業担当に代わって直接書店にお願いに行っても書店は応対してくれるのか？そもそも出版社に原稿を持ち込んで、どれくらいの日数で取次店配本にまでこぎ着けられるのか（勿論、原稿の出来不出来によって編集にかかる期間は変わってくるだろうが）？そんなことが知りたかった。まあ、これらは本書を読んだ上で今週業界の方に直接質問して、なんとなく答えはわかった。こちらも勉強しているという姿勢を示せて良かったかも。<br />
<br />
<!-- amazon --><div class="sonet-asin-area"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/478080129X/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/413yKCRujbL._SL160_.jpg" class="sonet-asin-image" alt="本の現場―本はどう生まれ、だれに読まれているか" title="本の現場―本はどう生まれ、だれに読まれているか"></a><div class="sonet-asin-info"><p class="sonet-asin-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/478080129X/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank">本の現場―本はどう生まれ、だれに読まれているか</a></p><ul><li class="sonet-asin-label">作者: 永江 朗</li><li class="sonet-asin-label">出版社/メーカー: ポット出版</li><li class="sonet-asin-label">発売日: 2009/07/14</li><li class="sonet-asin-label">メディア: 単行本（ソフトカバー）</li></ul></div></div><div class="sonet-asin-break"></div><!--/ amazon --><blockquote><span style="color:#FF65FF;">内容（「BOOK」データベースより）<br>30数年で新刊が約4倍に増えた。この「新刊洪水」のからくりを知りたい―そんな動機から取材がはじまった。自費出版事情、ケータイ小説、フリーライターのいま。日本人の読書率。ベストセラーの読み手は…「本の現場」でいまなにが起こっているのか。</span></blockquote><br />
次にご紹介する本は、出版・販売の業界の現状と課題が解説している1冊である。これは非常に面白かった。最近、玉石混交度合いがとみに高く、書店が新刊で溢れかえっている事態がなぜ起こっているのかとか、昔は講談社、中央公論、岩波ぐらいしかなかった新書が、なぜ急増したのかとか、その背景がよくわかった。と同時に、いくつも考えさせられたこともある。<br />
<br />
第1に、書店の棚をある本が占める期間は短く、書店店頭で物色していて読みたい本に巡り合ったら、すぐに買った方がいいという話。2週間程度でどんどん入れ替えが進むので、売れなければ取次店に返品されてしまうそうだ。（勿論、インターネット通販なら購入できるわけだが。）<br />
<br />
第2に、僕の近著を扱ってもらった選書のシリーズに比べて、新書の方が読者にとってはコストパフォーマンスが良いので、今後同様の国際プロジェクトの歴史を描いた本の発刊を考えるなら、新書の方が狙い目かもしれないという点。<br />
<br />
第3に、若者の読書離れが嘆かれているが、実際に本を読まないのは50代以上の中高年で、男性よりも女性の方が読まないという指摘。僕自身、我が子にいかに本と向き合わせるかで腐心していたので、むしろ我々よりも上の世代が本を読むという姿勢を示すことが求められているのかなという気がした。<br />
<br />
幸い、うちの3人の子供達はそれなりに本を読んでくれている。学校の指導の賜物なのか、それとも僕がやたらと図書館に彼らを連れて行って自分自身で本を借りて読む姿を彼らに示してきたのが大きいのか、その辺はよくわからないが、この習慣はできる限り維持して欲しいと願っている。<br />
<br />
<blockquote><script type="text/javascript" src="http://jss.afpbb.com/sdata/newsdelivery/sonet/js/utf8/8705000/12f193de3f5fd9faeeb082992ce48cfb.js"></script></blockquote>
]]></content:encoded> 
  </item>  
  <item rdf:about="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-05-06-1"> 
    <title>『グローバリゼーションとアジア地域統合』</title>  
    <link>http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-05-06-1</link>  
    <description><![CDATA[<p>グローバル化とアジア地域統合 (アジア地域統合講座)編者: 浦田秀次郎、金ゼンマ出版社/メーカー: 勁草書房発売日: 2012/02/29メディア: 単行本内容（「BOOK」データベースより）グローバリゼーションはアジア地域統合を促しているのか、それとも阻害しているのか。アジアにいかなる影響を与えているのか。アジア地域統合研究のフロンティアを開拓する。7日（月）図書館返却期限だった2冊のうち、残りの1冊を紹介する。本書は5月3日、『ASEAN再活性化への課題』は4日に読み切ったものだ。論文集というのは、表紙から裏表紙まで順番に読んでいくものではないが、取りあえず今すぐには必要なさそうだというところは飛ばし読みし、必要な章は精読した。特に第3部「グローバリゼーションと安全保障」に含まれていた次の3章は有用だった。　第10章　東アジア多国間地域安全保障をめぐる議論の興亡－グローバリゼーションの影響－　　　　　　（植木（川勝）千可子　第11章　「グローバル・イシュー」としての人権とアジア　　　　　　－新たな国際規範をめぐる国際社会の確執に注目して－　　　　　　本多美樹　第12章　アジア地域連携に見る人の移動と人身取引－メコン河流域諸国に着目して－　　　　　　島崎裕子　　　　　第10章は、人権が「グローバル・イシュー」として位置づけられた敬意を新たな国際規範「保護する責任（RtoP）」の構築という視点から考察した後、大国がアジアで起きた人権侵害にRtoPを適用を迫った事例として、サイクロン・ナルギス発生後のミャンマーを取り上げている。ナルギス対応では、国際社会が人権問題に積極的に関与する姿勢を見せたことにより、アジア域内の諸問題に対して消極的な関与を続けてきたASEANに政策転換を促すきっかけを与えた事例だと著者は評価する。ミャンマーで起きている人権侵害は、アジアで地域統合を進めるために解決しておくべき問題であるとともに、ASEANが欧米諸国との経済協力関係を強化していく上で取り除いておくべき障害だという（p.288）。</p>]]></description>  
    <dc:subject>読書日記</dc:subject>  
    <dc:creator>Sanchai</dc:creator>  
    <dc:date>2012-05-10T08:00:00+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
<!-- amazon --><div class="sonet-asin-area"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4326546263/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/512ku6Vb7FL._SL160_.jpg" class="sonet-asin-image" alt="グローバル化とアジア地域統合 (アジア地域統合講座)" title="グローバル化とアジア地域統合 (アジア地域統合講座)"></a><div class="sonet-asin-info"><p class="sonet-asin-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4326546263/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank">グローバル化とアジア地域統合 (アジア地域統合講座)</a></p><ul><li class="sonet-asin-label">編者: 浦田秀次郎、金ゼンマ</li><li class="sonet-asin-label">出版社/メーカー: 勁草書房</li><li class="sonet-asin-label">発売日: 2012/02/29</li><li class="sonet-asin-label">メディア: 単行本</li></ul></div></div><div class="sonet-asin-break"></div><!--/ amazon --><blockquote><span style="color:#FF65FF;">内容（「BOOK」データベースより）
<br>グローバリゼーションはアジア地域統合を促しているのか、それとも阻害しているのか。アジアにいかなる影響を与えているのか。アジア地域統合研究のフロンティアを開拓する。</span></blockquote>7日（月）図書館返却期限だった2冊のうち、残りの1冊を紹介する。本書は5月3日、『ASEAN再活性化への課題』は4日に読み切ったものだ。<br />
<br />
論文集というのは、表紙から裏表紙まで順番に読んでいくものではないが、取りあえず今すぐには必要なさそうだというところは飛ばし読みし、必要な章は精読した。特に第3部「グローバリゼーションと安全保障」に含まれていた次の3章は有用だった。<br />
<br />
<strong><span style="color:#0000FF;">　第10章　東アジア多国間地域安全保障をめぐる議論の興亡－グローバリゼーションの影響－</span></strong><br />
<strong><span style="color:#0000FF;">　　　　　　（植木（川勝）千可子</span></strong><br />
<br />
<strong><span style="color:#0000FF;">　第11章　「グローバル・イシュー」としての人権とアジア<br>　　　　　　－新たな国際規範をめぐる国際社会の確執に注目して－</span></strong><br />
<strong><span style="color:#0000FF;">　　　　　　本多美樹</span></strong><br />
<br />
<strong><span style="color:#0000FF;">　第12章　アジア地域連携に見る人の移動と人身取引－メコン河流域諸国に着目して－</span></strong><br />
<strong><span style="color:#0000FF;">　　　　　　島崎裕子</span></strong>　　　　　<br />
<br />
第10章は、人権が「グローバル・イシュー」として位置づけられた敬意を新たな国際規範「保護する責任（RtoP）」の構築という視点から考察した後、大国がアジアで起きた人権侵害にRtoPを適用を迫った事例として、サイクロン・ナルギス発生後のミャンマーを取り上げている。ナルギス対応では、国際社会が人権問題に積極的に関与する姿勢を見せたことにより、アジア域内の諸問題に対して消極的な関与を続けてきたASEANに政策転換を促すきっかけを与えた事例だと著者は評価する。ミャンマーで起きている人権侵害は、アジアで地域統合を進めるために解決しておくべき問題であるとともに、ASEANが欧米諸国との経済協力関係を強化していく上で取り除いておくべき障害だという（p.288）。<br />
<br />
<a name="more"></a>本章の執筆者によると、国際社会において「人間の安全保障」を具体的な対外政策の根幹に据えた国としてはカナダと日本があるという。一般に、カナダは人間の安全保障のうち「恐怖からの自由」に焦点を置き、日本は「欠乏からの自由」に焦点を当てている。その上で、カナダ政府は、人々が人権、安全、生命に対する厳しい境涯から保護されない限り、永続的安定は達成できないとし、対テロリズム、人権保護、特に国際刑事裁判所を通じた反人道的犯罪の訴追を強調し、「国際社会は、ジェノサイドや民族浄化の脅威に対しては、場合によって軍事力を行使しても、市民保護に寄与すべきである」と述べている（p.291）。<br />
<br />
本章で新たに述べられている新たな国際規範とは、<strong><span style="color:#FF0098;">「保護する責任（RtoP）」</span></strong>と呼ばれ、「国家主権は自国民を保護する責任を負い、国家がその責任を果たせないときには、国際社会が代わってその責任を果たさなければならない、国際社会の保護する責任は不干渉原則に優先する」という考え方である。この、人道上やむを得ないときには武力介入も正当化されるという、国家主権や不干渉原則を揺るがす国際規範には批判的な国も多く、アジアでは、北朝鮮、マレーシア、イラン、パキスタン、スリランカなどがRtoPに反対の立場をとっている。ASEANでいえば、内政不干渉の原則を脅かすものだ。<br />
<br />
ちなみに、前回もご紹介した僕が理解するのに悪戦苦闘しているフィリピン・ミンダナオ紛争に関する英語論文も、途中からRtoPを持ち出し、比政府とMILFの武力衝突によって発生した国内避難民（IDP）の保護を巡り、比政府が自国民を保護していないのならば国際社会はもっと介入する必要があると主張している、と思う、というか、思いたい。<br />
<br />
第11章は、メコン河流域諸国における人身取引を取り上げている。この地域は、経済連携を主眼に置いた地域統合としてのメコン河流域（GMS）構想が打ち出されて自由主義経済が進展しているが、この経済活動の活発化に伴い、従来から存在していた地域内格差や人身取引の問題などの負の側面が一層浮き彫りになってきている。特に、人身取引は、地域統合を進める上で越境インフラの整備や国境手続きの簡素化などによって容易に人が国境を越えられるようになってきたために、拡がりが懸念されている。本章は、「地域統合といった自由経済による市場経済化は、域内において、繁栄の拠点を設けながらも、他方では域内格差をすすめ、後発開発途上国（LDC）の開発問題を激化させる一方、周辺に位置する人々の人権の蹂躙を招くものである」という仮説に立脚している。<br />
<br />
先行研究によれば、人身取引は「経済的貧困」か「相対的貧困」の一方、あるいは両方が存在するがゆえに派生すると見られてきたが、執筆者の現地調査によると、これらに加えて個別世帯内の事情が働いていることが新たにわかったという。つまり、社会的な差別や偏見をより強く招く要因となる世帯内暴力、レイプ被害者の存在、母子世帯、土地なし世帯、借金の増大、HIV陽性者の存在などといった重層的諸要因が相互に関連しながら働いているのだという。<br />
<br />
筆者によれば、国際社会と一部の政府の真剣な取り組みにもかかわらず、人身取引の実像はいっそう見えにくくなってきており、被害者像の特定も難しくなっている現実があるという。メコン河域内諸国内でも社会環境が異なることにより、問題に対する取り組み方も異なり得る。地域連携に加えて、各国それぞれ異なる社会環境に置かれている被害者の状況をとらえ、緊急レベルにとどまらず、地域レベルでの貧困・ジェンダー差別・農村問題と組み合わせて、取組みを実施していく必要がある。こうした取り組みには、政府間や国際機関だけでは不可能であり、NGOなどの市民社会によるパートナーシップや連携が不可欠だという。<br />
<blockquote>人身取引への対応として、予防や保護、訴追（法的支援）といった人身取引に関する支援だけでなく、各国農村でもグローバリゼーションの浸透とともに起りつつある土地問題、雇用問題、教育問題、貧困格差などの社会問題をも視野に入れた取り組みが求められる。このような取り組みには、官民が連携し、各村の状況把握、貧困対策を早急に始めることが、ゴールへの近道となる。（p.328）</blockquote><br />
加えて、本書ではあまり指摘がされていないが、GMS諸国に隣接する中国のような国との連携も必要となるだろう。本書ではGMS諸国からタイへの人の移動に焦点が当てられているようだが、これらの国々から逆に上流に向かい、中国を目的地とする人身取引も相当にあるというのが、下記のニュース報道などを見ると感じられる。<br />
<blockquote><script type="text/javascript" src="http://jss.afpbb.com/sdata/newsdelivery/sonet/js/utf8/8164000/25f6cdc727c3f68c4fae315e02241c56.js"></script></blockquote><br />
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]]></content:encoded> 
  </item>  
  <item rdf:about="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-05-06"> 
    <title>『ASEAN再活性化への課題』</title>  
    <link>http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-05-06</link>  
    <description><![CDATA[<p>この連休後半、図書館から借りている本を3冊読了し、駅前の図書館でさらに10冊借りて現在うち2冊を読み込み中（5月6日現在）、さらに2冊を書店で購入している。やり過ぎだとはわかっちゃいるが、図書館に出かけて書架を物色していると、ついついあれもこれもと読みたくなる。新規で借りた10冊は延長も含めたら最長4週間は駆り続けることができるので、そこそこは読めるだろう。読了した3冊のうち、2冊は7日（月）が返却期限だったので最優先で読んだ。これから順次紹介していきたい。ASEAN再活性化への課題―東アジア共同体・民主化・平和構築―作者: 黒柳 米司編著出版社/メーカー: 明石書店発売日: 2011/03/11メディア: 単行本内容紹介ASEANが2020年を目途とする長期戦略として設定した「ASEAN共同体」―この共同体は「経済」「安全保障」および「社会・文化」という3つの局面での共同体として想定されており、アジア太平洋において積極的な役割を果たそうとしている日本にとっても決して傍観しうる問題ではない。地域協力機構としてのASEANが、とりまく地域国際環境の変容と域内諸国の対ASEANコミットメントの実態との両側面で機能しうるか否かを、「ASEAN幻想論」、「ASEAN二層化」、「民主化」、「反テロ戦争」のキーワードを基に明らかにする。 というわけで、本日ご紹介するのは、2015年に予定されているASEAN地域統合に関する1冊である。借りたのは4週間近く前で、借りた理由は2つほどある。1つは、ASEAN統合の三本柱とされている「政治安全保障」「経済」「社会文化」の3つの共同体形成のうち、前二者についての問題点を詳らかにしているという点であり、もう1つは、連休前から僕が悪戦苦闘を強いられているフィリピン・ミンダナオ和平問題に関する章が有用だと考えたからである。</p>]]></description>  
    <dc:subject>読書日記</dc:subject>  
    <dc:creator>Sanchai</dc:creator>  
    <dc:date>2012-05-09T08:00:00+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
この連休後半、図書館から借りている本を3冊読了し、駅前の図書館でさらに10冊借りて現在うち2冊を読み込み中（5月6日現在）、さらに2冊を書店で購入している。やり過ぎだとはわかっちゃいるが、図書館に出かけて書架を物色していると、ついついあれもこれもと読みたくなる。新規で借りた10冊は延長も含めたら最長4週間は駆り続けることができるので、そこそこは読めるだろう。<br />
<br />
読了した3冊のうち、2冊は7日（月）が返却期限だったので最優先で読んだ。これから順次紹介していきたい。<br />
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<!-- amazon --><div class="sonet-asin-area"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/475033328X/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41Sc9umswLL._SL160_.jpg" class="sonet-asin-image" alt="ASEAN再活性化への課題―東アジア共同体・民主化・平和構築―" title="ASEAN再活性化への課題―東アジア共同体・民主化・平和構築―"></a><div class="sonet-asin-info"><p class="sonet-asin-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/475033328X/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank">ASEAN再活性化への課題―東アジア共同体・民主化・平和構築―</a></p><ul><li class="sonet-asin-label">作者: 黒柳 米司編著</li><li class="sonet-asin-label">出版社/メーカー: 明石書店</li><li class="sonet-asin-label">発売日: 2011/03/11</li><li class="sonet-asin-label">メディア: 単行本</li></ul></div></div><div class="sonet-asin-break"></div><!--/ amazon --><blockquote><span style="color:#FF65FF;">内容紹介<br>ASEANが2020年を目途とする長期戦略として設定した「ASEAN共同体」―この共同体は「経済」「安全保障」および「社会・文化」という3つの局面での共同体として想定されており、アジア太平洋において積極的な役割を果たそうとしている日本にとっても決して傍観しうる問題ではない。地域協力機構としてのASEANが、とりまく地域国際環境の変容と域内諸国の対ASEANコミットメントの実態との両側面で機能しうるか否かを、「ASEAN幻想論」、「ASEAN二層化」、「民主化」、「反テロ戦争」のキーワードを基に明らかにする。 </span></blockquote>というわけで、本日ご紹介するのは、2015年に予定されているASEAN地域統合に関する1冊である。借りたのは4週間近く前で、借りた理由は2つほどある。1つは、ASEAN統合の三本柱とされている「政治安全保障」「経済」「社会文化」の3つの共同体形成のうち、前二者についての問題点を詳らかにしているという点であり、もう1つは、連休前から僕が悪戦苦闘を強いられているフィリピン・ミンダナオ和平問題に関する章が有用だと考えたからである。<br />
<br />
<a name="more"></a><blockquote><script type="text/javascript" src="http://jss.afpbb.com/sdata/newsdelivery/sonet/js/utf8/8734000/24cd99267f5c0ece5de880f14308596a.js"></script></blockquote><blockquote><script type="text/javascript" src="http://jss.afpbb.com/sdata/newsdelivery/sonet/js/utf8/8882000/d26a36d917c51c4035fc6c38b300c46c.js"></script></blockquote>さて、このところミャンマーが新聞紙面を賑わせることが多くなってきている。スーチーさんが自宅軟禁から解放されて国政選挙に立候補して国会議員になってしまうなど少し前なら考えられなかった話だ。一見進展が見られるミャンマーの民主化問題だが、これはASEAN地域統合においては喉に刺さった骨のようなものだった。<br />
<br />
ASEANの運営方式は「ASEAN Way」と呼ばれ、①内政不干渉、②全会一致、という大きな原則がある。このために、各加盟国の内政において何かしらの問題があったとしても、ASEANは有効な解決策を見出せる地域機構になっていない。インドネシアやシンガポール、マレーシアといった古くからの加盟国は、この方式を見直すことを提案しているが、1990年代に加盟したカンボジアやベトナム、ラオス、ミャンマーは、国内に何かしらの問題を抱えている国々で、隣国からとやかく言われることになる「ASEAN Way」の放棄には反対の姿勢が強いと言われているらしい。<br />
<br />
それを象徴するのがミャンマーで、2007年にはサイクロン・ナルギス発生後の外国からの緊急物資の受入れや、同年に軍事政権が僧侶ら10万人の反体制デモに対して行なった武力弾圧が引き合いに出される。ナルギス発生後の援助物資の受入を巡っては隣国タイ、シンガポールが仲介役を果たしてASEANとしての面目を保ったが、僧侶たちへの弾圧に関しては、ASEANは何もできなかったというのが著者たちの評価だ。<br />
<br />
<blockquote><script type="text/javascript" src="http://jss.afpbb.com/sdata/newsdelivery/sonet/js/utf8/7184000/8751a9d42f3953680dfa8453238e3f7d.js"></script></blockquote><blockquote><script type="text/javascript" src="http://jss.afpbb.com/sdata/newsdelivery/sonet/js/utf8/7431000/c3ef21eb00da5fb474ca13c9339c62b6.js"></script></blockquote>同様に、2008年に発生したタイ・カンボジア間の国境紛争は、死者を伴う武力衝突にまで発展してしまい、著者によれば、ASEANは「創設以来、域内諸国間で重大な紛争を回避してきた」という最大のセールスポイントを失ってしまったと指摘する（p.4）。<br />
<br />
ことほどさように、本書はASEANの将来とASEAN共同体構想の行方に対して辛辣である。上で述べたのは共同体の三本柱のうち、<strong><span style="color:#0000FF;">ASEAN政治安全保障共同体（APSC）</span></strong>に対する著者らの評価であるが（第1章、第2章）、同様に、第3章では<strong><span style="color:#0000FF;">ASEAN経済共同体（AEC）</span></strong>の統合ブループリントにも辛辣な言葉を投げかけている。APSCに対する評価はよく聞く話であるが、AECに対する評価は新しい視点を読者に提供してくれている。<br />
<blockquote>　ASEANは2015年までにASEAN経済共同体を形成するため、ブループリントを採択した。その内容は、野心的と呼ぶには程遠く志の低いものである。さらに、ブループリント採択後、世界同時不況が発生し、ブルネイ、カンボジア、マレーシア、シンガポール、タイが2009年にはマイナス成長を記録した。1980年代中葉の一次産品不況、1997年に発生したアジア経済危機、2001年の米国発IT不況に続いて、ASEAN経済が外生的衝撃に脆弱であることをまたもや露呈した。ブルネイとカンボジアは対応するべき政策手段を持たず、マレーシアとシンガポールは経済の開放度が高いため財政出動を避け、直接所得補償などによって対応し、タイは財政出動した。「単一の市場かつ生産拠点」が形成されれば、外生的衝撃に対して強くなれるのか。疑いを持ちながらではブループリントが示す経済統合には専念できまい。（中略）<br>
　同時に、仮にブループリントの自由化及び経済統合の目標を2010年に達成し、ASEAN経済共同体感性を高らかに謳いあげたとしても、その果実は多くはなかろう。アジア経済危機が発生した1997年からリーマン・ショックが発生した2008年までの間、ASEANは東アジアで進展する経済統合の運転席に座ることを目指してきた。このことは、多くの果実を得るためには、日本、中国、インドを含む東アジア全体の経済統合が必須であることをb如実に物語っている。ASEANもそれを理解しているからこそ、これらの国々とFTAを締結したのではないか。ASEANが「単一の市場かつ生産拠点」を形成することの便益が費用を上回るとは考えがたい。<br>
　各国ベースで考えると、シンガポールのFTA戦略に見て取れるように、同国にはASEANに拘泥する積極的理由はない。（後略）（p.70）</blockquote>これだけASEAN共同体に対して厳しい評価をしている本は珍しい。<br />
<br />
もう1つの本書の良い点は、第10章<strong><span style="color:#0000FF;">「ASEANにおける平和構築－アチェ紛争とミンダナオ紛争の和平プロセスを比較して」</span></strong>において、比較的最近に至るまでのミンダナオ和平の経過を追いかけているところにあると思う。<br />
<br />
<blockquote><script type="text/javascript" src="http://jss.afpbb.com/sdata/newsdelivery/sonet/js/utf8/3244000/51204cc521a2df537da8b473b6d9cbf3.js"></script></blockquote>僕がここ2週間ほどの間、仕事上でスタックしている理由の1つは、「先祖伝来の土地」（AD）の回復問題に関するフィリピン政府とMILFの覚書が、2008年8年に署名直前に凍結され、最高裁で違憲判決を受けて以降に起きた武力衝突と紛争解決の取組みについて、なかなか理解できる資料がないことに由来する。この和平交渉で交渉人を務めた方が書かれた英語の論文を読むのに、1頁当たりひどい時には10個も知らない英単語が出てきて難解で悪戦苦闘していた。理由の1つは背景情報をあまりにも僕が知らないからだと思い、僕は日本語で情報がないかとネットや図書館で調べてみたが、2008年8月前後までの情報はあったとしても、それ以降の3～4年間の事態の推移を描いた文献がほとんどない。それどころか、ミンダナオ紛争そのものについて書かれた日本語文献が恐ろしく乏しいという現実にも直面した。<br />
<br />
そんな中で、比較的最近に至るまでフォローがされている論文が本書には収録されている。今月はミンダナオ紛争について書かれた論文が収録されている専門書がもう1冊日本で発刊される予定があるが、その本よりも本日ご紹介したこの本の方が情報としては新しい。<br />
<br />
これで十分だとは思わないが、お陰で相当に理解が進んだのは間違いなく、本章を読んだ後、6日（土）にもう一度英語論文読解に挑戦してみたところ、前数回と比べて遥かに内容が理解できるようになった。この論文の理解に光が見出せたことは、この連休におけるかなり大きな僕の成果である。<br />

]]></content:encoded> 
  </item>  
  <item rdf:about="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-05-08"> 
    <title>LEEにおいらが載っている</title>  
    <link>http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-05-08</link>  
    <description><![CDATA[<p>LEE (リー) 2012年 06月号 [雑誌]作者: 出版社/メーカー: 集英社発売日: 2012/05/07メディア: 雑誌宣伝記事です。5月7日（月）発売になったばかりの女性雑誌『LEE（リー）』6月号に、ハコ・ピースバイピース・コットンプロジェクト（haco. PEACE BY PEACE COTTON Project）が紹介されており、その中に、私自身も写真入り（それも２回！）で登場しています。「未来の地球を変えるかもしれない服」――タイトルを読んでちょっと赤面しますが、でも、そうかもしれないという矜持はあります。お近くの書店やコンビニで購入し、是非お読み下さい。LEEとのコラボ企画商品も掲載されていますので、この基金付き商品を購入して、プロジェクトに参加してみませんか？プロジェクト関係者の座談会は、3月中旬に神戸で行なわれました。プロジェクト立ち上げに至るまでの関係者各々の苦闘を振り返る、とても良い機会となりました。その経緯については、フェリシモのKさんが環境省のエコCSRジャパンというサイトの記事でも語って下さっているので参考になりますが（URLはこちらから）、座談会をやってみて、このプロジェクトの立ち上げに関わった方々ひとりひとりの思惑や経験は異なることが改めてよくわかりました。今回の座談会には参加できなかったけれどもプロジェクトでは重要な役割を果たしておられる方が何人もいらっしゃいます。そういう方々のご経験も含めて、どこかで記録としてまとめてみたいなという気持ちがあります。正直言うと、今いちばんやりたいのがこの執筆です。一度某出版社の編集の方にこの企画案を持っていったことがありますが、①1人が書き下ろした方が文章の統一感がある、②プロジェクト関係者が内輪で読んで盛り上がる以上に、多くの読者を惹きつけるような話題を盛り込む必要がある、③先ず原稿を書いて持って来い、と言われました。どれも大きなハードルです。取りあえず自分の経験だけでもまとめられないかなと半年ぐらい考え続けていますが、未だ実行に至っていません。仕事その他のしがらみがなければ、真っ先にやりたいことなのですが…。座談会にお誘い下さった豊島株式会社のMさん、良い機会を作って下さり本当にありがとうございました。</p>]]></description>  
    <dc:subject>インド心残り</dc:subject>  
    <dc:creator>Sanchai</dc:creator>  
    <dc:date>2012-05-08T08:00:00+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
<!-- amazon --><div class="sonet-asin-area"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B007V4GFK2/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51pn1YH8oUL._SL160_.jpg" class="sonet-asin-image" alt="LEE (リー) 2012年 06月号 [雑誌]" title="LEE (リー) 2012年 06月号 [雑誌]"></a><div class="sonet-asin-info"><p class="sonet-asin-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B007V4GFK2/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank">LEE (リー) 2012年 06月号 [雑誌]</a></p><ul><li class="sonet-asin-label">作者: </li><li class="sonet-asin-label">出版社/メーカー: 集英社</li><li class="sonet-asin-label">発売日: 2012/05/07</li><li class="sonet-asin-label">メディア: 雑誌</li></ul></div></div><div class="sonet-asin-break"></div><!--/ amazon --><br />
宣伝記事です。5月7日（月）発売になったばかりの女性雑誌『LEE（リー）』6月号に、<strong><span style="color:#0000FF;">ハコ・ピースバイピース・コットンプロジェクト（haco. PEACE BY PEACE COTTON Project）</span></strong>が紹介されており、その中に、私自身も写真入り（それも２回！）で登場しています。<strong><span style="color:#6500FF;">「未来の地球を変えるかもしれない服」</span></strong>――タイトルを読んでちょっと赤面しますが、でも、そうかもしれないという矜持はあります。<br />
<br />
<strong><span style="font-size:large;"><span style="color:#FF0098;">お近くの書店やコンビニで購入し、是非お読み下さい。LEEとのコラボ企画商品も掲載されていますので、この基金付き商品を購入して、プロジェクトに参加してみませんか？</span></span></strong><br />
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プロジェクト関係者の座談会は、3月中旬に神戸で行なわれました。プロジェクト立ち上げに至るまでの関係者各々の苦闘を振り返る、とても良い機会となりました。その経緯については、フェリシモのKさんが環境省のエコCSRジャパンというサイトの記事でも語って下さっているので参考になりますが（URLは<a href="http://www.eco-csrjapan.go.jp/felissimo.html" target="_blank">こちら</a>から）、座談会をやってみて、このプロジェクトの立ち上げに関わった方々ひとりひとりの思惑や経験は異なることが改めてよくわかりました。<br />
<br />
今回の座談会には参加できなかったけれどもプロジェクトでは重要な役割を果たしておられる方が何人もいらっしゃいます。そういう方々のご経験も含めて、どこかで記録としてまとめてみたいなという気持ちがあります。正直言うと、今いちばんやりたいのがこの執筆です。一度某出版社の編集の方にこの企画案を持っていったことがありますが、①1人が書き下ろした方が文章の統一感がある、②プロジェクト関係者が内輪で読んで盛り上がる以上に、多くの読者を惹きつけるような話題を盛り込む必要がある、③先ず原稿を書いて持って来い、と言われました。どれも大きなハードルです。取りあえず自分の経験だけでもまとめられないかなと半年ぐらい考え続けていますが、未だ実行に至っていません。仕事その他のしがらみがなければ、真っ先にやりたいことなのですが…。<br />
<br />
座談会にお誘い下さった豊島株式会社のMさん、良い機会を作って下さり本当にありがとうございました。<br />
<a name="more"></a>
]]></content:encoded> 
  </item>  
  <item rdf:about="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-05-06-2"> 
    <title>週報（4/30 - 5/6）</title>  
    <link>http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-05-06-2</link>  
    <description><![CDATA[<p>【里帰りキャンセル】風邪でも流行っているのだろうか。4月は最高気温が25度近い日があったかと思うと翌日は雨で気温が15度以下に下がったりと、とかく天候が変わりやすかったので、体調管理がしづらかったと思う。当初の僕達の計画では、2日（水）の深夜に東京を出て、車をとばして翌朝岐阜の実家に着き、5日（土）夜まで現地に滞在して、また夜間走行で6日（日）未明に東京に戻ってくることになっていた。しかも、家族全員で。うちは長男が中３で、高校受験を控えているため、家族全員での里帰りはこれが最後かもしれない、そんな思いがあった。長男が高校入学すれば、家族全員のスケジュールを合わせるのは今よりももっと難しくなるだろうし。ところが、この里帰りに向けて、子供達が続けて体調を崩した。先ずは小３の次男、先週来時折咳き込む姿が気になっていたが、30日（月）に妙に遊びまくった後、その夜から咳がさらにひどくなり、翌5月1日（火）は学校を休んだ。そして、続いて長男が体調を崩した。雨が降り続いた2日（水）、学校に持って行っていた傘を誰かが間違えて持って帰ってしまったというのでずぶ濡れで帰宅し、頭が痛いと妻に訴えた。すぐに病院に連れて行くと、体温は38度台、しかもこれからさらに容体悪化の可能性が高かった。そんなことがあって、泣く泣く里帰りキャンセルの決断を下した。帰省中に訪問を予定していたボーマン先生にも連絡して詫びを入れ、大人しく東京で四連休を過ごすことにした。いちばん悔しがっていたのは長男。他の2人は春休みにも岐阜を訪ねていたので、意外とさっぱりしていたかも。【お陰で持ち帰った仕事はそれなりにはかどった】里帰りを予定通りしていたとしても、家族の相手はほとんどせず、もっぱら県立図書館に出向いて岐阜県の蚕糸業について調べることにはしていたので、それができなくなったとしても、基本的に連休中にやろうと思っていたことはそれに近く、四連休はずっと図書館通いを続けた。想定していた作業が全部できたというつもりはないが、相当はかどったことは間違いない。こういう場合の持ち帰り仕事は、持ち帰った量に比べて実際にできた作業量が半分にも満たないというケースが多いのだが、今回に限っては70点ぐらいはつけられるかもしれない。残りの30点は、本来やっておきたかったことにまで手をつけられず、その前段階でかなりの時間を費やすことになってしまったからである。お陰で今週はほぼ毎日午前3時..</p>]]></description>  
    <dc:subject>備忘録</dc:subject>  
    <dc:creator>Sanchai</dc:creator>  
    <dc:date>2012-05-07T05:00:00+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
<strong><span style="font-size:x-large;"><span style="color:#3200FF;">【里帰りキャンセル】</span></span></strong><br />
風邪でも流行っているのだろうか。4月は最高気温が25度近い日があったかと思うと翌日は雨で気温が15度以下に下がったりと、とかく天候が変わりやすかったので、体調管理がしづらかったと思う。<br />
<br />
当初の僕達の計画では、2日（水）の深夜に東京を出て、車をとばして翌朝岐阜の実家に着き、5日（土）夜まで現地に滞在して、また夜間走行で6日（日）未明に東京に戻ってくることになっていた。しかも、家族全員で。うちは長男が中３で、高校受験を控えているため、家族全員での里帰りはこれが最後かもしれない、そんな思いがあった。長男が高校入学すれば、家族全員のスケジュールを合わせるのは今よりももっと難しくなるだろうし。<br />
<br />
ところが、この里帰りに向けて、子供達が続けて体調を崩した。先ずは小３の次男、先週来時折咳き込む姿が気になっていたが、30日（月）に妙に遊びまくった後、その夜から咳がさらにひどくなり、翌5月1日（火）は学校を休んだ。そして、続いて長男が体調を崩した。雨が降り続いた2日（水）、学校に持って行っていた傘を誰かが間違えて持って帰ってしまったというのでずぶ濡れで帰宅し、頭が痛いと妻に訴えた。すぐに病院に連れて行くと、体温は38度台、しかもこれからさらに容体悪化の可能性が高かった。<br />
<br />
そんなことがあって、泣く泣く里帰りキャンセルの決断を下した。帰省中に訪問を予定していたボーマン先生にも連絡して詫びを入れ、大人しく東京で四連休を過ごすことにした。いちばん悔しがっていたのは長男。他の2人は春休みにも岐阜を訪ねていたので、意外とさっぱりしていたかも。<br />
<br />
<strong><span style="font-size:x-large;"><span style="color:#3200FF;">【お陰で持ち帰った仕事はそれなりにはかどった】</span></span></strong><br />
里帰りを予定通りしていたとしても、家族の相手はほとんどせず、もっぱら県立図書館に出向いて岐阜県の蚕糸業について調べることにはしていたので、それができなくなったとしても、基本的に連休中にやろうと思っていたことはそれに近く、四連休はずっと図書館通いを続けた。想定していた作業が全部できたというつもりはないが、相当はかどったことは間違いない。<br />
<br />
こういう場合の持ち帰り仕事は、持ち帰った量に比べて実際にできた作業量が半分にも満たないというケースが多いのだが、今回に限っては70点ぐらいはつけられるかもしれない。残りの30点は、本来やっておきたかったことにまで手をつけられず、その前段階でかなりの時間を費やすことになってしまったからである。<br />
<br />
お陰で今週はほぼ毎日午前3時起きで24時間営業のファミレスにお世話になった。ガストもジョナサンも同じすかいらーく系列なので、店内放送で同じテープを使っている。5月に入ってから「すかいらーく・ミュージックステーション」で流している曲が変わった。今月は、レベッカ『フレンズ』、プリンセス・プリンセス『ダイヤモンド』などの女子バンド特集の他に、さびの部分がやたらと印象に残ったABC（Acid Black Cherry）の「イエス」が流れている。いい曲なので、PVを貼り付けておきます。<br />
<br />
<div style="text-align:center;"><iframe width="560" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/Un44YMjAmvg" frameborder="0" allowfullscreen></iframe></div><br />
<a name="more"></a><strong><span style="color:#980000;">4月30日（月）</span></strong>：午前3時起床し、最近リニューアルオープンしたばかりの近所の24時間ジョナサンで、<strong><span style="color:#0000FF;">中谷巌『資本主義以後の世界』</span></strong>を読み切る。帰宅して朝食をとった後、断続的に次男や娘と自宅前でバドミントンで遊ぶ。GW前半の三連休で唯一、子供達と一緒に過ごした。午後は<strong><span style="color:#0000FF;">青木公『甦る大地セラード』</span></strong>を読み切ろうと格闘した。夕方、1時間ほどウォーキングをして、1万歩の帳尻を合わせた。22時就寝。<br />
<br />
<strong><span style="color:#980000;">5月1日（火）</span></strong>：午前3時起床。この日は5時から1時間ほどウォーキングして、午前9時出社。連休の谷間ということもあって、職場も若干閑散ムード。出勤してきていた同僚と夕方から飲み会。さすがに早朝から起きていると酔いが回るのが速く、帰宅途中で下車する駅を乗り過ごしてしまい、帰宅したら午前様になっていた。なお、前日おおはしゃぎして僕とバドミントンで遊んでいた次男は、この日の朝咳が止まらず、学校を休んだ。病院で診察を受けた結果は、「喘息」っぽい。<br />
<br />
<strong><span style="color:#980000;">2日（水）</span></strong>：午前5時起床。雨だったのでウォーキングは諦め、午前9時出社。午後は早めに退社して、夜間の長時間ドライブに備えて自宅で仮眠を取ろうと考えた。ところが帰宅してみると妻が外出中。中学から下校してきた長男が熱があるとのことで、病院に連れて行った。38度以上あったため、妻と相談し、岐阜への里帰りをキャンセルすることにした。22時就寝。<br />
<br />
<strong><span style="color:#980000;">3日（木）</span></strong>：午前3時起床。24時間ガストで早勉。この日は早めに読めと言われていた日本語の論文2本を読み、これをどうするか対策を考えてガストで6時30分まで過ごした。朝食が終わると、武蔵境駅前の図書館へ直行。そのまま18時近くまで同じ席に座ってずっと<strong><span style="color:#0000FF;">浦田秀次郎・金ゼンマ編『グローバリゼーションとアジア地域統合』</span></strong>を読んだ。ついでに図書館で10冊新しい本を借りた。18時30分頃帰宅。夕食後、1時間のウォーキングで1万歩到達。<strong><span style="color:#0000FF;">マイケル・ルイス著『マネー・ボール』</span></strong>を読了。22時就寝。<br />
<br />
<strong><span style="color:#980000;">4日（金）</span></strong>：午前3時起床。雨足がかなり強かったので、外出しての早勉はやめ、自宅で頭の整理をした。読み終えた論文や文献は、いったんブログの記事にまとめてみることにしている。この日、妻は娘と次男を連れて午前中映画館に行き、僕は自宅療養中の長男にお昼を食べさせたりして昼過ぎまで自宅で留守番していた。午後から再び駅前図書館に籠り、<strong><span style="color:#0000FF;">黒岩米司編『ASEAN再活性化への課題』</span></strong>を読んで過ごした。4時間近く図書館で粘り、19時近くに帰宅。夕食後、1時間のウォーキングでこの日も1万歩クリア。22時就寝。<br />
<br />
<strong><span style="color:#980000;">5日（土）</span></strong>：3時に目覚ましセットして、それよりも30分早く目が覚めたが、その後二度寝してしまい、気付いた時には4時。24時間ジョナサンで早勉。4月に3回読んでも頭に入って来なかった29頁の論文に、満を持して再挑戦。6時半帰宅。午前中から妻、娘、次男の4人で外出。大久保の南インド料理レストラン「ムット」で昼食。インド料理店は厨房もフロアもインド人男性スタッフばかりというところが多いが（ネパール人ばかりというところもあるが）、このお店はご主人のムットさん以外は全員女性で、しかもクリスチャンと思しき内装になっていて、雰囲気がいつもとちょっと違った。南インド料理自体が珍しいので、家族全員で美味しくいただいた。<br />
<br />
<div align="center"><a href="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_5ee/sanchai-documents/CIMG2185.JPG" target="_blank"><img src="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_5ee/sanchai-documents/m_CIMG2185.JPG" width="350" height="262" border="0" align="" alt="CIMG2185.JPG" /></a></div><div align="center"><a href="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_5ee/sanchai-documents/CIMG2187-5b6f3.JPG" target="_blank"><img src="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_5ee/sanchai-documents/m_CIMG2187-5b6f3.JPG" width="350" height="262" border="0" align="" alt="CIMG2187.JPG" /></a></div><br />
昼食後少しだけ大久保・新大久保界隈を歩いたが、特に新大久保駅以東の大久保通りは通行客でごった返しており（上写真）、歩くだけでげんなり。早々に散策を切り上げて武蔵境まで戻り、雑用を済ませて15時30分頃家族と分かれて別行動をとることにした。目的地はまたもや駅前図書館。朝読み切れなかった英語論文を読み切るのをこの日のノルマと定め、19時近くまでかかって読了。さすがに4度目の挑戦だったし、それ以前に相当参考文献を読んで予備知識を得ておいたので、今回はある程度は理解できた。1頁につき知らない単語が10個もあったりしたが、全て辞書を引いて訳がつけてあったので、2度3度と読んでいく際には役に立った。帰宅して夕食をとった後、妻と外出。SUPER MOONを眺めながら1時間ほど歩いた。僕は最近妻を放ったらかしにして22時に就寝してその分早起きしているので、あまり妻とゆっくり話す時間が取れていなかった。一緒にウォーキングするってのもいいかも。それでもこの日も22時就寝。<br />
<br />
<blockquote><script type="text/javascript" src="http://jss.afpbb.com/sdata/newsdelivery/sonet/js/utf8/8898000/4a4d593826a17eae00f121aada9bb306.js"></script></blockquote><br />
<strong><span style="color:#980000;">6日（日）</span></strong>：午前3時起床。4時から6時30分まで24時間ガストで「早勉」。この日は1980年代半ばにガーナに派遣されていた青年海外協力隊の方お二人の活動報告書を通しで読んだ。帰宅後、午前中は、7日返却予定の本2冊について、感想をブログに書きながら頭を整理する作業をやった。午後は再び図書館に行こうかとも考えたのだが、娘の買い物に付き合っているうちに天候がにわかに怪しくなり、激しい夕立。雨脚が弱まった時を狙って帰宅すると、妻が家の大掃除を始めており、さすがに外出できる雰囲気ではなかった。<br />
<br />
確かに、家の中のレイアウトを変えて、それまで物置と化していた僕の「書斎」を整理し、受験生の長男にその部屋を割り当て、長男がこれまで使っていた机を次男に明け渡すという作業は、この連休中に終らせておきたかったことであるのは間違いない。勉強机がなかった次男は、ずっと居間のダイニングテーブルを使って勉強していたのだ。でも、この「物置の整理」は意外と手間がかかる作業で、おまけに相当に埃を吸い込み、僕も咳と鼻水が止まらなくなってしまった。<br />
<br />
結局それ以降持ち帰り仕事に集中できる状態ではなく、そのまま夕食になだれ込み。21時過ぎには疲れて寝ることにしてしまった。（翌朝は3時起き。）<br />
<br />
<strong><span style="font-size:x-large;"><span style="color:#3200FF;">【振り返ってみて…】</span></span></strong><br />
新入社員や学生さんの場合、連休ではめを外した後の連休明けは、仕事や学業に力が入らず、五月病の症状が出てくる頃だと思うが、さすがに連休中に休み明けの仕事の準備をしていた僕が、五月病に罹ることはないだろう。ただ、こうして1週間を振り返ってみて思うことがある。結局、自分が今後一生かけても仕事で取り組んでいきたいテーマにこの1週間は取り組んでいたわけではない。取りあえず目先の仕事としてやってはいるけれど、これが自分がどこかに異動したり仕事を変わった場合に役に立つのかと聞かれると、首をかしげざるを得ない。<br />
<br />
<strong><span style="color:#FF0000;">結局、自分が今やりたい、自分の今後を考えた場合にやっておいた方がよい作業を後回しにして、仕事だからやらなければいけない作業に没頭してこの1週間を過ごしてしまった自分に、多少の虚しさも覚える。</span></strong><br />

]]></content:encoded> 
  </item>  
  <item rdf:about="http://rss.rssad.jp/rss/ad/BxDjluUlmv64/4MHr1Z8JvgcM?type=2&amp;ent=2140d7fc89e198ff62aaa294ee261066">
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    <link>http://rss.rssad.jp/rss/ad/BxDjluUlmv64/4MHr1Z8JvgcM?type=2&amp;ent=2140d7fc89e198ff62aaa294ee261066</link>
    <description><![CDATA[<table cellspacing="0" cellpadding="0"><tbody><tr><td align="left" valign="center"><a href="http://rss.rssad.jp/rss/ad/BxDjluUlmv64/4MHr1Z8JvgcM?type=2" target="_blank"><img alt="" style="border: 0;" border="0" src="http://bnr.rssad.jp/rss/img/BxDjluUlmv64/4MHr1Z8JvgcM?type=3&ent=2140d7fc89e198ff62aaa294ee261066"/></a></td></tr><tr><td align="left" valign="top" > 人生でひげに費やす時間を考えたら脱毛もアリ？【男の脱毛フルコース体験実施中！】 </td></tr></tbody></table><div style="font-size:10px;"><span style="padding-top:5px;"><br style="display:none"/><a href="http://www.rssad.jp/trendmatch/trendmatch.html">Ads by Trend Match</a></span><br/></div>]]></description>
    <dc:date>2012-05-07T05:00:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-05-04-1"> 
    <title>海外ボランティア経験がもたらすもの</title>  
    <link>http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-05-04-1</link>  
    <description><![CDATA[<p>この大型連休の後半、本当なら家族全員で帰省する筈だったのだが、2日（水）夕方になって長男が熱を出したことから、帰省をキャンセルした。天気予報は大雨だったし、そんな中を夜間7時間近くも車を運転して帰省するのには勇気も必要だ。実家滞在はわずか2泊の短期間でもあったので、無理して帰省するよりも東京に居残ろうということになった。お陰で、僕はこの4連休、滞っていた仕事を多少でも片付けるのに費やしている。図書館に通って読みかけの文献や論文を読み、自宅ではPCに向かって作業。時々ブログの記事を書いたりして過ごしている。この連休中、全国各地でいろいろなイベントが行なわれている。僕も来ないかと案内をいただいたイベントがあったのだが、帰省しているからというので参加を遠慮した。ところが東京居残りになってしまったので今から出られないかなとも思ったが、締切を大幅に過ぎているので、大人しくしていようかと思っている。そんな中で、読了しているのに報告してなかった文献を少しずつでも紹介したい。Margaret S. Sherraden, Benjamin Lough, and Amanda Moore McBride,“Effects of International Volunteering and Service:   Individual and Institutional Predictors”Voluntas (2008) 19, p.395-421随分前に一度読んだ論文だが、連休前半にもう一度読み直してみた。Voluntasというボランティア学の国際学術研究誌に掲載された論文で、その目的は国際ボランティア活動（International Volunteering and Service、以下IVS）の効果について、既存研究のレビューを通じて、概念モデルを提示することにある。そこでは、国際ボランティア活動の成果は、ボランティアの属性や個人的能力とそのプログラムの属性、制度的能力によるということが書かれている。　（ボランティア本人の属性＋ボランティア本人の能力）×（プログラムの属性＋プログラムの制度能力）</p>]]></description>  
    <dc:subject>地域愛</dc:subject>  
    <dc:creator>Sanchai</dc:creator>  
    <dc:date>2012-05-06T08:00:00+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
<blockquote><script type="text/javascript" src="http://jss.afpbb.com/sdata/newsdelivery/sonet/js/utf8/8804000/bf5781171cc74714b821f32a64589320.js"></script></blockquote>この大型連休の後半、本当なら家族全員で帰省する筈だったのだが、2日（水）夕方になって長男が熱を出したことから、帰省をキャンセルした。天気予報は大雨だったし、そんな中を夜間7時間近くも車を運転して帰省するのには勇気も必要だ。実家滞在はわずか2泊の短期間でもあったので、無理して帰省するよりも東京に居残ろうということになった。お陰で、僕はこの4連休、滞っていた仕事を多少でも片付けるのに費やしている。図書館に通って読みかけの文献や論文を読み、自宅ではPCに向かって作業。時々ブログの記事を書いたりして過ごしている。<br />
<br />
この連休中、全国各地でいろいろなイベントが行なわれている。僕も来ないかと案内をいただいたイベントがあったのだが、帰省しているからというので参加を遠慮した。ところが東京居残りになってしまったので今から出られないかなとも思ったが、締切を大幅に過ぎているので、大人しくしていようかと思っている。<br />
<br />
そんな中で、読了しているのに報告してなかった文献を少しずつでも紹介したい。<br />
<br />
<strong><span style="color:#0000FF;">Margaret S. Sherraden, Benjamin Lough, and Amanda Moore McBride,<br><span style="font-size:large;">“Effects of International Volunteering and Service: <br>  Individual and Institutional Predictors”</span><br><em>Voluntas</em> (2008) 19, p.395-421</span></strong><br />
<br />
随分前に一度読んだ論文だが、連休前半にもう一度読み直してみた。Voluntasというボランティア学の国際学術研究誌に掲載された論文で、その目的は国際ボランティア活動（International Volunteering and Service、以下IVS）の効果について、既存研究のレビューを通じて、概念モデルを提示することにある。そこでは、<strong><span style="color:#FF0098;">国際ボランティア活動の成果は、ボランティアの属性や個人的能力とそのプログラムの属性、制度的能力による</span></strong>ということが書かれている。<br />
<br />
　（ボランティア本人の属性＋ボランティア本人の能力）×（プログラムの属性＋プログラムの制度能力）<br />
<br />
<a name="more"></a><strong><span style="color:#650000;">ボランティアの属性</span></strong>とは、教育や国籍、人種、エスニシティ、宗教、障害の有無、性別、年齢、所得と資産、雇用状態などのことである。そして、<strong><span style="color:#650000;">ボランティアの個人的能力</span></strong>とは、知識・スキル、動機とここまでの取組み努力、過去のボランティア経験、過去の国際経験、時間的制約などのことである。<br />
<br />
一方、<strong><span style="color:#650000;">国際ボランティアプログラムの属性</span></strong>とは、組織のタイプ、プログラムの使命と目的、スポンサー、費用と予算確保、規模、リクルート方針などのことである。そして、<strong><span style="color:#650000;">国際ボランティアプログラムの制度能力</span></strong>とは、資源、資源へのアクセス、国際性、インセンティブ、研修、支援と監督、組織ネットワーク、説明責任などのことである。<br />
<br />
実際のIVSは、活動内容、活動期間と活動国、単独派遣かグループ派遣か、異文化交流と受容プロセスなどの点で、プログラムの間で大きな違いがある。そして、以上の点を踏まえると、IVSの成果を見る際には、次の3つの側面から捉える。<br />
<br />
<blockquote>　<strong><span style="color:#FF00FF;">　①受入国へのインパクト、<br>
　　②ボランティア本人に対するインパクト、<br>
　　③送出国に対するインパクト</span></strong></blockquote><br />
<strong><span style="color:#650000;">①受入国へのインパクト</span></strong>とは、社会経済環境政治条件の変化や、相手の知識スキルの変化、国際理解、家父長制や従属関係の変化、受入機関の能力向上などから見ることができる。<br />
<br />
<strong><span style="color:#650000;">②ボランティア本人に対するインパクト</span></strong>としては、活動経験とスキルの向上、人格形成、知的向上と外国語スキル、国際理解、市民としての自覚やグローバル社会への貢献といった面から評価することができる。<br />
<br />
<strong><span style="color:#650000;">③送出国に対するインパクト</span></strong>としては、人的資源の増大、異文化理解、国際理解、社会経済環境政治条件の変化、グローバル社会への貢献、送出機関の能力向上などから見ることができる。<br />
<br />
実際のところ、ボランティア本人の属性および能力、ボランティア事業自体の属性と制度の組合せにより、ボランティア活動に期待される成果は異なるということである。例えば、派遣ボランティアグループの構成が、より年齢層が高くて経験豊富なボランティアで占められていれば、そのプロジェクトに対してより多くの専門性が提供できるかもしれない。また、派遣元の機関がしっかり派遣前訓練をやり、現地での活動支援も行えれば、ボランティア活動の有効性は高まると指摘している。また、ボランティア本人に対する成果も、もし帰国後のフォローが行われれば、有効性が高まる。ボランティアの派遣期間が長期になれば、開発へのインパクトが高まる可能性が大きいとか、単独派遣ではボランティア本人と受入側の交流機会が高いが、それに投入される資源も多く求められ、逆にグループ派遣では規模の経済が期待できて事業の有効性は高そうだが、逆にボランティアと受入側の交流機会が少ないというトレードオフも指摘されている。（なんか、とてもわかるような気がする。）<br />
<br />
ちょっと刺激的な先行研究としては、IVSがトップダウン的な開発モデルに対して代替モデルを提示していると指摘しているものがあるという。IVSが技術的スキルだけでなく現地の人々と繋がって信頼を構築する能力も持っているからであるという。また、給料をもらって働いている援助関係者と違い、開発プロジェクトのボランティアは、個人的な利得に対する期待が低く、活動地域での説明責任が大きいことから、より効果的かもしれないとの指摘もある。原著論文が読んでみたいものである。<br />
<br />
また、こんな先行研究もあるらしい。共創（co-production）、つまり活動地域で財やサービスを創り出すために外部者の投入を活用することが、受入地域社会に大きなインパクトをもたらす可能性があるというもの。日本のNGOの方々からはよく聞かされる話であるが、英語論文で一般化されているのを見かけるとちょっと嬉しくなる。<br />
<br />
IVSがボランティア本人にもたらすインパクトについては多くの研究成果があるらしい。但し、殆どの研究の設計は断面調査や特定ボランティアの派遣前後の変化を見るもので、ボランティアに行った場合と行かなかった場合を比較するような実験研究は少ない。先行研究からわかることは、IVSが知識やスキル、経験を豊かにし、知識ベースのグローバル経済の中で暮らし、働いていくのを手助けするというものである。これも、当たり前といえば当たり前なのだが、結構先行研究があるので驚いた。往々にして、ボランティアが国外で住むのは初めてのことで、外国語を学び、文化的背景が異なる人々と交流し、求められている仕事をこなす中で、ボランティア自身が大きく成長する可能性が高い。また、活動終了後のボランティアが市民としての自覚を高め、市民活動に従事する可能性や、地球規模の公共目的のために責任持った行動に出ることも期待できるという。但し、こうした市民としての自覚は、短期のボランティアよりも長期のボランティアの方が高まるとの研究もあるらしい。<br />
<br />
最後に、送出国にもたらされる成果については、先行研究は少ない。しかし、送出国の人的資本や異文化交流、紛争処理、開発、地球市民意識、公共政策に対して影響を及ぼす可能性について言及したものはある。帰国したボランティアやボランティア派遣事業に関わる組織の間で得られた地球規模の啓発が、国内での局地的な紛争や国際紛争などの解決に貢献できる能力を高める可能性が指摘されている。<br />
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<div style="text-align:center;">xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx</div><br />
この論文がいいなと思うのは、IVSと称して、日本で言えば青年海外協力隊（JOCV）派遣事業のような政府が主催するプログラムと、NGOが実施している草の根協力を、取りあえずは同じ枠組みの中で論じることができる点だ。今まで、僕はJOCVはJOCV、NGOはNGOと分けて考えることが多く、両者を繋げて考えていくことができなかった。<br />
<br />
それでも現地に行っている関係者間での交流は可能性があり、JICAの現地事務所などがその結節点として交流の場を提供していくことはまだ可能だろうと思うが、ボランティアが帰国してしまうと、JICAの中ではJOCVとNGOは扱う部署が分かれており、もっぱら帰国ボランティア本人かNGO団体のいずれかの側からのアプローチが相手方に対して行なわれているかどうかにかかっている。<br />

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  </item>  
  <item rdf:about="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-05-04"> 
    <title>『マネー・ボール』</title>  
    <link>http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-05-04</link>  
    <description><![CDATA[<p>マネー・ボール (RHブックス・プラス)作者: マイケル・ルイス出版社/メーカー: 武田ランダムハウスジャパン発売日: 2006/03/02メディア: 文庫出版社/著者からの内容紹介メジャーリーグの球団アスレチックスの年俸トータルはヤンキースの3分の１でしかないのに、成績はほぼ同等。この不思議な現象はゼネラルマネージャーのビリー・ビーンの革命的な考え方のせいだ。その魅力的な考え方はなんにでも応用できる。マイケル・ルイスはこの本で、その考え方を、切れ味のいい文体で、伝記を書くように書いた。ここには選手たちがたどる数々の人生の感動と、人が生きていくための勇気が溢れている。 最近、贔屓の中日ドラゴンズが調子いいので、気分が良い。何しろ連休に入ってから5月4日終了時点で5勝0敗2分でただ今単独首位。山崎、森野に続いて吉見まで選手登録抹消されている状態で、望外の好成績だ。驚きなのは、打てん打てんとイライラが募った打線はまあ相変わらずなのに、対戦相手の方がもっと打てないことだ。ここまでの17勝中、完封勝利が10もある。調子の上がらない横浜相手の三連戦がここまで3回もあるのが大きい。（横浜ファンの人、ごめんなさい！）ただ、打てない打線にイライラするのは変わらない。前にも書いたが、平田！当たりが出始めると滅法打ちまくるが、当たりが止まるとさっぱり打てない。三振か内野ゴロ。四死球での出塁は殆どない。出塁率を打者の評価基準として見る「マネーボール理論」を導入し、そしてビリー・ビーンがドラゴンズのDMをもしやってたら、平田は放出の対象だろう。出塁率.315はセリーグ17位。ドラゴンズのスターティングラインナップの中では下から二番目だ。つまり、もっと低いのがいる。荒木である。荒木の今年の不振も目を当てられない。4日の試合も、大事なところで荒木に1本出ていれば、抑えの岩瀬がソロHRを2本連続被弾して引き分けに終わるなんてこともなかっただろう。一方で、打率だけで見たらさほどいい成績でもないが出塁率が高い選手がいる。谷繁の.411である。どこが違うかといったら、四球を選べるかどうかということらしい。谷繁はここまで19個も四球を選んで出塁しているが、平田は9個だ。ただ、ここで疑問が生じる。谷繁が四球が多いのは、彼が八番を打っているからではないかと思うのだ。森野がファーム落ちする前までの打順でいうと、六番井端か七番平田が出塁して、一塁が空いていた..</p>]]></description>  
    <dc:subject>読書日記</dc:subject>  
    <dc:creator>Sanchai</dc:creator>  
    <dc:date>2012-05-05T08:00:00+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
<!-- amazon --><div class="sonet-asin-area"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4270100281/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41dRF3rwIaL._SL160_.jpg" class="sonet-asin-image" alt="マネー・ボール (RHブックス・プラス)" title="マネー・ボール (RHブックス・プラス)"></a><div class="sonet-asin-info"><p class="sonet-asin-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4270100281/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank">マネー・ボール (RHブックス・プラス)</a></p><ul><li class="sonet-asin-label">作者: マイケル・ルイス</li><li class="sonet-asin-label">出版社/メーカー: 武田ランダムハウスジャパン</li><li class="sonet-asin-label">発売日: 2006/03/02</li><li class="sonet-asin-label">メディア: 文庫</li></ul></div></div><div class="sonet-asin-break"></div><!--/ amazon --><blockquote><span style="color:#FF65FF;">出版社/著者からの内容紹介<br>メジャーリーグの球団アスレチックスの年俸トータルはヤンキースの3分の１でしかないのに、成績はほぼ同等。この不思議な現象はゼネラルマネージャーのビリー・ビーンの革命的な考え方のせいだ。その魅力的な考え方はなんにでも応用できる。マイケル・ルイスはこの本で、その考え方を、切れ味のいい文体で、伝記を書くように書いた。ここには選手たちがたどる数々の人生の感動と、人が生きていくための勇気が溢れている。 </span></blockquote>最近、贔屓の中日ドラゴンズが調子いいので、気分が良い。何しろ連休に入ってから5月4日終了時点で5勝0敗2分でただ今単独首位。山崎、森野に続いて吉見まで選手登録抹消されている状態で、望外の好成績だ。驚きなのは、打てん打てんとイライラが募った打線はまあ相変わらずなのに、対戦相手の方がもっと打てないことだ。ここまでの17勝中、完封勝利が10もある。調子の上がらない横浜相手の三連戦がここまで3回もあるのが大きい。（横浜ファンの人、ごめんなさい！）<br />
<br />
ただ、打てない打線にイライラするのは変わらない。前にも書いたが、平田！当たりが出始めると滅法打ちまくるが、当たりが止まるとさっぱり打てない。三振か内野ゴロ。四死球での出塁は殆どない。出塁率を打者の評価基準として見る「マネーボール理論」を導入し、そしてビリー・ビーンがドラゴンズのDMをもしやってたら、平田は放出の対象だろう。出塁率.315はセリーグ17位。ドラゴンズのスターティングラインナップの中では下から二番目だ。つまり、もっと低いのがいる。荒木である。荒木の今年の不振も目を当てられない。4日の試合も、大事なところで荒木に1本出ていれば、抑えの岩瀬がソロHRを2本連続被弾して引き分けに終わるなんてこともなかっただろう。<br />
<br />
一方で、打率だけで見たらさほどいい成績でもないが出塁率が高い選手がいる。谷繁の.411である。どこが違うかといったら、四球を選べるかどうかということらしい。谷繁はここまで19個も四球を選んで出塁しているが、平田は9個だ。<br />
<br />
ただ、ここで疑問が生じる。谷繁が四球が多いのは、彼が八番を打っているからではないかと思うのだ。森野がファーム落ちする前までの打順でいうと、六番井端か七番平田が出塁して、一塁が空いていたりすると、谷繁は敬遠で歩かされ、次の九番のピッチャーで勝負される。そういうので四球が多くなっているのが谷繁には多い。メジャーに「敬遠」なんて概念があるのかどうかは知らないが、日本に「マネーボール理論」を当てはめようとすると、そういうところは評価が難しいような気がする。<br />
<br />
勿論、この理論については大筋では納得感がある。今日本のセリーグで最もいい打者を1人挙げよと言われたら、印象論で言えば僕は阪神の鳥谷を挙げる。やたらとファールで粘るので、対戦する投手はかなりの球数を放らされる。そういう印象があったのでデータを見ると、なんと今シーズンもここまで選んだ四球の数が26個と断トツの1位だ。打率は.289と彼としては少し低めだが、四球を考慮すると、出塁率は.435にはね上がる。1打席当たり対戦相手の投手に何球放らせたかというデータがあれば、鳥谷の成績は相当上位に行くだろう。<br />
<br />
<a name="more"></a><div style="text-align:center;"><iframe width="560" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/ThVFh1NhvWg" frameborder="0" allowfullscreen></iframe></div><br />
さて、先に「マネーボール理論」の話をしてしまったが、本書はそれを球団経営に初めて導入したビリー・ビーンのお話というよりも、「マネーボール理論」の生い立ちと普及プロセスを描いた作品である。去年日本でも映画公開されたので、ご存知の方は多いのではないかと思う。<br />
<br />
オークランド・アスレチックスといえば、昨年1年間だけ松井秀喜選手と契約して、1期だけで契約更新しなかった球団、そして一昨年ポスティングで岩隈の交渉権を得ながら結局交渉決裂で岩隈の楽天残留の結果を招いた球団であり、あまりいい印象を持っていない人が日本には多いと思うが、2001～2003年シーズンのアスレチックスの圧倒的な強さを誇っていた頃に米国に駐在していた僕にとっては、アスレチックスだけではなく他球団の馴染みのある選手がいっぱい登場してきて、読んでいて懐かしくて仕方がなかった。おまけに、このビーンGMは元々は1980年代に現役の野球選手でマイナーとメジャーの間を行ったり来たりしていたそうだが、彼がメッツのファームで一緒にプレーしていたダリル・ストロベリーがメジャー昇格して頭角を現し始めた80年代の半ば、僕は米国留学していて、ストロベリーの記事は新聞でよく目にしていた。本書の舞台は主に2002年シーズンで、アスレチックス球団フロントの動きを追いかけたものだが、冒頭の2つほどの章でビーンGMのプロ入り以降の苦闘の話が紹介されている。主にはこの2時点のお話だが、その両時点でたまたま僕も米国にいたということもあり、非常に懐かしく、そして興味深く読んだ。<br />
<br />
もう1つ面白かった理由が、日本にも来た外国人助っ人経験者が何人か登場したことだ。例えば阪神のマット・キーオは、2001年当時、アスレチックスのスカウトをやっていたらしい。また、中日でいえばほんの端役だがマット・ステアーズが出てくるし、2002年シーズン後に監督就任したケン・モッカといったら、1980年代前半のドラゴンズ打線を支えた優良外人選手だった。<br />
<br />
本書で紹介されている「マネーボール理論」、あるいは「セイバーメトリクス」というのは、今や日本でもかなり名前が知れてきたように思う。確かに本書を読んでいるとセイバーメトリクスにも一理あると思えるところはあるのだが、出塁率にこだわる打者選択はわかるにせよ、投手選択における理論的根拠が何だったのかは、読み終わってみて「？」としか思えなかった。現場を見ないで客観的データに頼るやり方でもデータが嘘をつかないところは確かにあるだろうが、それが全てではない。選手がプレーする現場を見て感じるスカウトマンのひらめきのようなものもあるかもしれないし、投手の失投や打者の打ち損じを引き出す駆け引きのようなものもかなりあるのではないだろうか。プレーが心理に大きく左右されるようなスポーツなのだから、出塁率1点張りでの戦力補強がどうなのだろうか。それに、ちょっと不振に陥ったり、あるいはちょっと成績が良くなって年棒が高くなりそうだというだけで、すぐにトレードの材料とされてしまうというのでは、選手も気持ち良く長期間はプレーできそうにない。<br />
<br />
結構諸刃の刃だなというのが本書を読んだ印象だった。<br />

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  </item>  
  <item rdf:about="http://rss.rssad.jp/rss/ad/BxDjluUlmv64/qwHJZsy9XLk1?type=2&amp;ent=c7f2b5c9e0c0d78d64b03957b0614429">
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    <description><![CDATA[<table cellspacing="0" cellpadding="0"><tbody><tr><td align="left" valign="center"><a href="http://rss.rssad.jp/rss/ad/BxDjluUlmv64/qwHJZsy9XLk1?type=2" target="_blank"><img alt="" style="border: 0;" border="0" src="http://rss.rssad.jp/rss/img/BxDjluUlmv64/qwHJZsy9XLk1?type=3&ent=c7f2b5c9e0c0d78d64b03957b0614429"/></a></td></tr><tr><td align="left" valign="top" > 使いたいときに使った分だけ、新感覚モバイル　もうひとつは…Webへ！ </td></tr></tbody></table><div style="font-size:10px;"><span style="padding-top:5px;"><br style="display:none"/><a href="http://www.rssad.jp/trendmatch/trendmatch.html">Ads by Trend Match</a></span><br/></div>]]></description>
    <dc:date>2012-05-05T08:00:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-04-30"> 
    <title>『資本主義以後の世界』</title>  
    <link>http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-04-30</link>  
    <description><![CDATA[<p>資本主義以後の世界―日本は「文明の転換」を主導できるか作者: 中谷 巌出版社/メーカー: 徳間書店発売日: 2012/01メディア: 単行本内容（「BOOK」データベースより）崩壊に向かう世界経済、500年に一度の大変動に我々は何をなすべきか?ユーロ危機、財政破綻、貧困の蔓延、原発事故…「西洋からアジアへ」。迫り来る大転換に向けて日本の進むべき道を示す。 僕らが学生の頃、『入門マクロ経済学』という名著で大変お世話になった著者で、その記憶があるので、新しい著書が出るたびにそれなりの敬意を持って読むようにしているつもりではあるが、ちょっと満腹感が出てきた気がする。20年ほど前に小室直樹、落合信彦、五島勉、藤井厳喜等がカッパブックスやNONブックス、ごまブックスあたりから盛んに出していた本と印象が良く似ていて、あまり露骨ではないけれども「陰謀史観」がかなり入ってきている。西洋の国々を擬人化して意図を持って世界を動かしているかの如き表現が目立つ。例えば次のようなもの――。マッカーサーの日本弱体化政策は、ソ連の台頭とともに少なくとも経済面においては見直される故tになる。東西冷戦が激化してきたため、日本の共産勢力に対抗できる橋頭保として経済力を強化する必要うをアメリカが感じ始めたためである。このため、マッカーサーは占領政策を大きく転換した。それが朝鮮戦争勃発（昭和25年）の1、2年前のことである。「日本人自体は腑抜けにしておいてもいいが、経済だけは強くしなければいけない」と考えるようになったのである。（p.104）断定的にスパッと書かれているので読み心地はいいものの、この本を何かに引用することは難しいかもしれない。折角著者が有名な経済学者なのに。擬人化してカッコ書きで発言か意見を書いている箇所は、出所も明らかにして欲しかったな。上で引用した箇所でも、カッコ書きになっている箇所は一体誰がそう言ったのかがわからない。どこかの公文書に残っているのだろうか。それとも、単なる想像なのだろうか。論調は、テレビに出てくる評論家と似ている。言うのは構わないが、そのビジョンを具体化するために著者ご本人はどのような努力をなさるつもりなのだろうか。それが知りたい。</p>]]></description>  
    <dc:subject>読書日記</dc:subject>  
    <dc:creator>Sanchai</dc:creator>  
    <dc:date>2012-05-04T08:00:00+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
<!-- amazon --><div class="sonet-asin-area"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4198633134/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41qORJJg9QL._SL160_.jpg" class="sonet-asin-image" alt="資本主義以後の世界―日本は「文明の転換」を主導できるか" title="資本主義以後の世界―日本は「文明の転換」を主導できるか"></a><div class="sonet-asin-info"><p class="sonet-asin-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4198633134/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank">資本主義以後の世界―日本は「文明の転換」を主導できるか</a></p><ul><li class="sonet-asin-label">作者: 中谷 巌</li><li class="sonet-asin-label">出版社/メーカー: 徳間書店</li><li class="sonet-asin-label">発売日: 2012/01</li><li class="sonet-asin-label">メディア: 単行本</li></ul></div></div><div class="sonet-asin-break"></div><!--/ amazon --><blockquote><span style="color:#FF65FF;">内容（「BOOK」データベースより）<br>崩壊に向かう世界経済、500年に一度の大変動に我々は何をなすべきか?ユーロ危機、財政破綻、貧困の蔓延、原発事故…「西洋からアジアへ」。迫り来る大転換に向けて日本の進むべき道を示す。 </span></blockquote>僕らが学生の頃、『入門マクロ経済学』という名著で大変お世話になった著者で、その記憶があるので、新しい著書が出るたびにそれなりの敬意を持って読むようにしているつもりではあるが、ちょっと満腹感が出てきた気がする。<br />
<br />
20年ほど前に小室直樹、落合信彦、五島勉、藤井厳喜等がカッパブックスやNONブックス、ごまブックスあたりから盛んに出していた本と印象が良く似ていて、あまり露骨ではないけれども「陰謀史観」がかなり入ってきている。西洋の国々を擬人化して意図を持って世界を動かしているかの如き表現が目立つ。例えば次のようなもの――。<br />
<blockquote>マッカーサーの日本弱体化政策は、ソ連の台頭とともに少なくとも経済面においては見直される故tになる。東西冷戦が激化してきたため、日本の共産勢力に対抗できる橋頭保として経済力を強化する必要うをアメリカが感じ始めたためである。このため、マッカーサーは占領政策を大きく転換した。それが朝鮮戦争勃発（昭和25年）の1、2年前のことである。<strong><span style="color:#FF00FF;">「日本人自体は腑抜けにしておいてもいいが、経済だけは強くしなければいけない」</span></strong>と考えるようになったのである。（p.104）</blockquote>断定的にスパッと書かれているので読み心地はいいものの、この本を何かに引用することは難しいかもしれない。折角著者が有名な経済学者なのに。擬人化してカッコ書きで発言か意見を書いている箇所は、出所も明らかにして欲しかったな。上で引用した箇所でも、カッコ書きになっている箇所は一体誰がそう言ったのかがわからない。どこかの公文書に残っているのだろうか。それとも、単なる想像なのだろうか。<br />
<br />
論調は、テレビに出てくる評論家と似ている。言うのは構わないが、そのビジョンを具体化するために著者ご本人はどのような努力をなさるつもりなのだろうか。それが知りたい。<br />
<blockquote><script type="text/javascript" src="http://jss.afpbb.com/sdata/newsdelivery/sonet/js/utf8/8879000/2eddec846f6151af1921b89868b52fa6.js"></script></blockquote><a name="more"></a>
]]></content:encoded> 
  </item>  
  <item rdf:about="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-04-30-1"> 
    <title>『甦る大地セラード』</title>  
    <link>http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-04-30-1</link>  
    <description><![CDATA[<p>甦る大地セラード―日本とブラジルの国際協力 (国際協力選書)作者: 青木 公出版社/メーカー: 国際協力出版会発売日: 1995/04メディア: 単行本内容（「BOOK」データベースより）日本政府は民間企業、ブラジル政府等と協力し、日系人を先駆けとする農業家たちとともにこの地を切り拓いた。元朝日新聞社ロサンゼルス支局長が、いま新たに現地を取材し、紆余曲折の歴史と人間群像を焦点に、このODAの真実の姿を描き出す。この本の発刊は1995年7月10日、僕が結婚した翌日になっている。出版業界で働いている友人に聞いてみたところ、発行日よりも2週間近く早く書店店頭では並ぶ可能性があるそうだが、今考えても、この本がなぜ僕の自宅の書棚に入っていたのかが思い出せない。当時の僕は我が社のブラジル事業とわずかながら繋がりがあったので、勉強してみようかと思って買ったのかもしれない。本書で取り上げているブラジルの「セラード農業開発」という事業は、1970年代初頭に米国ニクソン大統領が米国産大豆の対外輸出禁止措置を下し、日本国内で「豆腐が食べられなくなる」と大騒ぎになった際に、当時の田中角栄首相が、穀物の輸入元を多角化しておかないと安全保障上リスクが大きいと判断し、ブラジル訪問してガイゼル大統領と農業開発協力で合意したのが事業の発端となっている。元々「セラード」という土地は「見捨てられた」という意味だそうで、農業には向かない荒地だったらしい。そこに、石灰を入れて灌漑を引いて土壌を改良し、その地域に合った穀物の品種を開発・導入して、今や世界の需要を満たす一大穀倉地帯に変貌を遂げた。2012年1月18日付の日経新聞によると、米農務省が発表した需給見通しで、2011穀物年度（11年9月～12年8月）の大豆輸出量は、ブラジルが3900万トン、米国が3470万トンとなり、ブラジルはとうとう首位に躍り出たという。大豆輸入先の確保を目的として日本政府が支援したセラード開発は、今や中国の大きな需要に支えられて大きく発展を遂げている。</p>]]></description>  
    <dc:subject>読書日記</dc:subject>  
    <dc:creator>Sanchai</dc:creator>  
    <dc:date>2012-05-03T08:00:00+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
<!-- amazon --><div class="sonet-asin-area"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/490635209X/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank"><a href="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_5ee/sanchai-documents/EPSON003-c99eb.JPG" target="_blank"><img src="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_5ee/sanchai-documents/m_EPSON003-c99eb.JPG" width="123" height="176" border="0" align="left" alt="EPSON003.JPG" /></a><div class="sonet-asin-info"><p class="sonet-asin-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/490635209X/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank">甦る大地セラード―日本とブラジルの国際協力 (国際協力選書)</a></p><ul><li class="sonet-asin-label">作者: 青木 公</li><li class="sonet-asin-label">出版社/メーカー: 国際協力出版会</li><li class="sonet-asin-label">発売日: 1995/04</li><li class="sonet-asin-label">メディア: 単行本</li></ul></div></a></div><div class="sonet-asin-break"></div><!--/ amazon --><blockquote><span style="color:#FF65FF;">内容（「BOOK」データベースより）<br>日本政府は民間企業、ブラジル政府等と協力し、日系人を先駆けとする農業家たちとともにこの地を切り拓いた。元朝日新聞社ロサンゼルス支局長が、いま新たに現地を取材し、紆余曲折の歴史と人間群像を焦点に、このODAの真実の姿を描き出す。</span></blockquote>この本の発刊は1995年7月10日、僕が結婚した翌日になっている。出版業界で働いている友人に聞いてみたところ、発行日よりも2週間近く早く書店店頭では並ぶ可能性があるそうだが、今考えても、この本がなぜ僕の自宅の書棚に入っていたのかが思い出せない。当時の僕は我が社のブラジル事業とわずかながら繋がりがあったので、勉強してみようかと思って買ったのかもしれない。<br />
<br />
本書で取り上げているブラジルの「セラード農業開発」という事業は、1970年代初頭に米国ニクソン大統領が米国産大豆の対外輸出禁止措置を下し、日本国内で「豆腐が食べられなくなる」と大騒ぎになった際に、当時の田中角栄首相が、穀物の輸入元を多角化しておかないと安全保障上リスクが大きいと判断し、ブラジル訪問してガイゼル大統領と農業開発協力で合意したのが事業の発端となっている。元々「セラード」という土地は「見捨てられた」という意味だそうで、農業には向かない荒地だったらしい。そこに、石灰を入れて灌漑を引いて土壌を改良し、その地域に合った穀物の品種を開発・導入して、今や世界の需要を満たす一大穀倉地帯に変貌を遂げた。2012年1月18日付の日経新聞によると、米農務省が発表した需給見通しで、2011穀物年度（11年9月～12年8月）の大豆輸出量は、ブラジルが3900万トン、米国が3470万トンとなり、ブラジルはとうとう首位に躍り出たという。大豆輸入先の確保を目的として日本政府が支援したセラード開発は、今や中国の大きな需要に支えられて大きく発展を遂げている。<br />
<br />
<a name="more"></a>ここまで劇的なブラジルの大豆生産の伸びは、本書が書かれた1995年以後に見られたものだ。だから、17年も前に書かれたこの本では、そうしたセラード地帯のランドスケープの変貌について、それほどドラマチックには描かれていない。むしろ、そういう変化の過程で影響を受けた人々の、ネガティブな声もフェアに拾っていて、そちらの方がかえって目立つ。本書が出たばかりの頃、僕はこの本を読んでセラード農業開発に対してあまりいい印象を持たなかったのだが、その理由は、結構マイナスポイントが細かく書かれていて、プラスポイントを打ち消してしまっていると感じたからだろう。<br />
<br />
17年ぶりに読み返してみて、プラスポイントが書かれていないわけではないことがわかった。ただ、各取材対象者にインタビューする際に、プラスポイントの方を先に出した後でマイナスポイントにも言及しているので、読み過ぎるとマイナスの印象の方が残ってしまう。（その辺に、朝日新聞の記者出身という著者の矜持を感じないでもないが…。）加えて端的に「これこそがセラード最大の成功ポイント」というのが明確に示されていないので、セラードについて何も知らない人が読むと印象になかなか残らない。<br />
<br />
そう、本書の問題をあえて言えば、元々セラードのことをある程度知っている人でないと本書で書かれていることが容易には理解できないという点にある。僕はここ半年ほどでセラードについて多少の予備知識をつけた。だから今回久々にこの本を読んでみようという気持ちになれたし、読んでいて聞き慣れた地名や人名が出てきて読みやすかった。それでも、セラード農業開発をその前史から含めて時系列で追って描いていないため、事業概要を手っ取り早く理解するのにはあまり向かない本だと改めて思った。（ある程度知っている人が読んで知識の穴埋めをするのには向いているかもしれないが。）<br />
<br />
セラード開発については、1994年当時でもいろいろ言われていたらしく、そのために日本の社会学者が現地で聴き取り調査もやっている。著者の又聞きだが、社会学者への取材から次のようなコメントを引き出している。<br />
<blockquote>「ブラジリアでブラジル司教会議にも行った。いわゆる解放の神学派によると、セラード開発計画は、大規模、機械化、労働集約型で、地元への利益はない。農産物も輸出向けである。貧しい小農民や農業労働者、いわゆる『冷や飯者』には益がない、という。しかし、現場では、開発からはじき出されるほど深刻な事態はみられなかった。たしかに、農地改革は必要だが、ブラジルには未開発のフロンティアがあるので、農地の再分配はかなりむずかしい。セラード開発に、日本の官民の資金は役立っている」（p.188）</blockquote>農業協力を小農支援として見るか、食料増産を指向する大規模農業支援として見るかによって評価の仕方も違ってくるのだろう。セラードの場合も、1994年時点で小農支援として捉えると、気になるところもあるのだろう。ただ、これをもし2012年時点で食料安全保障の観点から捉えた場合、全く異なるイメージとなるだろう。1994年当時は小農民や農業労働者だった人々が、その後のブラジル経済の発展の中で、その生活がどう変わっていったのかを見てみると、著者が1994年当時の取材で見聞した内容とは異なるストーリーが描けるのではないかと思う。<br />
<br />
ところで、ここで出てくる「解放の神学」系の宗教関係者のアドボカシーを見ると、その影響力の恐ろしさをまじまじと感じる。「言いたい奴には言わせておけ」と無視していると、そのうちにとんでもないしっぺ返しを喰らうことがあるという好事例だろう。ただ、引用した社会学者のコメントからもわかる通り、宗教関係者が正しい情報とエビデンスに基づいてセラード開発を批判していたわけでもないらしい。無視して放っておくだけではなく、彼らと向き合ってちゃんとした情報提供をしていくことも必要だったのではないか。このところ「宗教と開発」というテーマでブログにいろいろ記事を書いている僕としては思わざるを得ない。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />

]]></content:encoded> 
  </item>  
  <item rdf:about="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-01-29"> 
    <title>『わかりやすい絹の科学』</title>  
    <link>http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-01-29</link>  
    <description><![CDATA[<p>わかりやすい絹の科学―基礎から実際まで作者: 出版社/メーカー: 文化出版局発売日: 1990/03メディア: 単行本出版社/著者からの内容紹介絹の美しさ、着心地のよさから、最近のハイブリッドシルクまで、その扱いなど豊富なイラスト、写真で解説したQ＆A方式の絹のガイド。被服関係者などに最適。この本は今年1月に読んで、そのまま感想も書かずに放ったらかしにしていた。基本はレファレンスブックなのだが、タイトルからも想像できるように、この本は養蚕というよりも絹糸を科学的に説明した解説書である。今年1月に本を出した際、本の中であまり触れられなかったのが製糸以降の工程であった。南インドの農家が質の高い繭を作って収入が上がるというストーリーなら読者の興味も湧くのではないかと思ったし、実際に日本から派遣されていた専門家の方々はほとんどがそちらの方のご専門の方々であった。日本人の養蚕技術専門家と地元養蚕農家の交流といったら面白い逸話も沢山あって絵になりやすい。本を書くときにそこに重点を置くという方針は最初から決まっていたので、製糸以降の工程については、必要最低限の知識だけしか持ち合わせず、原稿の中でもあまり言及しなかった。僕の本に書けているポイントはそこだと思っている。</p>]]></description>  
    <dc:subject>読書日記</dc:subject>  
    <dc:creator>Sanchai</dc:creator>  
    <dc:date>2012-05-02T08:00:00+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
<!-- amazon --><div class="sonet-asin-area"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4579104749/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank"><a href="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_5ee/sanchai-documents/06646727.jpg" target="_blank"><img src="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_5ee/sanchai-documents/m_06646727.jpg" width="138" height="196" border="0" align="left" alt="06646727.jpg" /></a><div class="sonet-asin-info"><p class="sonet-asin-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4579104749/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank">わかりやすい絹の科学―基礎から実際まで</a></p><ul><li class="sonet-asin-label">作者: </li><li class="sonet-asin-label">出版社/メーカー: 文化出版局</li><li class="sonet-asin-label">発売日: 1990/03</li><li class="sonet-asin-label">メディア: 単行本</li></ul></div></a></div><div class="sonet-asin-break"></div><!--/ amazon --><blockquote><span style="color:#FF65FF;">出版社/著者からの内容紹介<br>絹の美しさ、着心地のよさから、最近のハイブリッドシルクまで、その扱いなど豊富なイラスト、写真で解説したQ＆A方式の絹のガイド。被服関係者などに最適。</span></blockquote>この本は今年1月に読んで、そのまま感想も書かずに放ったらかしにしていた。基本はレファレンスブックなのだが、タイトルからも想像できるように、この本は養蚕というよりも絹糸を科学的に説明した解説書である。<br />
<br />
今年1月に本を出した際、本の中であまり触れられなかったのが製糸以降の工程であった。南インドの農家が質の高い繭を作って収入が上がるというストーリーなら読者の興味も湧くのではないかと思ったし、実際に日本から派遣されていた専門家の方々はほとんどがそちらの方のご専門の方々であった。日本人の養蚕技術専門家と地元養蚕農家の交流といったら面白い逸話も沢山あって絵になりやすい。本を書くときにそこに重点を置くという方針は最初から決まっていたので、製糸以降の工程については、必要最低限の知識だけしか持ち合わせず、原稿の中でもあまり言及しなかった。僕の本に書けているポイントはそこだと思っている。<br />
<br />
<a name="more"></a>いずれ南インドの製糸業者の話ももっと調べて何かの形で紹介できたらと思ってはいる。本の中では触れなかったが、現地の政府機関で珍しく社会科学系のバックグランドを持っている方にお目にかかって少し話をさせてもらったところ、南インドの民間製糸業者は経営者の高齢化が進んでいて、あと10年もしたら製糸業者がいなくなると仰っていた。製糸業者はサナギを殺す作業をこなさねばならないので、ヒンドゥーの高カーストは経営者にも工員にもおらず、経営者層はそういうタブーのないムスリムが殆どで、工員には同じくムスリムや低カーストが多いのだとか。南インドでは労働力不足が進んできており、こうした殺生が絡む仕事でなくても教育を受けていれば雇用機会はある。製糸業者の子息は家業を継ぐよりも他の仕事に就こうとしているし、工員も他の楽な作業を選択する余地がある。合理化が進んで大規模な機械制製糸工場でも出来てこないと、中小の製糸業者が存続できる余地は相当に限られているのではないかと思う。以上は単なる予想なので、それなりにエビデンスを集めてみないとこれ以上は述べることは難しい。<br />
<br />
そんなわけで、長期的にはもう少しインドの製糸業や織物業について調べておきたいと思っている。でも、糸についての予備知識は本当に限られているので、そのとっかかりとして、絹糸について書かれた解説書を幾つか読んでおこうと思った。こういう本が近所の市立図書館に所蔵されていることがわかっただけでも大きな収穫である。必要あれば何度でも調べに行けるから。<br />
<br />
とはいえ、今回は先ず必要となったのは、第Ⅷ部に書かれている「絹の歴史、蚕糸業の役割」であった。「人間とシルクのつき合いはいつごろから始まったのでしょうか？」「シルクロードはいつごろとどのようにしてできたのでしょう？」「西方への絹の伝播について教えてください」「絹から見た日本人の生活史を教えてください」「蚕糸業は女子教育に貢献したといわれていますが、その経過を教えてください」「日本経済を担った蚕糸業の発展と過程を教えてください」といった質問項目に、巻末資料として、「主要な絹織物の産地」「絹に関する時代年表」「絹に関係のある官庁、団体、研究機関」等が収録されている。1990年の発刊なので、さすがに巻末の関連団体リストはちょっと古いけれど、歴史をふり返るなら1990年代を起点にして過去に遡ればよいと思うので、今読んでもさほど違和感を感じない。<br />

]]></content:encoded> 
  </item>  
  <item rdf:about="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-04-23-2"> 
    <title>『宗教と開発』学習メモ３</title>  
    <link>http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-04-23-2</link>  
    <description><![CDATA[<p>Religion and Development: Ways of Transforming the World編者: Gerrie Ter Haar出版社/メーカー: Hurst &amp; Co.発売日: 2011/03メディア: ペーパーバック続けざまに3つの章のレジメを転載してきましたが、本日が最後です。筆者は英国系のクリスチャン・エイドというNGOのワーカーを務めた後、前回紹介した世界宗教開発対話（WFDD）事務局で働き、英国国際開発庁（DFID）ラテンアメリカ地域担当部長を経て、現在米国ジョージタウン大学にあるバークレー宗教国際平和研究センター（訳し方がアバウト…）の研究員を務めている人である。その意味で、2回目に紹介した章の筆者と論点は非常に近いと思う。Ch.9: Religion and the Millennium Development Goals: Whose Agenda?Wendy Tyndale, pp.207-229宗教に対する関心の高まり　　◆WFDDはウォルフェンソンの世銀総裁退任後活動後退。宗教が政治的に手に負えない、開発とは関連性がない、世銀活動の妨げになる、対話しても実が少ないといった理由による反対論の方が強かった。◆しかし、宗教と開発を巡る対話は、世銀内外で継続。　（例）DFID・バーミンガム大学共同研究（2005～）、SDCなどかつてない関心の高まりのわけ◆宗教指導者の影響力の大きさへの認識高まる。（例）Voices of the Poor◆主流派の開発課題について、それを主流化する取組みへの疲れが目立ち、世銀やIMFも批判の対象となってきた。◆政府機関は彼らだけで貧困削減を実現して生活水準の改善を実現する手段を持っていない。　→「パートナーシップ」へ（企業、学界、NGO、そして宗教へ）◆開発機関は宗教団体との連携を、自分たちのアジェンダ、とりわけMDGsを、草の根レベルで効果的に実現させる手段と見なしている。</p>]]></description>  
    <dc:subject>読書日記</dc:subject>  
    <dc:creator>Sanchai</dc:creator>  
    <dc:date>2012-05-01T08:00:00+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
<span style="color:#0000FF;"></span><!-- amazon --><div class="sonet-asin-area"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/1849041407/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51E5ID4bE7L._SL160_.jpg" class="sonet-asin-image" alt="Religion and Development: Ways of Transforming the World" title="Religion and Development: Ways of Transforming the World"></a><div class="sonet-asin-info"><p class="sonet-asin-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/1849041407/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank">Religion and Development: Ways of Transforming the World</a></p><ul><li class="sonet-asin-label">編者: Gerrie Ter Haar</li><li class="sonet-asin-label">出版社/メーカー: Hurst &amp; Co.</li><li class="sonet-asin-label">発売日: 2011/03</li><li class="sonet-asin-label">メディア: ペーパーバック</li></ul></div></div><div class="sonet-asin-break"></div><!--/ amazon --><br />
続けざまに3つの章のレジメを転載してきましたが、本日が最後です。筆者は英国系のクリスチャン・エイドというNGOのワーカーを務めた後、前回紹介した世界宗教開発対話（WFDD）事務局で働き、英国国際開発庁（DFID）ラテンアメリカ地域担当部長を経て、現在米国ジョージタウン大学にあるバークレー宗教国際平和研究センター（訳し方がアバウト…）の研究員を務めている人である。その意味で、2回目に紹介した章の筆者と論点は非常に近いと思う。<br />
<br />
<strong><span style="font-size:large;"><span style="color:#0000FF;">Ch.9: Religion and the Millennium Development Goals: Whose Agenda?<br></span></span></strong><strong><span style="color:#0000FF;">Wendy Tyndale, pp.207-229</span></strong><br />
<br />
<strong><ins>宗教に対する関心の高まり　</ins></strong>　<br />
◆WFDDはウォルフェンソンの世銀総裁退任後活動後退。宗教が政治的に手に負えない、開発とは関連性がない、世銀活動の妨げになる、対話しても実が少ないといった理由による反対論の方が強かった。<br />
<br />
◆しかし、宗教と開発を巡る対話は、世銀内外で継続。<br />
　（例）DFID・バーミンガム大学共同研究（2005～）、SDCなど<br />
<br />
<strong><ins>かつてない関心の高まりのわけ</ins></strong><br />
◆宗教指導者の影響力の大きさへの認識高まる。（例）Voices of the Poor<br />
<br />
◆主流派の開発課題について、それを主流化する取組みへの疲れが目立ち、世銀やIMFも批判の対象となってきた。<br />
<br />
◆政府機関は彼らだけで貧困削減を実現して生活水準の改善を実現する手段を持っていない。<br />
　→「パートナーシップ」へ（企業、学界、NGO、そして宗教へ）<br />
<br />
◆開発機関は宗教団体との連携を、自分たちのアジェンダ、とりわけMDGsを、草の根レベルで効果的に実現させる手段と見なしている。<br />
<a name="more"></a><strong><ins>MDGs</ins></strong><br />
◆MDGsのうち1、2つについては目標年限までの達成が見込み薄。<br />
◆宗教界はどのように支援できると考えられているのか？<br />
<br />
<strong><ins>貧困の定義　</ins></strong><br />
◆宗教界では、<strong><span style="color:#FF0098;">精神的な達成感や心の満足感、安寧、希望や尊厳といった人間らしいクオリティの欠如も「貧困」の範疇</span></strong>に含まれる。単に個々の人に注目するだけでなく、コミュニティ全体に共通する善、コミュニティ全体の発展の重要性を重視。<br />
<br />
◆Riddel：宗教的観点からの「剥奪」の理解は、他者との関係、物質世界との関係といった関係性を理解すること。信頼、連帯、寛容、抑制、同情といった、「徳」として知られる共通の属性に基づき社会を整理できなければ、物質的に貧しい人々だけでなく、豊かな人々にも影響を与える貧困状況に苦しみ続けることになる。<br />
<br />
◆<strong><span style="color:#FF0098;">MDGsは物質的剥奪への取組み。</span></strong>宗教界から提示されているような広義の貧困を理解せねば、MDGsが注目する「貧困」を撲滅するのに必要なプロセスは完結しない。<br />
<br />
<strong><ins>どのような「開発」を指向するか？</ins></strong><br />
◆宗教界では、<strong><span style="color:#FF0098;">開発の恩恵が全ての人に行きわたるものであること</span></strong>を求める。<br />
　〇最後の1人がどの程度恩恵を受けたか。<br />
　〇「誰も取り残すな」<br />
　〇「成長が人に恩恵を与えないなら、それは開発ではない」<br />
<br />
◆経済開発計画は、もし人の生き方の文化的、政治的、社会的、環境的側面と同様に精神的側面も考慮したものでなければ、持続可能なものにはならない。<br />
<br />
<strong><ins>MDGs達成に向けた協力　</ins></strong><br />
１）<strong><span style="color:#6500FF;">サービス提供</span></strong>：真っ先に思い浮かぶもの。政府計画では顧みられないことが多かった。<br />
　単に安価で質の高いサービスを提供できる点だけを期待するのは危険。<br />
　宗教団体のサービス提供活動には各々の団体のアジェンダがある。<br />
<br />
２）<strong><span style="color:#6500FF;">教育</span></strong>：カリキュラム、提供される教育の底流にある価値体系が重要。グッド・ガバナンスや健全な<br />
　ビジネス慣行に必要な「モラルキャピタル」の蓄積。より厳格な教義を教える教育サービスもある。<br />
　宗教団体のアジェンダがあることに注意。<br />
<br />
３）<strong><span style="color:#6500FF;">HIV/AIDS</span></strong>：UN、世銀ともに宗教団体との協力を特に重視する分野だが、2003年アジスアベバ会議は<br />
　草の根宗教団体と開発機関との協力の難しさを露呈（例：効率性の考え方、時間的制約、<br />
　作業レベルでのスタッフ間ないしスタッフと受益者との関係性、良い開発事業とは何か）。<br />
<br />
４）<strong><span style="color:#6500FF;">食料と環境</span></strong>：最低限の食料を配給する宗教団体も。<br />
<br />
５）<strong><span style="color:#6500FF;">仕事</span></strong>：生計を立てるために働くことができるかどうかを重視。仕事へのアクセスは、人のため、<br />
　神のためになる機会を得ることを意味し、人に尊厳をもたらすと考える。<br />
<br />
６）<strong><span style="color:#6500FF;">女性のエンパワーメント</span></strong>：宗教団体の殆どがジェンダー関係ではネガティブな役割を演じる。<br />
　しかし、女性に対して差別的な習慣は、宗教の教義そのものよりも、コミュニティ内での力関係に基づく<br />
　との指摘も。<br />
<br />
<strong><ins>最後に</ins></strong><br />
◆MDGsの問題は、それが<strong><span style="color:#FF0098;">西側政府、UN、世銀によって設計された開発アジェンダ</span></strong>であること。<strong><span style="color:#FF0098;">トップダウン的性格</span></strong>を持ち、<strong><span style="color:#FF0098;">各国の事情に基づく政策ニーズに優先</span></strong>する。<br />
<br />
◆異なる宗教的伝統を背景とした人々にとってのMDGsの問題点は、そこでは<strong><span style="color:#FF0098;">「開発」は数値にて計測可能な特定の成果を得ること</span></strong>と見られている点。<br />
<br />
◆草の根レベルでの活動で、開発機関と宗教団体の協力を実現させようとする努力が多くの困難に直面するのは、宗教団体の活動の背景にパラドックスがあるから。<br />
<br />
　★宗教的に感化された人々は貧しい人々と一緒に暮らし、巨大な世俗開発機関にはアクセスできない<br />
　　知見を持ち、影響力もある。<br />
<br />
　★貧しい人々に近い場所で活動してきたことが、宗教団体や指導者に開発専門家とは違う見方をもたらす<br />
　　きっかけとなり、時にそれが対立関係になることも。<br />
<br />
◆しかし、宗教的動機から活動してきた人々が、貧しい人々と接することで、宗教的動機をさらに強めて活動を強化することにも繋がる可能性がある。<br />
<br />
◆宗教団体も変化に対してオープンである必要。<br />
<br />
◆ジュビリー2000：宗教団体がいったん連携したら、その影響力は大きい。<br />
<br />
<div style="text-align:center;">xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx</div><br />
この筆者の論点で面白かったのは、ミレニアム開発目標（MDGs）に対して批判的であるという点である。目標が達成されていること自体よりも、目標が達成されること自体がその国に対して持つ意味にもっと注目する必要があると言っているようでもある。あるいは、数値目標を達成するという結果よりも、どのようにしてそれが達成されるのかというプロセスを重視していると言ってもよい。<br />
<br />
MDGsがトップダウン的性格を持っているというのも、最近よく目にする。MDGsは国際社会で先進国も途上国も集まった場で合意された共通の達成目標であるが、それが各国地域社会においては外から課せられた目標と映るのは仕方ないところだろう。本来、開発目標というのはその地域ごとの特性を配慮して改編が行なわれるべきものだと考えられるが、国際社会において達成状況を共通の尺度で比較するには、外からの押し付けと取られるような指標であっても達成に向けた責任を果たしていかなければならない。<br />
<br />
筆者によると、宗教関係者が開発というものを捉える場合、「70％」という目標をクリアしたからそれでよいというものではないらしい。通常ならそこで目標達成となって達成努力は打ちきられることになるのだろうが、宗教関係者は残りの「30％」がどうなるのかというところまで注意するのだという。<br />
<br />
それと、本章は実際のMDGs達成に向けた宗教関連団体の取組みの具体例を幾つも紹介しているところが参考になる。例えば、インドで言うと、コルカタに拠点を置くラマ・クリシュナ教団とか、カルナタカ州のVGKK（ヴィヴェーカーナンダ・ギリジャナ・カリヤナ・ケンドラ）、ケララ州の全インド漁業者フォーラム（NFF）の活動などが紹介されている。<br />
<br />
実際に国単位とかではなくもっと小さな地域単位で見ていけば、ある程度は社会の同質性もあって、宗派間の対立に開発機関が巻き込まれるリスクは少なくなる。そうした場合は、地域レベルでは開発機関と宗教関連団体や宗教指導者との連携の余地は相当に広がるのではないかという気がする。仰々しく「宗教と開発の対話」などと言わなくとも、草の根レベルでは切っても切れない、勿論、HIV/AIDSやジェンダーに見られるように課題へのアプローチの仕方が違うケースは当然あると思うが、それでも可能性を感じさせる内容だった。<br />

]]></content:encoded> 
  </item>  
  <item rdf:about="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-04-29"> 
    <title>週報（4/23 - 4/29）</title>  
    <link>http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-04-29</link>  
    <description><![CDATA[<p>ボーマン先生との思い出11月末、京都の大学での講義の前日に岐阜の実家に立ち寄った際、父から中日新聞西濃版の切り抜きを受け取った。弟がとっておいてくれたもので、岐阜県垂井町の知的障害者支援施設「あゆみの家」の創立40周年にちなんだ3回シリーズの記事「約束－あゆみの家とともに」（秋田佐和子記者）である。導入部分を引用する。垂井町の知的障害者支援施設「あゆみの家」が、今年40周年を迎えた。創設者は、米国カンザス州グッドランド出身の故ジョン・ボーマンさん（2004年、79歳で死去）。終戦まもないころ、仙台で日本の子どもたちと交わした約束を守るため、宣教師として再び来日。弱い立場の人たちを常に気に掛け、私財を投じて西濃で初めての障害者支援施設を造った。同郷の妻ベルニダさん（82歳）は夫を支え、その死後もリサイクルショップの売り上げを寄付して、施設を支えた。夫妻が来て58年。長い歩みをたどる。この導入からもわかる通り、この記事はボーマン夫妻の歩みを紹介したものである。だが、本日この話題を取り上げるのは、残念ながら僕の「あゆみの家」やジョン・ボーマン宣教師との関係性を紹介したかったからではない。「㊥出会い」にベルニダ夫人が「英語講師の収入」を全てあゆみの家に寄付されていたとあるが、その夫人－僕らは「ボーマン先生」と呼んでいた－に英語を教わっていた1人が僕であり、そして僕の弟だったからだ。今週、最も嬉しかったことは、高校時代に英会話を教わった恩師であるベルニダ・ボーマン先生と、なんとフェースブックで連絡が取れたことだ。僕が先生のご自宅の電話番号を忘れてしまったことから、毎回帰省しても何となく連絡をしそびれて既に20年近くが経とうとしている。冒頭の記事を書いたのは昨年末のことで、その時には年末年始の帰省の際に会って来れたらと結んでいたが、それも実現させられなかった。ところが、今回はGW直前に連絡がつき、帰省する際にお訪ねすることになった。今年83歳になるボーマン先生がフェースブックをやっておられたのには驚いたが、こうして繋がりを再構築できたのはとてもよかった。帰省した際の訪問先がもう1つできた気がする。【神宮でまったく勝てないドラゴンズ】昨年までセリーグ二連覇を果たしているドラゴンズの最も苦手とする相手はヤクルト・スワローズ、しかも神宮球場での対戦である。神宮のヤクルト戦を観戦に行った日には、100％ドラゴンズは負ける。監督が変わ..</p>]]></description>  
    <dc:subject>備忘録</dc:subject>  
    <dc:creator>Sanchai</dc:creator>  
    <dc:date>2012-04-30T06:00:00+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
<blockquote cite="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2011-12-07" title="ボーマン先生との思い出">
<cite><a href="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2011-12-07">ボーマン先生との思い出</a></cite><br />
11月末、京都の大学での講義の前日に岐阜の実家に立ち寄った際、父から中日新聞西濃版の切り抜きを受け取った。弟がとっておいてくれたもので、岐阜県垂井町の知的障害者支援施設「あゆみの家」の創立40周年にちなんだ3回シリーズの記事「約束－あゆみの家とともに」（秋田佐和子記者）である。導入部分を引用する。<br />
垂井町の知的障害者支援施設「あゆみの家」が、今年40周年を迎えた。創設者は、米国カンザス州グッドランド出身の故ジョン・ボーマンさん（2004年、79歳で死去）。終戦まもないころ、仙台で日本の子どもたちと交わした約束を守るため、宣教師として再び来日。弱い立場の人たちを常に気に掛け、私財を投じて西濃で初めての障害者支援施設を造った。同郷の妻ベルニダさん（82歳）は夫を支え、その死後もリサイクルショップの売り上げを寄付して、施設を支えた。夫妻が来て58年。長い歩みをたどる。<br />
この導入からもわかる通り、この記事はボーマン夫妻の歩みを紹介したものである。だが、本日この話題を取り上げるのは、残念ながら僕の「あゆみの家」やジョン・ボーマン宣教師との関係性を紹介したかったからではない。「㊥出会い」にベルニダ夫人が「英語講師の収入」を全てあゆみの家に寄付されていたとあるが、その夫人－僕らは「ボーマン先生」と呼んでいた－に英語を教わっていた1人が僕であり、そして僕の弟だったからだ。
</blockquote>今週、最も嬉しかったことは、高校時代に英会話を教わった恩師であるベルニダ・ボーマン先生と、なんとフェースブックで連絡が取れたことだ。僕が先生のご自宅の電話番号を忘れてしまったことから、毎回帰省しても何となく連絡をしそびれて既に20年近くが経とうとしている。冒頭の記事を書いたのは昨年末のことで、その時には年末年始の帰省の際に会って来れたらと結んでいたが、それも実現させられなかった。ところが、今回はGW直前に連絡がつき、帰省する際にお訪ねすることになった。<br />
<br />
今年83歳になるボーマン先生がフェースブックをやっておられたのには驚いたが、こうして繋がりを再構築できたのはとてもよかった。帰省した際の訪問先がもう1つできた気がする。<br />
<br />
<strong><span style="font-size:x-large;"><span style="color:#3200FF;">【神宮でまったく勝てないドラゴンズ】</span></span></strong><br />
昨年までセリーグ二連覇を果たしているドラゴンズの最も苦手とする相手はヤクルト・スワローズ、しかも神宮球場での対戦である。神宮のヤクルト戦を観戦に行った日には、100％ドラゴンズは負ける。監督が変わってこの負け癖が払拭されるのか、高木監督の手腕と選手の気持ちの切り替えには期待したかったが、今週行なわれた神宮三連戦、ドラゴンズは結局1分2敗、エース吉見を立てた3戦目ですら勝てなかった。<br />
<br />
今週はトータルで2勝2敗1分なので成績が悪かったわけではないが、何となく物足りなさを感じた。<br />
<br />
<strong><span style="font-size:x-large;"><span style="color:#3200FF;">【先週の国際交流協会イベントの反響】</span></span></strong><br />
先週21日に開催された国際交流協会のイベント「国際理解講座」が、思わぬ反響を呼んでいる。当日会場に来られていた出席者の方から、協会事務局に感想メールが届き、「大変有意義だった、司会進行のSanchaiさんの采配が優れていた」と書かれてあった。1週間後、用事があって協会事務局を訪ねたところ、当日の開催準備チームの一員としてご尽力下さった事務局のNさんから、事務局を訪れた会員の方から、「あれはよかったねぇ」というお褒めの言葉をいただいたと聞かされた。<br />
<br />
「地域に埋もれている人的資源をいかに発掘して光を当て、今後の地域の活動に参加してもらう」という僕の構想からいえばまだその足掛かりを作ったに過ぎないが、取りあえずは好スタートが切れたとは言えそうだ。<br />
<br />
<a name="more"></a><strong><span style="font-size:x-large;"><span style="color:#3200FF;">【日々の出来事】</span></span></strong><br />
今週も、あまり日々の出来事を書く気にならんのです。<br />
正直、やらなければいけないと思っていた作業が十分には捗らなかった。<br />
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<strong><span style="color:#980000;">4月23日（月）</span></strong>：午前3時起床で、未完成だった資料の作成に取り組む、8時出社して続きをやる。職場の読書会で僕が発表し、『Religion and Development（宗教と開発）』の3章について扱った。（やっつけ仕事で作成したレジメは、3回シリーズにしてブログでもご紹介する。）いろいろあったので、21時過ぎまで残業して退社。22時に就寝。<br />
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<strong><span style="color:#980000;">24日（火）</span></strong>：午前8時出社。18時退社。四段合格後初の稽古に出かけた。22時就寝。<br />
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<strong><span style="color:#980000;">25日（水）</span></strong>：会社の剣道部の稽古がある日は会社の最寄り駅に早めに行き、防具袋保管用にコインロッカーを確保しなければならない。この日は朝7時20分には駅到着。防具袋を預けた後、近所のタリーズで9時近くまで仕事した。先月来悪戦苦闘を強いられている2本目のブリーフィングペーパーを書き始めるのに未だ情報が足りないと思い、参考文献の読み込みをやった。18時15分に退社し、稽古会場に向かった。審査会の際に僕の会場で審査員をされていたF先生がこの日は指導においでになったので、四段合格の報告をしたところ、形だけではなく、ちゃんと実技審査の際にも僕の立ち合いを僕だと認識して見ておられたとのことだった。「思い切り良い、いい打突だったね」と褒められてやや有頂天。その分稽古では絞られた。この日は1時間遅れで今年入社した新人女性社員が稽古に参加。稽古後歓迎会を兼ねて飲みに繰り出した。帰宅は午前様だった。<br />
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<strong><span style="color:#980000;">26日（木）</span></strong>：さすがに前夜が午前様だったので、この日は9時出社。ブリーフィングペーパーの執筆開始したが、筆が進まず苦しんだ。ほんと自分の不勉強なテーマはつらい。18時からは会議。20時30分終了し、少しだけ仕事の後片付けをして、21時過ぎに退社。帰宅後すぐに就寝。<br />
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<strong><span style="color:#980000;">27日（金）</span></strong>：9時出社。この日もブリーフィングペーパー執筆と格闘したが、全体の作業の半分程度のところまで到達するのがやっとで、とうとう連休中の作業に持ち越しになってしまった。この日は19時から職場の新任管理職の歓迎会で、22時過ぎまで飲んでいた。雨も降り続いていたので、一次会でお開きとなったが、帰宅途中で列車ダイヤが遅れ、自宅に辿り着いたのはもう24時近くになっていた。<br />
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<strong><span style="font-size:x-large;"><span style="color:#3200FF;">【連休入り、それでも仕事は持ち帰り】</span></span></strong><br />
<strong><span style="color:#980000;">28日（土）</span></strong>：6時30分と僕にしては遅めの起床。朝から外出した妻に代わり、残りの家事をやって、正午前から次男を連れて自転車で外出。駅前の武道具店で組立てをお願いしてあった新しい竹刀を引き取り、昼食を食べた後、三鷹国際交流協会事務局に行って年会費納入し、さらに僕のママチャリの修理も済ませて帰宅。午後はコミセン図書室で借りていた本を返却し、新しい本を借りた。夜は道場での稽古。次男が自転車で道場に通うようになったので、僕の時間繰りが多少楽になり、この日は子供の部の稽古も少し見学させてもらった。うちの次男もかなり良くなっている印象。僕自身の稽古は相変わらず苦しい。審査会を期に使用する竹刀を換え、より剣先に重心があるものを使い始めた。振り回すのに今まで以上に力が要る。暫くは稽古がきついと感じ続けることになるのだろう。22時就寝。<br />
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<strong><span style="color:#980000;">29日（日）</span></strong>：午前3時起床。4時から6時30分まで24時間ガストで「早勉」。この3ヵ月読もう読もうと思っていて読めてなかった海外ボランティア事業の評価枠組みに関する論文を読んだ。案の定日中は思ったようには仕事が捗らなかった。晴れていたので、ずっとやりたかった道着の洗濯とか、マイカーの洗車とかをやり、子供の相手をし、妻と一緒に買い物に出かけたりしていて、結局あまり1人でまとまった時間を取ることができなかった。最後は20時台のテレビのチャンネルの取り合いで子供達に譲歩し、『平清盛』は録画にして、僕はさっさと寝てしまった。<br />

]]></content:encoded> 
  </item>  
  <item rdf:about="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-04-28"> 
    <title>『イスラム過激原理主義』</title>  
    <link>http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2012-04-28</link>  
    <description><![CDATA[<p>《9.11の日、ポトマック川のキー・ブリッジからペンタゴン方面を撮影》イスラム過激原理主義―なぜテロに走るのか (中公新書)作者: 藤原 和彦出版社/メーカー: 中央公論新社発売日: 2001/10メディア: 新書内容（「BOOK」データベースより）イスラム過激派が話題になるのは戦争やテロの際に限られているため、彼らは無謀な狂信者集団だと思われている。しかし現実には、彼らは独自の革命思想のもとに組織化され、各々の論理と目的のため冷静に手段を選択している。スポンサーとなっている国家さえある。敬虔な若者たちが、暴力的な原理主義運動に身を投じるのはなぜか。その誕生から世界を震撼させる現在まで、イスラム原理主義の思想と歴史を解明する。 この本は9.11の直後に発刊され、当時はかなり売れた1冊だった。僕は当時ワシントンDCにいて、12月にニューヨークに出かける予定があり、そのついででニュージャージー側にある紀伊国屋書店で購入したものだ。読もう読もうと思っていて、なんと10年以上も積読状態にして放置していた。本に申し訳ない。基本は9.11の背景を理解するための1冊である。ただ、舞台の大半はエジプトであり、ムスリム同胞団やアズハル大学など、今に繋がる情報もかなり多い。時事問題を扱う本は登場人物が多すぎて、一回読んだだけではなかなか頭に入ってこないのが玉にきず。最後に索引があったのは読者にとても優しい配慮だと思う。著者は1981年のサダト大統領暗殺から1997年のルクソールでの外国人観光客をターゲットにした乱射事件までを詳細に取材し、アラビア語による原語の意味や含意を踏まえて、原理主義の流れと過激派の実像を開設しようと試みている。主に取り上げているのは、サダト大統領を暗殺して、後に国際革命路線に傾斜した「ジハード団」と、ルクソール事件などの大量殺戮テロを実行した「イスラム集団」というエジプトの二大組織である。米国同時多発テロにもエジプト出身者が関与しており、そのイデオロギーの源流としての「ムスリム同胞団」の系譜や、ビンラディンのネットワーク形成を扱い、イスラム過激派の概要が理解できる。</p>]]></description>  
    <dc:subject>読書日記</dc:subject>  
    <dc:creator>Sanchai</dc:creator>  
    <dc:date>2012-04-29T08:00:00+09:00</dc:date>  
    <content:encoded><![CDATA[
<div align="center"><a href="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_5ee/sanchai-documents/Pentagon.jpg" target="_blank"><img src="http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_5ee/sanchai-documents/m_Pentagon.jpg" width="350" height="147" border="0" align="" alt="Pentagon.jpg" /></a></div><div style="text-align:center;"><strong>《9.11の日、ポトマック川のキー・ブリッジからペンタゴン方面を撮影》</strong></div><br />
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<!-- amazon --><div class="sonet-asin-area"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4121016122/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41HKA1NW11L._SL160_.jpg" class="sonet-asin-image" alt="イスラム過激原理主義―なぜテロに走るのか (中公新書)" title="イスラム過激原理主義―なぜテロに走るのか (中公新書)"></a><div class="sonet-asin-info"><p class="sonet-asin-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4121016122/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank">イスラム過激原理主義―なぜテロに走るのか (中公新書)</a></p><ul><li class="sonet-asin-label">作者: 藤原 和彦</li><li class="sonet-asin-label">出版社/メーカー: 中央公論新社</li><li class="sonet-asin-label">発売日: 2001/10</li><li class="sonet-asin-label">メディア: 新書</li></ul></div></div><div class="sonet-asin-break"></div><!--/ amazon --><blockquote><span style="color:#FF65FF;">内容（「BOOK」データベースより）
<br>イスラム過激派が話題になるのは戦争やテロの際に限られているため、彼らは無謀な狂信者集団だと思われている。しかし現実には、彼らは独自の革命思想のもとに組織化され、各々の論理と目的のため冷静に手段を選択している。スポンサーとなっている国家さえある。敬虔な若者たちが、暴力的な原理主義運動に身を投じるのはなぜか。その誕生から世界を震撼させる現在まで、イスラム原理主義の思想と歴史を解明する。 </span></blockquote><br />
この本は9.11の直後に発刊され、当時はかなり売れた1冊だった。僕は当時ワシントンDCにいて、12月にニューヨークに出かける予定があり、そのついででニュージャージー側にある紀伊国屋書店で購入したものだ。読もう読もうと思っていて、なんと10年以上も積読状態にして放置していた。本に申し訳ない。<br />
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基本は9.11の背景を理解するための1冊である。ただ、舞台の大半はエジプトであり、ムスリム同胞団やアズハル大学など、今に繋がる情報もかなり多い。時事問題を扱う本は登場人物が多すぎて、一回読んだだけではなかなか頭に入ってこないのが玉にきず。最後に索引があったのは読者にとても優しい配慮だと思う。<br />
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著者は1981年のサダト大統領暗殺から1997年のルクソールでの外国人観光客をターゲットにした乱射事件までを詳細に取材し、アラビア語による原語の意味や含意を踏まえて、原理主義の流れと過激派の実像を開設しようと試みている。主に取り上げているのは、サダト大統領を暗殺して、後に国際革命路線に傾斜した「ジハード団」と、ルクソール事件などの大量殺戮テロを実行した「イスラム集団」というエジプトの二大組織である。米国同時多発テロにもエジプト出身者が関与しており、そのイデオロギーの源流としての「ムスリム同胞団」の系譜や、ビンラディンのネットワーク形成を扱い、イスラム過激派の概要が理解できる。<br />
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<a name="more"></a>今頃何故書棚から引っ張り出して来て読んだかというと、このところに「読書日記」で集中的に「宗教」や「イスラム」を取り上げていることと当然関係がある。<br />
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必要な情報だけを求めて、飛ばし読みをした。<br />
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70年代はじめ、エジプト全域で原理主義勢力が台頭した背景には、サダトがイスラム勢力復興を積極的に支援したことがある。サダトがナセルの跡を継いだとき、最大の政敵はナセル前政権内の左派勢力だった。サダトはイスラム勢力を台頭させて、この左派に対抗させようとしたのだ。上エジプトでもアシュート大学はじめ各大学、高等教育機関、原理主義色の濃い学生組織が続々と誕生した。（中略）ナセル前政権が学費無料の大学を開設してくれたおかげで、大学に進学することができた青年たちだった。（pp.77-78）<br />
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　92年のファラグ・フォダ暗殺をはじめとする文化人テロを通じ、エジプト原理主義運動の2つの潮流「穏健原理主義」と「過激原理主義」の”恐怖の連携”も浮かび上がった。まず、穏健派が1人の世俗・自由主義文化人を背教者と決めつける。すると、過激派がその処刑を実行するという連携だ。穏健派はテロを否定する。しかし、その意思を過激派が請け負うといった格好だ。もっとも二潮流間の意思伝達が直接行われたわけではない。いわば”あうんの呼吸”に見えた。<br />
　その過激派を代表したのが「イスラム集団」と「ジハード団」だった。一方、穏健派を代表したのは「ムスリム同胞団」だった。穏健派にはまた、カイロにあるイスラム教スンニ派最高学府アズハルの一部原理主義イスラム学者（ウラマー）が加わった。彼らは、一種の職能組合である「アズハル・イスラム学者戦線（ガブハ・アル・ウラマー・アル・アズハル、AASF）」に結集した。同戦線メンバーの少なくとも半数は同胞団員だった。AASFは、狙いを付けた世俗・自由主義文化人を背教者と決めつける役割を担った。まさに「文化人テロ」の尖兵だった。<br />
　アズハルは、西暦970年に設立された古いモスクと、その2年後に設けられた付随のマドラサ（学院）からなる。現在は「アズハル最高評議会」「イスラム研究アカデミー」「アズハル大学」など5機関から構成される。最高指導者、つまりアズハル最高評議会議長は（中略）、英語ではグランド・イマーム（大導師）と呼ばれ、エジプト内6000以上の宗教機関を監督する。独立した機関ではなく、エジプト革命後の61年以来、アズハルは政府の管轄下に置かれている。（pp.152-153）<br />
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<div style="text-align:center;">xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx</div><br />
取りあえず、現時点では、エジプトがイスラム学を勉強する留学生を外国から盛んに受入始めた背景と、国内におけるアズハル大学の位置付けについて少しでも理解できたら可としたい。<br />
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  </item> 
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